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    「門出」「お彼岸」「うぐいす」
    専門ではないので間違いがあったらすみません。

    ##K暁

    『神は死んだ、か』
    神社でお祈りを(寿司が食べたいというささやかな願いだ。何故かKKは集られたと思ったらしいが)した後にKKがそんな言葉をこぼしたので暁人は驚いた。
    「ニーチェだろ、それ」
    『おっ、よく勉強してるな大学生』
    「哲学は一般教養だよ」
    シラバスと最後のにらめっこをしていたのが真夏の夜の夢のようだ。なんてシェイクスピアでは海外文学研究になってしまう。
    「ルサンチマンとかニヒリズムとか……内容は覚えてないけど」
    『善悪の彼岸は知ってるか』
    聞いたことがあるようなないような。そもそも一般教養は一、二年に取得するのがセオリーだ。
    「KK詳しいの?」
    刑事ってそういうのあったっけ?犯罪心理学じゃなくて?と首を傾げるとKKの口(実際は見えないが)から
    「いや、昔聞き齧ったのを思い出しただけだ」
    と否定の言葉が出た。
    暁人はふーんと公園に雨童の類いがいないのを確認してベンチに座った。
    ちょうど百鬼夜行を片付けた後なので休憩したかったところだ。バイクで転んで死にかけてKKの魂が入ってから体はものすごくタフになり、多少高いところから飛び降りたり長く走っても大丈夫になった。その代わりお腹が空くし空いた分だけ食べられる。KKがスポーツでもやってたのか?から忍者の末裔だろまで揶揄していたが多分KKが入っているせいだろうと暁人は考えている。
    自分は般若面の男の配下三人と何が違うのだろうか。
    せめてものいなり寿司を口に入れながらそんな風に考える。
    『当時の善悪はキリスト教を主としたヨーロッパの伝統を基準として考えられていた。ニーチェはこれを奴隷道徳と批判し、超越した貴族道徳である善悪の彼岸に到達すべきだと主張した』
    朗読するようなそれを聞きながら暁人は今更ながらいい声だなと思った。倍ほどの経験を感じさせる深みのある、安心する声だ。父の声も忘れ、母の声も忘れかけている今、麻里やこの人の声はどうなっていくのだろうといなり寿司を飲み込みペットボトルのお茶を開封する。
    「般若は悪じゃないってこと?」
    『本人にとっては新たな神のつもりなんだろうよ』
    正直に言えば暁人にはどちらが善でどちらが悪でもどうでもいい。妹を助ける。それだけだ。
    『それはエゴってやつだな』
    「KKもそうだろ」
    般若を倒す。それだけだ。
    自分の体はもういいのだろうか。恐くて聞けずにいる。もうお茶が半分になった。いちご大福を出す。今は塩大福の気分だったけどないものはない。
    善悪はどうでもいい。彼岸に逝かないで欲しい。麻里にもKKにも。
    『神は死んだことを教えてやろうぜ』
    意気揚々と宣うKKの気持ちがわかればいいのにと暁人は苺を飲み込んだ。

    門出を迎えた背中というのはこういうものなのだろうか。卒園式も卒業式も欠席だったKKは代替にする罪悪感に目を背けて、ああでもコイツの卒業式に出るのも悪くないと場違いなことを考えた。
    (今から消えるってのにな)
    死への恐怖はない、と言えば嘘になるが死よりも恐ろしいものを見た。黙って成仏した方が得だろう。
    未練ももはやない。般若面の男は冥界に堕ち、己の亡骸は後始末をし、東京は守られた。人の恨みつらみは消えることはないし、第二の般若が生まれるとも限らない。しかしそれは生への階段を上りゆく青年に任せれば大丈夫だと信じられた。
    元は旅路や戦場へ向かうものに幸運を願い見送る儀式だ。祓い屋などと大層に呼ばれるほど偉くはないが、彼の幸運はいくらでも願える。
    (過去に囚われず引き継いでいく事こそが必要だったんだな)
    般若も娘に向き合えていたら違っただろうに。それは暁人も同じだが最後の最期で間に合った。これからは一人でも前に向かって進んでいける。
    本当にそうだろうか。
    耳元で他の誰でもない己が囁く。
    暁人がいなければKKは道半ばで倒れていた。しかし暁人もまたKKがいなければ立ち止まったまま堕ちていっただろう。
    その時は別の誰かが暁人の手を取ってくれる。
    KKは己に言い聞かせる。
    今時信じられないくらい素直で柔軟性と適応力のある若者だ。ついでに顔もいい。
    最初の己が囁く。
    別の誰かでいいのか、と。
    (止めろ)
    門出はハレの祝いの場だ。死んだものの妄執など必要ない。
    最後の感謝を胸に地獄ででもやっていく。
    その決意は嘘ではないのに。
    他の誰かの名を呼び、褒められては喜び、軽口に負けじと言い返す。その姿を想像したKKの胸に生まれるのは間違いなく未練であった。

    スクランブル交差点から車で時間単位の移動の後に化け物退治に勤しんだ暁人は聞き慣れない音に足を止めた。
    「今の鳥の鳴き声?」
    「鶯だな」
    同じく一晩戦った後に仮眠して起きたばかりのKKが缶コーヒーをあおりながら歩く。
    まだ日曜日なので出発は午後でも良かったのだがそこそこの戦闘後に昂った神経は早々落ち着いてはくれないらしい。
    暁人も気持ちはわかるのでこうして気分転換に散歩をしているのだ。
    都会の便利さを捨てられないものの田舎が好きなKKは比較的機嫌が良さそうで、暁人の足取りと口も軽い。
    「鶯かあ……」
    ウグイスの独特の鳴き声は暁人も知っているが、それとは少し違った。
    「鶯も急にホーホケキョとは鳴けねえからああやって練習すんだよ。 オマエと同じだな」
    なるほど、と暁人は耳をすませた。
    ホー、ホケッ……ホー、ホー、ケキョケキョ……
    辿々しいそれは確かに練習のようで、狩りだけでなく鳴き声もあるんだなあと暁人は感心した。
    「僕は一人だったら鳴けるようにならなかったかも」
    「そんなことはねえよ」
    すっかり丸くなったKKは口は悪いままだがいつも暁人の先達として適切な言葉をくれる。甘やかし過ぎでは?と対象が自分ながら思うこともあるが完全な天涯孤独の身となった今、KKの存在は暁人にとってあの夜以上の拠り所になっていた。もちろん大学内外に友人もいるし、祓い屋は副業で良いといわれて内定を得た会社の人とも繋がりはある。
    エドとデイルは向こうからすると見も知らぬ相手になるので最初は戸惑ったけれど今は仲間として受け入れられている。
    それでもKKは特別だ。
    「でもKKに庇護されてるだろ」
    「今日のはオマエがトドメを入れてただろ」
    射撃の精度も上がったなと頭を撫でてくる。
    彼の子どもの代替にされているのはわかっているし、暁人も父親として見ている部分はゼロではないだろう。
    それでもその手にもっと触れられたいと思うのは親子の情ではない。
    「何だか春って感じだな」
    少し熱くなった身体を誤魔化すために言えばそうだなとKKはウグイスの声のする方向に顔を向けた。
    「春告鳥って別名があるくらいだからな。 恋の季節ってやつだ」
    オマエはどうなんだといつものように軽い調子で問われ暁人は苦笑した。
    「きっと僕は恋とかできないと思う」
    「おいおい、んなこと言うなよ。 まだまだ人生長えんだぞ」
    その長い人生をKKと過ごしたいというささやかな願いは許されるのだろうか。
    ホーホケキョと拙い声が響いて暁人も顔を上げる。
    「あっ、今のちゃんと鳴けたんじゃない?」
    「まあ及第点だな」
    どこ目線だよと笑って暁人は穏やかな表情でKKの手を取った。
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