食後にベランダで一服していると珍しく暁人がやってきて知ってると思うけど自動車の免許を取ったから連休にドライブに行こうと誘ってきた。若い女なら一発で落ちる誘い文句だがこちとら酸いも甘いも知った中年のおっさんである。
「何が目的だ」
紫煙をくゆらせながら問うと人聞きが悪いなと頬を膨らませる。成人男性のする仕草じゃねえぞと思うが顔がいいと許されるものだ。あとは何とかは盲目ってやつか。
「KKとなら安心して練習できるだろ」
そりゃあ交通課にいたこともあるが、取り締まる側であって指導する側ではない。しかし暁人は用意していたスマホのページを見せてくる。
「ここでさ、鯉のぼりのお祭りがあるんだって」
地域活性化やら観光客の呼び込みやら粗大ごみ削減やらで雛人形を大量に並べたり鯉のぼりを運動会の国旗のように展示するイベントが増えた。それは好きにすればいいと思うが成人男性二人で行って楽しいものなのだろうか。
「どうせなら近くの宿に泊まってゆっくりしようよ、温泉もあるし」
「……なるほど、凛子の差し金だな」
オレが声を低くすると暁人は慌ててそんなんじゃないよと弁明した。
「凛子さんがKKが全然休まないのを心配してるのは事実だけど、それは僕も同じだし……KKと泊まりで出かけたいのも本当だから」
「あのなぁ」
短くなった煙草の火を消して年若い恋人に向き直る。
そう、目の前の社会人になりたての顔だけでなく性格もいい男はオレの相棒であり、弟子であり、つい最近恋人になったのだった。
わざわざ単身向けアパートに来て夕飯を作って後片付けまでしてくれる甲斐甲斐しい恋人は夜が更ける前に子どものような口づけを駄賃に帰ってしまう。
「お暁人くんももう立派な大人なんだから、いい年したオッサンとお泊りがナニを意味するかわかるよな?」
オレにしては驚くほど丁寧に説明してやると月明りと遠くの街灯でもわかるほど顔が赤くなる。薄々気づいていたが、今時珍しいほど初心な男だ。世間知らずではないし、知識がないわけでもなさそうだが、反応の一つ一つがこう……オッサンの心をくすぐる。
指摘するとまた頬を膨らませてそっぽを向いてしまうから黙っているが。またそれと同時にこの純粋な青年にとことん教え込んで若葉マークを外してやりたい気持ちも沸いてくる。
人生の先達である恋人にこんな下心があると知ったら幻滅するだろうか。
しかし暁人は取引を迫ってきた時のような凛々しい顔立ちで
「KKも鯉のぼりの意味を知ってるだろ」
と言い放った。そりゃあガキが苦難を乗り越えて成長する祈願だ。おっさんと初体験をして大人になる隠喩じゃねえよマセガキが。
冷静で大人なオレが内心悪態をつきながらもただの男でしかないオレが空いた手を伸ばし暁人の頬に触れる。上等な布地のような若く瑞々しい肌だ。顔だけでなく胴も、腕も、腕も。
「わかった。オレがオマエの若葉マークを取ってやるよ」
親父臭いと笑う口を塞いで久しぶりに好きなやつと過ごす連休というものに想いを馳せた。