不思議なぬいがあるという情報にKKは眉をしかめた。
「髪が伸びるとか持ってると呪われるとかか?」
「それは日本人形だろ」
横からモニターを覗き込んだ暁人がぬいってあのぬいですか?と凛子に振り返り尋ねる。
「ぬいぐるみじゃねえのか?」
「ぬいぐるみだけど動物とかじゃなくてアニメとかVTuberとかアイドルとかキャラクターの……型紙があって自分で作ったり改造したりして」
「今時のガキが裁縫すんのか」
「KK的にはガキかもしれないけど、ティーンから大人まで人気なんだよ」
雑貨屋やファッションブランドでも専用バッグが売ってたりを自他共に認める昭和のおじさんが知るわけがない。暁人も妹の買い物に付き合わなければ百円均一のお店でも気に止めなかった。
「ぬいに魂が宿ることは稀によくあるらしいよ」
どっちだよと絵梨佳の証言に突っ込みつつ、それでそのぬいとやらがどうしたんだとKKはスクロールする。
「カゲリエの屋上でぬいが鳴く声がするが姿は見えない……ぬいが鳴く声ってなんだよ……」
「ぬ、とか?」
KKの筆舌に尽くしがたい表情に暁人は苦笑するしかない。気持ちはわかるが多分本当にあるのだろう。
ということで二人は閉店時間を待ってカゲリエの屋上に来ていた。悲しいかなあの夜に外壁から登ったことが何度もある。
「……静かだな」
照明の消えた屋上は流石に不気味だ。LEDライトで照らしてもマレビトの気配すらない。
「待って、今何か聞こえた!」
暁人の声にKKは口を噤む。しかし風の音が耳をくすぐるだけだ。
「やっぱり何も――」
『……けけ』
KKの声に重なるように、応えるように聞こえた微かな声を辿るとベンチの影に10センチメートルほどの人形がいた。ライトに照らされて逃げるかと思ったがじっとKKを見上げている。
「これがぬいか?」
「そうだと思うけど、これって……」
デフォルメされた顔パーツや髪の毛はついているが体は全裸、素体のままだ。落とし物とは思えないほど汚れがなく、それに顔はともかく髪型が暁人に似ている気がする。同じことを思ったのかKKもぬいの胴体を掴んで持ち上げると暁人と見比べた。
「オマエ、コレに心当たりは――」
「ないよ!あるなら服を着させるに決まってるだろ!」
それもそうかと納得してぬいとやらを見下ろす。表情は変わらないがこちらを見上げて『け、け』と震えている。
「害がないなら連れて帰ろう。こんなところに一人じゃかわいそうだよ」
お人好しの相棒におねだりされて拒否する要素は今のところない。確かに暁人にそっくりのぬいぐるみは動いてしゃべっているが霊視しても綿の詰められた体に危険性は感じない。
「凛子たちに見せるのは後にしよう」
即座に同意する暁人一人と一匹を抱き抱えてKKは渋谷の夜を飛んだ。
ひとまず一番近いKKの家で百円均一で買った服を着させる。下着はなくてシャツとパンツだけだが全裸よりマシに見えた。
「とりあえず君は僕のぬいで合ってる?」
『け!』
何故か『ぬ』ではなく『け』な理由は二人とも気づいている。が、口に出すのは恥ずかしい。暁人は熱くなる頬を無視して捲し立てた。
「見た姿とか声の元を真似るのかな!?」
「かもな」
KKは暁人たちに背を向けてスマホを弄っている。報告しているのだろうし、彼の困惑も暁人には伝わっていた。
「縫い目が荒いし顔も既製品っぽくないから手作りだよな……でも呪いっぽいのは感じないし」
ぬいは意思を持って動いているようだが暁人にもKKにも従順で敵意は微塵も感じられない。ただ周囲を見回しては『け』と八尺様のように鳴いている。
「……もしかしてKKを探してる?」
「はぁ!?オレもいるってのかよ!」
流れ弾を受けたかのようなKKと対照的にぬい暁人の表情は変わらないが嬉しそうにぴょんと数センチ飛び上がる。
『けけ!』
やっぱりこのぬいは僕で、僕はKKが好きなんだなと暁人はむず痒い感覚を隠してぬいの大きめな頭を撫でた。