モーニングコーヒーを君とごり、ごり、ごり。
ハンドルを回すたびに、鼻孔をくすぐる香りが強くなる。
暁人は引き出しを開け、こんもりと小山になった茶色の粉に頬を緩めた。そのままフィルターの中へ移す。さらさらの粉はよどみなく流れ落ちた。
濃いめのボタンを押して、こぽこぽ落ちていく滴を眺める。もう少し時間がかかるな。その間にフライパンを取り出し、ハムエッグとチーズオムレツをこしらえた。手早く切ったきゅうりやトマトを並べている間に、のそのそと足音が響く。
「はよ~、暁人」
「おはよう、KK」
ふあ、とあくびをしながら重たげに椅子に身体を収めたKKは、まだほとんど開いていない目で卓上をまさぐった。暁人はふふっと声をもらし、彼の手より十センチほど先にある新聞をその手に握らせる。
「もうちょっと待ってね。食パンは焼く?」
「今日はクロワッサンで。賞味期限近かったろ、あれ」
「おっけ」
買い置きしてあるクロワッサンの袋を開けて温める。出来上がったハムエッグとクロワッサンを皿に並べ、自分の皿にチーズオムレツを載せると、KKは一目見るなり、思い切り顔をしかめてみせた。
「なんだ、そのチーズの量。オムレツ埋もれてんじゃねえか。」
「おいしいんだよ、このチーズ。絵梨佳ちゃん、なかなかの目利きだね」
「おお、今度言っとくわ。暁人がチーズwithオムレツ作るくらい気に入ったから、次はキロで寄越せってな」
「そんなにいらないよ!たぶん!」
「いやお前なら五キロ二週間でいける」
「いつから僕チーズ魔人になってたの?」
KKの中の暁人像に一抹の不安を覚える。とんでもないチーズの吸引力ではないか。風呂釜いっぱいのチーズフォンデュを楽しむ暁人がKKの脳内で展開されている気がする。そこまでじゃない。せいぜい寸動鍋だ。
ピピーッと鳴ったコーヒーメーカーを振り返り、熱々の液体をマグへ注ぐ。ぼやけた表情で手に取ったそれの匂いを嗅げば、みるみるKKの顔つきが変わっていった。頬杖をつきながらそれを眺め、暁人は笑う。
「やっぱり、刑事さんといったらブラックコーヒーなんだね」
「お前はミルクたっぷりのおこちゃまコーヒーだけどな」
「はちみつ合うのに。糖分も必要だよ?」
「好きなだけ飲め。オレは考えただけで胸やけしてくる」
ぷるぷる首を振るKKはしかし、好きなだけ砂糖を入れる暁人を咎めることはしない。むしろやたら高級なきび砂糖やら国内産はちみつやらをどこからともなく仕入れてくる。
彼曰く、「せっかくならおいしいものを食べてほしい」だそうである。ただでさえよく食べる暁人に、どれだけエンゲル係数が高められているのだろう。暁人は知る由もない。
「で、今日のお暁人のご予定は?」
「今日は麻里とアウトレットに行くよ。KKのシャツもよれてきたし、色々新調していこうね」
「へーへー、りょーかい」
めんどくさそうに頷いて、KKは新聞紙に目を落とした。読み進める手が空になったカップを持ち上げたので、それに追加を注いでやる。二杯目に口をつけたKKが呟いた。
「うまいなあ。このコーヒー」
「よかった。僕もうまくなったでしょ?最初は薄すぎたり濃すぎたり、挽きが甘かったりしたもんね」
「おー。もうすっかり看板メニューになってんな」
「ご愛飲ありがとうございます。」
「ん、」
また一口飲み、がさりと紙面をめくるKKは新聞に集中している。そうだ、ヨーグルトも食べようかな。暁人は立ち上がって冷蔵庫に取りに行った。お、ヤクルトもある。あ、KKが買ってくれた桃も切ろうか。物色しだすと止まらない。
腕いっぱいに食材を抱える。
「ーーお前はいつでも、オレに朝を連れてくるよ。暁人」
「、」
微かに零れた音が、部屋を打つ。勢いよく振り返った暁人は、一面に広がる新聞紙に覆われた顔を穴が開くほど見つめた。頑なに提げられない手は、見事にそのツラを隠し通している。
頑固おじさんめ。
「KK」
「…。」
「それなら、KKは騎士だね」
「あ?」
思わず新聞を下げた彼と、かちりと目が合う。暁人は柔らかく微笑んだ。
「KKがいるから、どんな夜も怖くないよ」
「・・・」
「KKが守り通した夜に、僕が夜明けを運ぶ。そうして一日を、迎えよう」
「ーーそう、か」
「うん。」
穏やかな眠りは、人々のもとへ。日の目を見ることのない働きは、暁人が見ている。
そうして、朝を迎えよう。
一杯のコーヒーと共に。