【夢でもし逢えたら 第三夜 最終話】 二人の夜神代一人は都心での出張予定が入っていた。日時のうち開始時間は決まっているが終了予定時刻は分からない。大概そんな時は予想を超える時刻となり、その日のうちに村へは帰れない。しかしその翌日には昼に診療所で手術の予定が入っている。こちらも日時は動かせない。これは都内一泊、手術当日早朝移動しかないな、とカレンダーに書き込む。
富永研太は連続出張予定が入っていた。まずは都内。終了時間目処全く立たず。翌日は遥か北の大地で行われる大学時代の恩師の講演会。どう考えても都内で一泊から飛行機で翌日早朝出発。
大した要件でもない電話での雑談で、お互いの弾丸出張日時と場所が一部合致している事が判明し、ならば一緒の宿に泊まるかと言う流れになった。
この時富永は出先で通話していたが神代はパソコンの前にいた。安全に眠れたらそれで良い価値観の神代により、即座にごく普通のビジネスホテルツインルームに予約が入れられた。神代のこだわり条件はアクセスの良さとベッドが大きい、この二点のみである。
「遅くなりましたぁっ!」
「いや俺もたった今来たところだ」
待ち合わせ場所の飲食店の前に二人はキッチリ二時間遅れで到着した。それはもう予想を遥かに超える終了時刻であった。お互いに。
後30分と少しで日付が変わる。ラストオーダー時刻でもある。食事会空振り。
「先に聞いておく。お互い誤魔化しやウソはやめよう。お前は何時間寝ていない?俺は37時間だ」
「いの一番にソレ聞く?www41時間っス!」
「俺より過酷だな。今夜睡眠時間を確保しないと明日の自分達が死ぬ。コンビニで食料調達して宿で食べて風呂入って寝る。何ならひとりは食事、もうひとりは風呂の同時進行でもいい」
「何かもう修行よねwwwいっつもこんな感じっスよねオレらwww」
近場にあったコンビニに飛び込み飲食物を確保する。富永はアルコールを泣く泣く諦めた。代わりに甘い物を買う。胃に優しい昔ながらのクッキー。中身は個包装なので明日移動中でもつまめる。
無理だろうが出来れば今日のうちに寝たいと予約していたホテルへ駆け込み、飯を食い風呂に入り寝た。パジャマは大きめのロングシャツタイプで神代が着ても窮屈には感じなかった。丈は少々足りなかったが。ベッドも満足できるサイズだった。
富永は寝る直前買い込んだ菓子の箱を開けたところで歯を磨いた事を思い出し、また泣く泣く諦めた。明日の朝食べようと枕元に箱を置く。
おやすみの挨拶を交わし、常夜灯以外の灯りを落とす。もう少し話したかったなぁの想いは二人とも口にしなかった。
目の前に大きな富永の背中がある。壁の方へ顔を向け横になり丸まっている。何処となく哀愁が漂っているように感じて、神代はちっちゃな手で背中をポフポフ軽く撫でる。富永お疲れ様。
その時、背後から視線を感じて振り向いた。
反対側のベッド、巨大な自分が横たわる手前に小さな富永が目を丸くしてこちらを見ていた。
「Kぇ?ですよね?何でそこに?」
「何でそこにと言われても、何故お前もそこに?」
「オレ、前からこんな夢をたまに見てたんです。アンタに会いに行く夢」
「奇遇だな。俺もだ」
富永がふらふらとベッドの端へ近寄る。危ない!足元を見ていない。
「富永動くな!俺がそっちへ行く」
普段なら二歩の距離。今は巨大な渓谷に見えるベッドの間。神代はベッドサイドから下を確認すると、マットに掛けられたシーツを掴みスルスルと半ばまで降りた。残りはひょいと飛び降りる。
床をパタパタ走り勢いを付けると反対側のベッドシーツ目掛けて飛び上がった。シーツを掴み難無く登って行く。
富永はハラハラ見守っていたが、ちっちゃくてもKはKなんだなぁと納得する。
登って来た神代の手を富永は引っ張り、二人は同じベッドの上に並んだ。背後には大きな神代一人が通路側へ身体をくの字にして静かに眠っている。
丁度腰のあたりにベッドの大きな広場があったのでそこに座り込んだ。ぐるぐる周りを見回す。
「自分が自分で見えている夢はどうなんだ?…俺はこんな風に見えているのか」
「同感っス。いやぁオレ寂しそーwww」
自分を自分で確認した後、小さな者同士で向き合う。
体格2.5頭身。体重不明。お互いやっぱり鼻が無い。苦しくないからまぁいっか。
「本当は何も話せなくて残念だったんだ。だから俺はこんな夢を見ているんだな」
ちっちゃな、いや自分と同じサイズの神代がふわりと笑い、愛らしさに富永はのけ反った。鼻があったら確実に鼻血を噴く案件ですよ⁈
「それはオレも同じっス!折角久し振りに会えたのに。でもアンタもオレも疲れ切ってるから」
そうだな、仕方ないよなと頷く神代を富永は同じ目線の至近距離で改めて見た。このひと、可愛いだけじゃなくてちっちゃくても美人なんだ。
「夢だったとしてもお前と会えて嬉しい。多忙だろうが元気にやっているか?」
夢の中でならこんなに素直に気持ちを伝えられるのに。現実ではこの半分も言えないなと神代は思った。
これは夢だ。夢だからきっと自分にとって都合の良い言葉を聞いているに違いない。富永はそう思った。
「お前の話を聞かせてほしい。オヤジさんや病院のみんなに変わりはないか?」
「いえ、Kのことを話して下さいよ!それに一也君は大学で元気ですか?新しく来た子はどんな子?」
その質問を皮切りに二人は話し込んだ。
離れ離れに暮らすようになってから一番長く話した。
尽きない近況報告の中にくうぅ〜と腹が鳴る音が響く。向かい側のベッド。大きな富永の腹部からその音は聞こえ、小さな富永は赤くなった。
「もう少し何か食べたいなぁ〜と思いながら寝たんスよね」
照れ隠しにポリポリ頭を掻きながら小さな富永は言う。
「ああ、菓子箱を開けてため息をついていたな」
ちっちゃな神代は立ち上がり枕の横にある厚紙の箱を見た。
「ひとつ取って来る」
そう言うなり神代はベッドのヘリからヒョイと飛び降りた。慌てて富永が覗き込むと途中シーツを掴み落下の勢いを一度消してから危なげなく着地する神代が見えた。あっと言う間に向かいのベッドへ登り切る。富永の枕元までトテテッと走り、箱が音を立てないようそっとクッキーが入った袋を一枚取り出した。ちっちゃな神代の半分以上の大きさがある。
袋を両手で抱え持ちベッドの端まで来た神代は立ち止まり少し考えた後、袋の角をパクリと口に咥えた。自由になった両手でしっかりシーツを掴み慎重に降りる。床は両手で袋を抱えて移動し、再び角を口に咥えると慣れた様子で登って来た。
「懐かしいクッキーだ。俺も子供の頃よく食べた」
「凄いなぁ。ありがとうございます!はんぶんこして一緒にたべましょう!」
「ん。ご馳走になる」
即袋を開けようとする富永を神代は止めた。先に割ってから開けないと破片が飛び散るからと。夢の中でまで律儀ですねぇと富永は笑った。
それから二人は力を合わせてクッキーを割った。
大きなサイズのクッキーは全て二人の腹に収まった。優しい懐かしい味わいだった。サクサク食感のクッキーは齧る度にポロポロ崩れ、結局小さな破片を落としてしまった。
食べた物どこ行くんでしょうねぇと富永は己の腹を小さな手で叩き、神代も全くだなぁと自分の腹をちっちゃな手で撫でた。
外はまだ暗いが夜中と呼べる時間帯は過ぎた。もう10分経てば起床を告げるアラームが鳴る。
もう戻るか、楽しかったと言って神代は立ち上がった。慌てて富永も立ち上がる。
最後にどうしても伝えたい言葉を。
夢の中の独りよがりだったとしても。
「夢だから言っちゃいますね。オレ、アンタのことずっと好きだったんスよ。今でも」
突然の言葉に少し驚き、少し考え、神代は答えた。
「そうか。俺もそうだな。お前が好きだ」
大きな青み掛かった瞳に自分が映っているのを富永は見た。目を逸らさず、真っ直ぐ答えてくれた。
これは夢だけど。だけどそれでもこんなに嬉しい。弾け飛んでしまいそうなくらいに。涙で世界がぼやけて見えるくらいに。
「嬉しいっス!泣きそうっス!…欲張ってもいいですか⁈チューしてもいいですか⁈」
夢の中特有の大胆さで富永は長い間心に秘めた願いを言った。神代は今度ははっきりと驚いた表情を一瞬浮かべ、直ぐにふふっと笑った。
「キスではなくチューと来たか」
そしてちっちゃな神代は大きな目をパチリと閉じた。
小さな富永はガクガク震える膝に渾身の力を込めながら自分の口を相手のそこにコツンと押し当てた。
小鳥の挨拶を交わして、神代は一歩後ろへ下がる。
「それでは、行く」
己の本体である神代一人の元へ近寄る。
「ええ。それじゃまた後で」
富永の言葉に振り返り、言葉を返す。
「ああ。また後で」
そしてふわりと消えた。
ちっちゃな神代を見送った後、小さな富永もふわりと消えた。
アラームが鳴るまで後5分の時間を残し二人は同時に飛び起きた。即座に灯りを付け思わず互いに見つめ合う。
「何か凄い夢を見ました」
「奇遇だな俺もだ」
「ちっちゃいKと一緒にオヤツを…」
言いかけた富永が一点を見つめて固まる。
次の言葉を待っていた神代は、予感を抱きつつ恐る恐る富永の視線の先を見た。薄い布団が掛かった己の腰の横。ベッドの開けた場所へ。
そこには見覚えのある開けられた袋とほんの少し散らばったクッキーの破片。
「オレ、ちっちゃいアンタと一緒にそれを…」
「俺もこれを小さなお前と一緒に…」
たっぷり5秒黙って破片を見つめていた神代は、最後のやり取りを不意に思い出し一瞬で己の顔が熱くなるのを感じた。
富永は見た。ボフッと音を立てる勢いで赤面する神代を。あ、壮絶に可愛い。あ、マッハでソッポ向いた⁈
顔を背けたまま神代は勢いよく号令を発する。
「富永ぁっ‼︎」
「はいぃっ‼︎」
ややドスの効いた声に反射的に富永はベッドの上で即正座し背筋を伸ばす。
「本日のスケジュールは互いにタイトでハードだ!1分のズレも許されない迅速な行動が要求される!俺が先に風呂場を使う!お前は先に荷物を纏めて出る準備をしておけ‼︎」
「了解ッス‼︎」
ここで神代のベッドに備え付けのアラームが本来の起床時間を伝えた。枕の上で鳴り響く電子音を素早く止めサイドテーブルに用意していたタオルと着替えを片手に抱え立ち上がった。
「10分で交代する」
言い残しバスルームに向かう。
「あ、ちょっとまって!ひとつだけ質問!」
半分バスルームへ入りかけた神代を富永は呼び止める。
「あれは全部、アンタの本心ですか?」
きっかり3秒固まった神代は半分バスルームに入りかけたまま答える。
「そう、だな」
あ、耳が更に赤くなった。と富永が思ったのと扉が閉められた音は同時だった。
即座に勢い良くシャワーの音が聞こえる。
絶対あの人アタマから水被ってるな。
綺麗で律儀な人なのにヘンなトコ大雑把だよなぁ…
富永はシャワーの温度を正確に予測しながら寝起きのぼんやりしたアタマのままベッドの上で大の字に寝転んだ。
「教授、ごめんなさーい。今日はお話聞いても何にもお勉強できませーん。出席票だけ出しに行きまーす」
医学生だった頃のノリで富永は嘯く。こんな良き日にお勉強なんかできないでしょ。今のオレ難しい事いっこも頭に入らないよ?まだ幸福感でボーっとして…
てか、オレなんて言ったっけ…?今まで思ってたこと全部言って…全部受け入れて貰えて。嬉しかったなぁ。最後、チューしてなかったっけ?あのひと、凄い可愛くて…
…⁈⁈チュー⁈⁈
で、全部本心なのっ⁉そうなのっっ⁉⁉
突然意識が覚醒した。電光石火で起き上がる。
神代から大分遅れて、富永もバフッと真っ赤になった。
それから二人は転がるように宿を出て何故か予定より一本早い電車に乗り、分岐駅で別れた。
二人で分け合ったクッキーの個包装袋は富永が回収し、彼の宝物BOX(物理)に収められている。
その後、不思議な夢を見なくなったかと言えば意外とそうでもなかった。幽体離脱は続いた。
やっぱ移動時間が無いのは良いっスねと小さな富永は笑ったし、ちっちゃい神代は院長室にどんどん増えるミニチュアセットを楽しんだ。
そして二人とも相手の仕事をたまに手伝った。
大きな二人がどうなるかは、これからのおはなし。
終