人間「なぁ、キバナ。人間と言うやつはポケモンや、他の生き物と違って文化的らしいぜ」
けらけらと笑いながら言うダンデの手には、ワイン好きが見たらよだれを垂らしてしまうような代物が握られており、まるでそれを安酒のようにダンデがボトルに口をつけ煽る。
喉を鳴らしながらワインを胃の中に流し込み、口の端から溢れたワインがダンデの首筋を伝いシャツに染みを作る。
「ったく……おまえ飲み過ぎ明日起きれなくなるぜ」
「構わないさ、どうせ明日は休みだ。好きなだけ寝て、好きな時間に起きるさ……」
「お前見てると文化的って言葉の意味が分からなくなるな」
「ははっ確かに」
そういってふらついたダンデに肩を貸そうと近寄ればバシャリと頭からダンデがキバナの頭に持っていたワインをぶちまけた。
「うぉ!?つめた!!!」
驚いてダンデを見ればダンデは自分の頭にもワインを被るところで、高級なスーツが赤くまだらに染まっていくのをただ見つめることしかできなかった。
「お前何やってんの?」
ダンデはキバナの問いに答えず心底楽しくて堪らないと言った様子できゃらきゃらと笑い声を上げていた。
笑って笑って、身体を折り畳むほど笑って……不意に声が消えた。
顔を上げたダンデは表情がすっかり抜け落ちていて、月の光がその彫りの深い顔に影を落としまるで美術品のようだった。
「馬鹿らしいな。人間が文化的だって?まるで文化が人間だけの特権みたいに言って……ポケモン達やそれ以外の生き物達にだって彼等には彼等の文化がある。」
表情とは真逆の怒りを含んだ声音がキバナの耳に届く。
「それに……それに彼等は、愛するもの同士が結ばれる事を邪魔なんかしない。種族を絶やさないそれが彼等のいきる目的であっても。他人の恋路を否定しない。人間みたいに否定して、引き剥がそうとなんかしない」
そこまで言ってダンデは黙り込みその場にしゃがみこむ。
「嫌いだ。人間なんて嫌いだ。君と大事な人以外みんな嫌い。大嫌いだ」
急に声音が子供がすねるように駄々を捏ねるようものに変わり、ズッと鼻をすする音が聴こえる。
「それでも、ちゃんと今日のお見合いには行ったんだよな」
「だって行かなかったら君にお見合いの話をもっていくって言ったから」
「それが嫌だったから、今日ちゃんと行ったんだ?」
キバナの言葉にダンデがこくりと頷く。
大股でダンデに近づきその正面に同じ様にしゃがみこむ。
「ダンデは俺様の事が大好きだな」
「……あぁ、大好きだ。好き、世界で一番大好き。愛してる」
「そっかぁ」
「でも、同じ人間がそれを許してくれない。……何が人間は文化的だ。人を否定して受け入れない奴らのどこが文化的なんだ」
「でも、文化があるから、歴史があって、歴史の積み重ねがあるからポケモンバトルや、俺様達がいるんだぜ?」
「そうだとしても人間は嫌いだ………もう嫌だ。人間なんてやめたい」
「人間やめてなんになるの?」
「君のポケモンになる」
「まじか、そしたら俺様とバトルできないな」
そういってキバナがダンデの髪を撫でれば、まだズッと鼻をならしダンデが俯いていた顔を上げる。
涙に濡れた黄金がゆらゆらと揺れ溶けるように雫が頬を伝った。
「……………………嫌だ」
「なら、人間でいなきゃな」
「文化的な?」
「文化的じゃなくて良いよ。自分の好きなことを好きなようにやる自由な人間で良いよ」
「それじゃポケモン達や他の生き物と変わらないぜ?」
「そぅ?別によくない?ダンデがダンデなら
そんでずっと俺様と楽しくバトルしてくれて、俺様を愛してくれるなら。俺様なんでも良いや。」
「…………今の君最高に格好いいから、本能のままキスしてやりたいぜ」
また、ホロリと雫を地面に落としてダンデがそう呟けばキバナはにこりと笑って両手を広げる。
タックルを喰らわせるかのような勢いでダンデがキバナの腕に飛び込み、唇に頬に、額に首筋にキスを落とせばそのくすぐったさにキバナがクスクスと笑った。
そのままダンデを抱いたまま立ち上がれば、驚いたダンデがぎゅっとキバナにしがみつくがすぐにきゃらきゃらと笑い声を上げキバナにしなだれかかる。
そのまま二人の家に向かって歩き出せば、いつの間にかダンデの身体から力が抜けすぅすぅと寝息が聴こえてくる。
「ダンデ、ダァンデ…………寝ちゃった?」
キバナの言葉が聴こえないほどの眠りに落ちたダンデの身体がずり落ちないように抱え直す。
自分より幾分高い体温のダンデはまるで湯タンポの見たいで、抱いていて気分が良い。
それこそいつの間にか鼻唄を歌ってしまうほどに。
頭に浮かぶのは先ほどのダンデの言葉。
「人間なんかやめたい……かぁ」
本当にダンデが人間じゃないポケモンか、他の生き物になったら……
「俺様嬉しくて、そとになんか出さずにずっとずっと家の中で可愛がっちゃうだろうなぁ」
でも、そんなことはあり得ない。
ダンデはダンデのまま、人間のまま生きていくんだ。これまでもこれからも。
お前がお前らしく自由にいきるためには俺様だけでも真面目に人間やらなきゃいけない。
いつかダンデの限界が来るまで俺様は、文化的な人間とやらを装ってやるよ。
でもダンデの限界が来たその時は……
「本当に二人で人間やめようなダンデ」
どうせ人間もポケモンも、その他の生き物だってそんなに差なんて無いんだし。
そう呟くとキバナはダンデを大事に大事に抱き締めて家への帰路を急いだのだった。