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    SEENU

    @senusenun01

    妄想文や雑絵を載せて発散している

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    SEENU

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    コルダウ連載、全6話予定
    チャプター5からはたぶん18禁
    1章できるたびにここに投下してく

    タイトル未定1:ダウド

    この暦上には存在しない狂宴の日においても、暗殺者――今はスパイマスターだが――の生活は何も変わる事はなかった。誰もが酔い潰れ歌い踊っていても彼は酒の一滴も飲むことはなかったし、路地で労働者と貴族が恥知らずな行為に溺れていても、彼は誰のことも必要としなかった。

    フーガの間だけに可能な仕事はたくさんあった。普段は大勢の護衛をつけ屋敷に閉じこもっている猜疑心の強い老人もこの時ばかりは愛人と別荘へ出かけ、市警は酒や美女の誘惑を断れない。もちろん警戒を強め山奥の堅牢な屋敷へ籠る者たちも多かったが、大抵の警備はこの期間には手薄になった。警備員は持ち場を離れて使用人と空き部屋にしけこみ、主人は泥酔し、娼婦は簡単に出入りを許される。

    だからダウドにとって、フーガの期間はいつもよりも忙しいと言えた。部下のほとんどに休みをやっているから尚更だった。若い捕鯨員がマスクとコートを煌めく衣装に変えて街へと繰り出してゆくのを眺め、ただ一人残った彼はいつもの姿でやるべきことのために出かけていた。何も仕事がなければ、部屋で静かに本を読むだけだった。

    それが、これまでの彼のフーガの過ごし方だった。


    “女王陛下からです。明日の夜はここへ行くようにと。”

    歌の月最後の、昼を少し過ぎた頃だった。

    仕事の報告のためタワーに行っていたトーマスは、ダウドの机に戻ってくるとポケットからメモを取り出した。生真面目な部下の声が平時に比べどことなく固い事に気付き、ダウドは指先に挟んでいた煙草を灰皿に押し付けた。彼は受け取った小さな紙片を慎重に開いた。女王からの直接の指示は滅多にないことだ。

    折り畳まれた紙を指先で開くと、上等な香水のノートがダウドの鼻腔をくすぐった。メモの筆跡は確かに若い女王エミリーのものだったが、その筆致は彼の知る普段のものよりだいぶ乱れている。

    そこにはただ、“紅い鯨” という単語だけが記されていた。

    “……カルドゥイン橋近くにあるパブの名前ですね。港のそばにあって、普段は港湾労働者や寄港者が食事をしたり泊まったりするような、ごく普通の店の筈です。”

    メモを見てすぐ眉を寄せた上司に気付き、同じくメモに目をやったトーマスが言った。ダウドはその店のことを知らなかった。トーマスが知っているのだから、部下の誰かの行きつけなのだろう。

    浸水地区のアジト内も、もうすでに部下の姿はまばらだった。楽しい計画に浮かれまともに仕事をできる人間が少ないため、ここの所はダウド自身もあまり複雑だったり命に関わるような仕事を入れていなかった。現在の捕鯨団に仕事をくれる女王や護衛官もその事を理解しており、出張や日を要する調査などの依頼は暫くなかった。空気は何となく明るく弾み、年の終わりと新しい1年、そして狂宴の日に向けてのどことなく浮かれた忙しなさがこの廃墟にまでも充満している。

    “わかった。だが、何か衣装はあるか? この格好で行くわけにはいかないだろう。”

    重要人物の訪問があるのか、何かの取引か密談か――そのパブで何が予定されているかはわからないが、フーガの日に仮装なしでは却って目立ってしまう。ダウドは眉を寄せた。女王からの直接の命令は、おそらくダウドでなければ見落とすような重大な何かがあるということを示している。

    “心当たりがあります。顔全体を覆うようなマスクも必要ですね。”

    トーマスは上司の顔を見上げて言った。ダウドの顔には人目を引く傷があり、人相描きが出回っていなくても、“ダンウォールのナイフ” の特徴として一部で噂されている。目だけを覆うものや、口元が見えるようなマスクでは駄目だ。

    なにか探してきます、そう言ってトーマスはヴォイドの塵を残して姿を消した。ダウドは再びメモに目を落とし、眉間を揉んだ。女王の筆跡は普段と違い、慌てて書かれたことを示す乱れたものだった。

    チリチリと首の後ろの毛が逆立つような感覚がしていた。何かの予感だ。明日の夜、何かが起こる。
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