夜の境目「お前この日空いてるか?」
そう言いながらカレンダーを指差すロ。
その日付を見て、
「この日はお父様に呼ばれているから実家に行ってる。」
と答えるド。
「珍しいね君が私の予定を確認するなんて。」
いつもこちらの都合なんてお構い無しの君なのに。
そう言ってくすくすと笑う。
「まぁ…たまにはな。いねぇならいい。」
「何か用事だった?」
「別に。」
取り留めのない話をして、ゲームをした後食事をして風呂に入り、少し眠ってロは城を後にした。
それから数日後、ロが指差したその日。
血相を変えたドが城の扉を開ける。
大家から連絡があったのだ。お前の所に最近出入りしている人間が城の前に立っていたから入れておいた。と。
何で?私は今日いないって言ってあっただろう?
いつも使うベッドルーム。いない。
暖炉の前のソファ。いない。
お風呂?いない。
どこにも姿は見当たらない。
実家に行っている事を知っている大家がわざわざ嘘の連絡をしてくるとは思えない。
退治人君、どこにいるの?
「まさか……。」
あと探してないのは一箇所だけ。
ドキドキと早鐘を打つ胸を押さえながらそこに向かう。
私がいつも眠る場所。
黒光りする棺桶の前に。
震える手で蓋をずらせば、隙間から見える銀色の髪。
音を立てないように蓋を外す。
輪郭に沿う美しい銀髪。
影を落とすほどに豊かな銀色のまつ毛。
白い肌。
赤い血の通う唇。
寝顔も綺麗なんて、本当に君はずるい。
いやいやいや、そうじゃなくて!
どうして今日城に来たの。
どうして私の棺桶で眠っているの。
どうして。
どうして。
疑問ばかりが浮かぶ。
真意を聞きたいけれど、眠りを妨げるのはばかられた。
だってそれ程に寝顔が美しかったから。
そっと頬に触れ、寝乱れた髪を撫でる。
息が漏れるような声がした後、瞼がうっすらと開いた。
「……?お前今日実家なんじゃ…。」
「君こそどうしたの。今日は私いないって言ったよね?」
「あー……。」
らしくなく言葉を濁した後、邪魔して悪かったな、帰る。と立ち上がりかけたロの外套の裾をドが掴む。
「……何かあった?」
「何もねぇよ。」
「君って本当にわかりやすい嘘をつくよね。」
むう、と口を結んでしまったロの髪を撫でる。
「……ね?」
言葉を促すと、しばらく視線を彷徨わせた後ロが口を開く。
「…誕生日だったんだよ。」
「誰の?」
「俺の」
「…いつ?」
「今日…っていうかもう昨日か。」
「え??」
ドの動きが止まる。
誕生日?誕生日って言った?
え?昨日!!?
「何で。」
「あ?」
「何で言ってくれなかったの!!」
「あー…いや、お前実家に行くって言ってたし。」
「実家なんて!顔見せに行っただけで!用事があった訳じゃないんだよ!用事があったとしても君の誕生日って知ってたら断ってお祝いしたのに!」
君の誕生日なんていう一年に一度しかない特別イベントをお祝いできなかったなんて!
ショックで体が崩れ落ちそうになる。
「そんな大した事じゃねぇし。」
「大した事ある!」
気にすんな、というロに詰め寄る。
「じゃあ何で私の予定を聞いたの。」
「…。」
「お祝いして欲しかったんじゃないの。」
「…。」
「何で私がいないって知ってたのに城に来たの。」
「…。」
「どうして私の棺桶で眠っていたの!」
ポロポロと涙がこぼれる。
「…祝って欲しいとかじゃなくて、ただ、いつもみたいに飯食って喋って、ゲームしたりできればって思っただけだ。気にすんな。」
ロの言葉にドの涙が止まる。
ねぇ、それって?
「…誕生日に、私といたいって思ってくれたの…?」
「……!!」
ぶわっと顔を赤らめたロが跳ねるように立ち上がる。
「待って!帰らないで!今から!今から全部しよう!?」
夜はひと続きなんだよ。途切れたりはしない。まだ夜は明けていないから、君の誕生日の夜は続いているんだよ。
「んだよそれ…。」
「詭弁でも何でもいい!絶対にお祝いするから!」
「何でお前がそんなに必死になるんだよ。」
「だって好きな人の誕生日だよ!?お祝いしたいに決まっ…て……。」
はっと口を押える。
「ド……?」
ドは何も言ってない、何も言ってないと言うようにふるふると首を振る。
その青ざめたような真っ赤な顔に、ロがふはっと笑う。
「俺も、誕生日には好きなやつといたい。」