白い息を吐きながら真冬の冷たい空気と共にベランダから部屋に入る。
柔らかな暖かい空気に頬が包まれ、こわばった頬がゆるりとほどけた。
「お帰りキバナ」
先に仕事を終えて帰っていたダンデがキッチンからひょっこりと顔を覗かせてキバナを迎えた。
「ただいま~、今日すっげえさむかった」
そういいながらスリッパに履き替え脱いだ靴を玄関へ運んでいく。
「毎回毎回ベランダから入ってきて靴を玄関へ運んでいくのめんどくさくないか?」
「全然、早く暖まりたいし」
靴をおいてリビングへ戻ればダンデがお疲れ様とキバナの頬へキスをする。
「俺のドラゴンは寒がりだな」
「お前が暑がりなだけだ。何で半袖なんだよ」
「君のために暖房をいれていたら熱くなったんだ」
そういってダンデが笑いながらキバナをリビングのソファへ座らせる。
「もうすぐ夕飯ができるから待っててくれ」
「ありがとう。お腹ぺこぺこだったら嬉しい」
「楽しみにしててくれ今日は君の好きなシチューだから」
「まじ?やった」
ダンデのシチュー美味しいんだよねといいながらほぅと息を吐く。
今日も、一日忙しかった。
お昼を口に押し込んで書類を処理して、宝物庫の見学者を案内して、また書類を処理して、もうすぐ仕事が終わるその直前にワイルドエリアから救助要請が入って……本当なら今日は早上がりの予定だったのにもうすぐ八時半になる。
明日は休みだからゆっくりしたいなぁ……
でも、ダンデも休みって言ってたし、久しぶりに二人でいちゃいちゃしたりなんかもしたいなぁ……
そんなことを考えていると
コトリと小さな音を立てキバナの前に暖かな湯気を立てるカップが置かれた。
「え、何?」
「カップ一杯分だけミルクが余ったんだ。今日を頑張った君に特別だぜ。先にこれを飲んで待っててくれよ」
「……ありがと」
そういってダンデを見上げれば、チュッと額に柔らかい感触が触れて離れる。
蜂蜜のような瞳が柔らかく細められキバナを見つめる。
「……なんだよ」
「君は可愛らしいなぁって思って」
「はぁ!?急になんだよ」
「急にじゃないぜ、いつも思ってる」
「ほぁ!?」
ダンデの言葉にキバナは頬が熱くなる。
なんだよ急に……いっつもそんなこと言わないじゃないか。
色々言いたいことが出てくるものの言葉にならず、それを誤魔化すようにダンデの胸をどんって叩けばからからとダンデは笑いながらキッチンへ戻っていった。
ダンデの姿がキッチンへ消えていったのを見届けてからキバナはダンデの置いていったカップを手に取る。
カップからは暖かな湯気と甘いミルクの香りがする。
少しフーッと息を吹きかけてから口を付ければ、甘く暖かいものが体を巡る。
「あまぁ……あったかくておいし」
思わず表情がふにゃりと緩んだ。
こくり、こくり。
一口、二口身体に温もりが巡る度に疲れがほぐれていくみたいでゆるゆるとキバナの身体がソファに沈んでいく。
「キバナだっていっつもダンデのことかっこいいって思ってるし……」
大好きだし。
その言葉はミルクと共に飲み込めば先程の柔らかな感触を思いだしまた頬が熱くなる。
そうだよ、大好きだよ。
キバナはダンデが大好き。
このホットミルクだって、ダンデはミルクがカップ一杯分だけ余ったって言っていたが、キバナがダンデの入れてくれるホットミルクが好きだと知っているからわざわざミルクを残しておいて作ってくれた。というのをキバナは知っている。
この一杯にはダンデの愛が沢山つまってる。
だからこんなにも甘いし暖かい。
寒さで白くなった息が暖かい湯気に変わるように、疲れた身体と心がほぐれ、癒され、ほどけていく。
ミルクを飲みきったカップをテーブルにおき、ソファに背を預ける。
疲れのせいか、気分が緩んだせいか眠気がゆっくりとやってきた。
ダンデのシチューまだかなぁ
シチューを食べたらキバナもダンデに
「お前はかっこいいよな」
と不意打ちを喰らわせて、さっきの仕返しをしてやるんだ。そしてそのあと久しぶりの二人の時間を楽しむんだ。
それなのに
目蓋がとろとろと落ちて行く。
「シチュー……ダンデ……かっこいいなぁ……」
思考に靄がかかり自分が何を言っているかすらわからない。
わからないけど、暖かい部屋の空気とキッチンから聞こえるダンデの音、ミルクで暖まった身体その全部が優しくキバナを眠りへ誘っていく。
ふぁ……っと欠伸を一つして、キバナはそのまま夢の中へと優しく眠りへ落ちていった。
それからそんなに経たずに
「キバナ待たせたな!」
とダンデがキッチンから現れる。
ソファに近づき声をかけるその少し前にキバナが眠っていることに気がついた。
そっと顔を覗き込めばバトルの時とは全く違う穏やかな、安心しきった表情を浮かべていて、思わずダンデは笑みを浮かべた。
「本当に君は可愛らしいな……」
そういってキバナの顔にかかった髪を払い、頬を撫でれば甘えるようにキバナが頬を擦り寄せた。
シチューは冷めてしまうけど、また暖めれば良いか。
そんなことを考えながらダンデは寝室へ毛布を取りに行く。
二人をすっぽり包める毛布を持ってキバナの隣に座りキバナを自分の方へ引き寄せた。
自分より少し低めの体温がダンデに安心をもたらす。
「キバナ明日は何をしよう?久しぶりに休みが重なったから二人でゆっくりするのもいいなぁ……」
そんなことを呟きながら隣から伝わる愛しい人の鼓動に目を細めダンデはテーブルの上のカップに目をやる。
キバナはホットミルク喜んでくれたかな?
俺の渡したカップ一杯で君を笑顔にできるならどんな手間だって惜しまない。
もし君が笑って喜んでくれるなら、明日も明後日も……何度でも。
でも、明日の朝は俺の作ったシチューが君を笑顔にできたら嬉しいなぁ……
そんなことを考えながらダンデもキバナの隣で目を閉じたのだった。