Immutableのつづき的な話4+?(Aug.31 _ PM11:50)
「……明日から新学期じゃねェのかよ」
「ん?そうだけど」
既に消灯した室内で。
カーテンの隙間から漏れる月明かりに照らされた白い肌を見下ろしながら、上条は首を傾げた。
めでたく。本当にめでたく完了となった宿題たちは既に学生カバンの中に収められており、明日の提出を待つのみとなっている。……まあ、上条の場合は予期せぬ雷撃などでカバンごと消失する可能性は大いにあるので、提出まで気が抜けないは確かなのだが。
とは言え、とにかく宿題は終わったのだ。聡明な恋人のおかげで。
「元々徹夜覚悟だったからな。お前のおかげで助かったよ」
言いながら乱暴にTシャツを脱ぐと、ベッドの下に放り投げた。
「……もォ手伝ってやンねェ」
「はっはーっ!残念だったな、来年は高校生じゃねえんだ。だからもう宿題の心配はいらねえぞ?」
全ての悩みから解放されたような気分の上条は大いに図に乗っていた。
何しろ徹夜覚悟だったのだ。常に何かに追い回されている上条にとって、やるべきことが先に片付いている、という余裕ある状況は稀だ。おまけに使い果たす予定だった体力は余りある。
鼻歌でも歌い出しそうな勢いで意気揚々と彼女のシャツのボタンに手を伸ばし、
そこで、
「だから三下なンだよオマエは」
と、実に呆れた声によって、上条はピクリと動きを止めた。もちろん、その言葉だけが原因ではない。どことなく、妙な気配を感じたのだ。
「ん?」と上条は首を傾げながら赤い瞳へ目を向けた。
すると彼女は独り言のようにこう呟いた。
「ちっとは頭に入れとかねェと困るのはオマエだと思うンだがな」
「……というと?」
「進学するなら受験とかあンじゃねェの」
ぴくり、と上条の肩が震えた。受験って何だっけ?レベルな上条の思考に空白が生じたところで、さらに彼女は言い放つ。
「あー……、学ぶ意思のねェオマエには関係ねェか。だとしても卒業前に期末試験くらいあンじゃねェの?就職するにしても最低限の学力——ッ!?」
ガバッ!!と彼女にしがみつき「ゆ、ゆ、ゆ、」と震え出した上条に、彼女はこれから何を言い出すのかを全て理解している様子でため息を漏らした。
「うるせェ騒ぐな寝ろ」
「ばか!いじわる!そんなの今っつーか寝る前に言わなくて良いじゃんかよお!」
「手遅れになる前に言ってやってンだから感謝して欲しいとこだがな」
もォ手遅れかも知れねェが、と付け加えた呆れ顔の彼女を尻目に、上条はわなわなと震え出していた。
考えてみれば夏休み前にクラスメイトが夏期講習がどうとかどこの塾に行ってるとか何やらわちゃわちゃしていたような気もするが、既に遥か昔の記憶だ。というか今さら気付いたところでもう遅い。夏休みはあと数分で終わりを迎えるのだ。
「で、でもほら、卒業までにって考えたらまだもうちっとあるだろ。大丈夫、大丈夫」
と、自分に言い聞かせるように前向きな言葉を吐いてみたが、実際にはちょっぴり涙目である。
そんな上条に追い討ちをかけるように、彼女は言う。
「留年したらあともう一年は宿題やらねェとだなァ?」
くつくつと楽しそうに笑う彼女を見つめながら、上条は何かにひらめいたようにこう訊いた。
「そうだな。そん時は、また教えてくれるか?」
「あァ?もォいっぺんアレに付き合わされンのかよ、面倒臭ェな」
「まあさすがに卒業はしたいけどな。あ、でも進学できないってこともありうるのか?」
「ハッ、ありうるンじゃねェよ。このままいけばそォなるだろォな」
「うっ、……そうか、それは困ったなあ」
「浪人なら今以上に遊ンでる暇ねェだろォぜ。俺は手取り足取り教える気なンざねェからな」
「そっか。じゃあ進学するまでは意地でも勉強しないとだな」
「だから三下だっつってンだよ。入学して終わりじゃねェンだ。どこの大学かにもよるだろォが、課題はあるだろォな。俺が詳しくねェ分野だったら……って、なンだよ?」
そこで。彼女は訝しげな表情で上条の顔をジロジロと見返した。
彼女の顔を見つめる上条の表情が、ひどく穏やかだったからだ。
「いいや?そのまま続けて良いぞ?」
「……ナニ企ンでやがンだオマエ?言っとくが、俺は進学はしねェぞ」
「それはお前の自由だと思うぜ?好きにして構わねえよ。でも俺が学校に行ってる間、お前はどうすんだ?」
「?そりゃ今まで通りだろ」
「今まで通りって?」
「だから、今まで通りここに……、オイ、ナニが言いてェンだ?」
へへ、と表情を綻ばせながら、上条は幸せに浸かりきったようにこう言った。
「百合子の未来にはちゃんと俺がいるんだな〜と思って」
ぴく、と彼女の眉が震えた。
「そっかそっか、俺が留年しても進学しても一緒にいてくれるんだな」
「…………寝ろ」
と、言いつつも、だ。そっけない彼女に毛布をかぶる選択肢はないようで、ごろんと横向きに転がったままこちらを睨みつけている。
思わず上条が頭を撫でると、振り払うように頭を振って顔を背けた。
「……お前さ、何でそんな可愛いの?」
「あ?目ェ腐ってンのかオマエ?」
「じゃあほら、照れてないでこっち向けよ」
「……別に照れて——っ、」
言い終わる前に、尖った顎の先を引き寄せて唇を落とした。
せめてもの抵抗、とばかりに彼女が振り上げた手に指を絡めてベットに押さえつける。すると彼女はグッと指の先に力を込めた。
何かに急かされるように、際どいシャツを捲り上げながら白い肌の上に右手を這わせる。その滑らかな感触は何度触れ合っていても上条の欲情を刺激した。
静かな室内に舌を絡める音が響く。その湿った音に身体の奥が震えるのを感じながら、上条は執拗に唇を重ねた。彼女の呼吸を奪うように。柔らかな唇から溢れる吐息すら逃さぬように。
「……ん、」
「っ……寝ろ、って……」
「はあ、ぁ、ふ……煽ったのは、お前だぞ、」
「……ンっ……なこと、してねっ」
悩ましい表情でこちらを見つめる赤い瞳に誘われるように、再び柔らかなキスをした。
月光に照らされた白い肌は青磁のような冷たさを浮き立たせているのに、伝わってくる体温はひどく熱を持っている。それをこの肌に触れることを許された自分しか知らないという事実が上条に高揚感を与え、そして途方もないほどに、扇情的であった。
何度肌を重ねても、心臓の音はいつも通りにやかましい。この振動がどちらのものなのかは分からない。だが、それもすぐに気にならなくなるだろう、と。
今度こそ、だ。
彼女のシャツのボタンに指をかけて、
そのすぐ後のことだった。
「………………………………………ん?」
訝しむ赤い瞳と、シャツの襟元からのぞく白い肌。その二つを交互に見つめて、上条は眉間に皺を寄せた。
その白く細い首に残る、真っ赤な『痕』は。
「……俺、見た気がする」
ぼんやりとした記憶を辿る。夢の中で、十五歳の上条は確かに見たのだ。白いお姉さんの素っ裸と、首筋にくっきりと残された口付けの痕を。
光景がじわじわと蘇ってくる。その時に叩きつけられた、恐るべき破壊力の挑発も。
「…………へえ?ふーん、そう。俺が居ない間に?百合子さんは俺が居ないとそういうことしちゃうんだ。へえー、そうなんだぁー」
「?」
わなわなと震える上条に対し、彼女は不思議そうに首元を一瞥した。
「……自分で付けといてナニ言ってンだオマエ?」
「あのさ、お前は俺の彼女だよな?」
「あ?……そォなンじゃねェの?」
意図が読めずに困惑した様子であった。
しかし上条は構わず吠える。
「だったらダメでしょうがッ!!あんな姿見せて良いのは俺だけだろ!???もし俺が襲ってたらどうすんの!?もうちょっとで理性吹き飛ばすとこだったんだぞッ!?」
「……はァ?ナニ言ってっか分かンねェけどよ、どっちにしたってオマエだろォが。面倒臭ェこと言ってンじゃねェぞ」
「だって俺だけど俺じゃないもん!お前の彼氏は十五歳の俺じゃねえだろ!?彼氏以外に触らせて良いとでも思ってんのかよお前はッ!???」
言いながら上条はそっと白い首筋へ指を這わせた。そして赤い痕をなぞると、華奢な身体は静かに震えた。
「ヒトの話を聞け。誰がいつ触らせたンだよ。つかオマエみてェなモノ好きが他にいる訳ねェだろアホ——ッ!!!?」
赤い痕に唇を寄せ、舌を這わせる。浅い呼吸を繰り返しながら身じろぐ彼女がどうしようもなく愛おしくて、むき出しの独占欲に抗えない。
「ヒトが話してるってのにッ……盛ってンじゃねェぞ、クソが」
「お前こそ、いい加減に自分の破壊力くらい自覚しろよ。別に俺、物好きじゃないんだけど」
「ハッ、こンな身体に反応するよォな猿に言われてもなァ」
「……へえ、ふーん?」
見るからに不満そうに顔をしかめた上条。
その直後だった。
男女の間で『食べた』だの『食べられた』だのと表現することがあるが、これは比喩でも何でもなく。まるで狼のように。上条の口唇が、歯牙が。彼女の肩に、露わになった肌に、直接。
がぶり、と。
「……ひっ…ンッ!!」
上条が顔を離すと、引き摺られるように唾液が伸びた。
それから視線が交わること数秒。そこで彼女は観念したように息を吐いた。抵抗したところで意味を成さない。上条の趣味の悪さは腹が立つほど理解しているのだろう。
僅かに頬を紅潮させて、真紅の瞳を潤ませる彼女に。
上条はにっこり笑ってこう言った。
「今日の上条さんはちょっとばかりバイオレンスですよ?」
Sep.01_AM00:00 終了