追放されたら領主からの溺愛生活が決定しているので回避したいです ここ数年、海軍を増強しだした隣国との微妙な関係や、棲家を沖合から遠洋へ移したシーサーペントの報告、それによりシーサーペントを恐れ逃げたモンスター達が沖合や沿岸で見掛け、そこで生態系を形成したのが観測され、さらには地形や気候が鱗が薬となるとされる魚の養殖に適している事もわかり、元は国もさほど力を入れていない港町だったのだが、今では注目を集め、仕事を求めて人や冒険者達が集まり、人が集まれば商人も店を開き、寂れていたのが嘘のように賑わうようになっていた。
数年前までは新年を祝う行事もひっそりと行われていたものだったが、いまでは花火があげられ、音楽が奏でられ、踊り、深夜まで酒場や店も開き、祝い酒や料理が振る舞われている。
特に今年はポンコツの領主から新領主に変わるという年で、期待を込めて大人も子供も男も女も新年を祝福していた。
そんな騒がしい港町の酒場の一角。
冒険者パーティー、シク・パルビス・マグナが酒を飲んでいた。
リーダーはフランシス・ドレイク。メンバーはエドワード・ティーチ、バーソロミュー・ロバーツ、アン・ボニー、メアリー・リードだ。
個々で海の荒事を得意とする冒険者で、それぞれが儲け話と金の匂いを察知し、この港町に集まり、パーティーを組んでいた方が色々楽だからと仲良しこよしの仲間というより出し抜きつつ出し抜かれの徒党のような関係性だ。
それでも実績は個々でもパーティーでもあげており、この町で知らぬ者はいないほど有名なパーティーだった。
そんなパーティーのリーダー、ドレイクはメンバーのバーソロミューに向かい、言い放つ。
「ってわけで、アンタ、クビ」
「ま、待ってくれ!」
普段、伊達男をきどり、すました顔をしている事が多いバーソロミューが、焦りを滲ませてドレイクにすがる。
「私が抜けたら困るのでは? 算盤勘定や交渉が一番うまいのは私だと、ドレイク、貴女も認めるところだろう?」
「まぁそうだけどねぇ、前に戻るだけっちゃだけだし、いざとなりゃ、雇えやいいだけの話だし」
「せめて、沖合に巣食っているメガロドンの群れの討伐がすんでからにしてくれないか? 船で追い込む作戦だろう? 私の船も必要なはずだ」
「それなんだけど、今度来る領主様が、冒険者との交流もかねて合同にしたいんだと。国も無限に金や人材があるわけじゃないからね、中央にも魔物はでるし、こっちは正規軍じゃなくて少数精鋭の騎士で冒険者を上手く使ってなんたらかんたらって考えなんだそうだ。シーサーペントが間にいるおかげで、隣国はやすやすと海を超えてこられないしね。なんで船は足りてるし、なんならアンタはそっちからの参加でもいいんじゃないかい?」
ニヤリと笑ったドレイクに、バーソロミューは「ぐ」と言葉を詰まらせる。
そんなバーソロミューの肩を、ジョッキでビール飲んでいる黒髭がポンポンと叩きいた。
「『追放されたけど、新領主様に拾われて溺愛生活』で決まりですなぁ」
「黙れ黒髭!」
バーソロミューは額に青筋までたててカトラスを抜くが、黒髭はニヤニヤ笑ったままだ。
わなわなと震えているバーソロミューに、アンとメアリーもタイトルを提案する。
「『助けてください。懐いてきた犬系新人冒険者が実は領主で外堀埋められてます』というのはどうかしら?」
「『昔、助けた子供が領主となって戻ってきました。え? 貴方が海が好きだから褒美として貰った? 彼の愛に溺れてしまいそう』とかは?」
「タイトルで状況説明ありがとう!!」
やけくそ気味にバーソロミューは叫ぶと、頼むとドレイクに頭を下げる。
「パーティーの仕事があるからと逃げ回ってる状況なんだ! 頼む! このタイミングだけはやめてくれ!!」
ドレイクはうーんと腕を組み考えてから、あ、と思いついたとばかりにニッと笑う。
「『追放されて拾われた先が領主様のお家でした。一発やったからって恋人面しないでくれ、こっちはなんか違うと諦めてくれると思ったんだ』とかはどうだい?」
「お?」
「え?」
「一発?」
黒髭とアンとメアリーがそれぞれ口にしてバーソロミューを見やる。
バーソロミューは驚愕の表情で「なんで知ってる」と呟いた後、「だって」と言い訳をした。
「四捨五入したらアラフォーの男など抱いたら幻滅すると思うだろう!! こっちは一夜の夢を貰えるし、若者は目が覚めるし、ウィンウィンだと思ったんだ!!」
「盛大に墓穴掘ってんじゃねぇか」
「あれだけ執着されておいてその認識でしたの?」
「リボン巻いて領主様に献上する?」
「幼い頃の憧れで美化されてると思ったんだよ! 翌朝、すでに相手の欄が記入済みの婚姻届と王の領主が誰を選んでも許可すると書かれた証明書と婚約指輪を贈られた私の気持ちがわかるか!?」
「わかるかよ。っていうか凄ぇなあの領主様」
「いい機会じゃありませんか。もう若いとは言えない歳。そろそろ腰を据えるかとか考えていたのでしょう?」
「あの領主、バーソロミューのその動きを察知して、この港町褒美として貰った可能性ある」
「…………この港町に腰を据える気がないのなら、他の港町も褒美として貰えるように頑張るよ、と言われたよ」
バーソロミューの言葉に、「こっわ」「絶対に逃す気ありませんね」「諦めろ」と口々に言葉にする冒険者達。
バーソロミューはうぐぐと言葉に詰まるも、最後の望みとばかりにドレイクを見た。
「私達のパーティーは個々で活動もできるが、そのほうが便利だからという利害が一致しての結成だったはず。解散しようが追放されようが抜けようが個々の活動には支障がない。だからこそ、追放される理由がないはずだ。私は別に不祥事をおこしたり、パーティーに損害を出したわけではないだろう?」
領主様との一発は、まぁ荒くれで倫理観が死んでいる冒険者。どちらも独身であるし、不祥事にはなりはしないだろう。多分。
「それなんだけどねぇ、ほら、貴族様、騎士様に反感を持つ冒険者達もいるだろう?」
「……それはまぁ、いるだろうな」
話をそらすつもりかと、バーソロミューは慎重に返事をする。
「領主様はそんな冒険者とも仲良くやりたいわけさ。そこで登場するのが、この町で知らぬ者がいない冒険者パーティー、シク・パルビス・マグナの元メンバーにして領主の嫁の冒険者バーソロミュー・ロバーツ。アンタは人が何を求めて何を不満に思っているのか見抜く目があるからね、橋渡しとしてアタシも各ギルド長だって期待してるよ」
はいこれ、とドレイクは証書をテーブルに置く。
それには領主の相談役に命じるという文言と、各ギルド長のサインがあった。
「……領主のサインがないようだが?」
空欄をめざとく見つけて尋ねれば、ドレイクは肩をすくめた。
「アンタが了承したらサインするんだと。上の立場から逃げられなくするのは違うんだそうだよ」
「…………これだけ囲い込んでおいて?」
「そうさね。これだけ囲い込んでおいて、逃げ道は用意してある、逃す気はないらしいけどね」
「………………」
バーソロミューは顔を顰めて証書を見てから、「あぁクソッ!」とひったくるように証書を手にした。
そして新年に賑わう店内に向かって叫ぶ。
「パーシヴァル!! どうせいるんだろう!? 婚姻届ともどもサインしてやるから出てきなさい!!」
「あぁ! 私の海鳥! やっと私の枝にとまってくれたね!!」
バーソロミューが叫ぶなり、その巨体をどこに潜ませていたのか、店の一角からパーシヴァルが出てきてバーソロミューをお姫様抱っこでもちあげる。
「やっぱりいた! 領主が護衛もつけずに! っているね! そこの客、ばっちり護衛だね!」
くるくる回られながらも、周囲を観察するバーソロミュー。
聞き耳を立てていた客達の拍手や祝いの言葉を聞きながら、新しい一年、いつもとは違う怒涛の年になりそうだとため息をつく。
輝かしい未来が待っているなんて希望は持てはしない。そんな楽観的な性格ではない。
だが幸せそうに笑うパーシヴァルを見ると、仕方がないやってやるかと思える。
惚れた方が負けというが、自分もじゅうぶんに惚れているのだろう。
なんだか悔しいので花火の轟音のタイミングに合わせて小声で「私も愛してるよ」と言ってやれば、目論見通り彼は上手く聞き取れなかったらしく「もう一度」と願う。
その必死な顔に溜飲を下げ、バーソロミューは今度は店中に聞こえそうなぐらい大声で愛を伝えてやった。