こんなよくある話ならこの後の展開は彼の勝ち 蝶や花よとまではいかずとも、それなりに守られて育てられてきたお坊ちゃんお嬢ちゃん。
後、数年して成人すれば学園を卒業し、本格的に家を継ぐ為の仕事だの、幼い頃に決められた許嫁の元に嫁ぐだの、今ほどの自由は無くなるのは肌で感じている。
だから今。
青春真っ只中の今、友人達と少しの冒険をしてみる。
大人には内緒の秘密の思い出になるはずだから。
——という事で、バーソロミューは仮面舞踏会に参加していた。
ことわっておくが、バーソロミューは今年で30歳だ。
少年という年代ではなく、大人に秘密の思い出はもう溢れるほど持っている。どちらかと言えばそれは青春の一ページというより、知られれば厳重注意ではすまないかもしれないものだ。
それらの思い出は長くなるので省略するが、バーソロミューがなぜここにいるかと言えば、お守りである。
現在進行形で少し背伸びをして大人の世界に足を伸ばして青春を謳歌中の姪の。
男爵の末娘である彼女は、貴族の友達と一緒に仮面舞踏会に参加する計画を立て、それを実行中なのだ。
その計画は彼女達の親には筒抜けであったが、各家、とめるわけではなく、青春の一ページを見守ろうという事になった。
各家がそれぞれ用意した護衛が仮面舞踏会に紛れ込んでおり、なおかつ、この仮面舞踏会を主催した貴族よりも爵位が上の家が何か手を回したのだろう、開催の挨拶で「我が仮面舞踏会では年齢を制限しておりません。だからこそ様々な方々にご参加頂いております。どうか老練な皆様におかれましては、勇猛な狼や可憐な蝶を導いて、無事に巣にお返しください」とまで言っていた。
つまりこの舞踏会、慣れない少年少女が紛れ込んでいるが、手を出すなよと釘を刺したわけである。よほどのバカでなければこれで、少年少女の背後に仮面舞踏会を開けるほどの貴族より上が睨みを利かせていると分かるだろう。
というか分からなければ貴族なんぞやってるなという話である。
そして姪はバーソロミューとは別にお守りがついている。
バーソロミューは言わば保険。
心配性な叔父が泣きついて用意した、どちらかと言えば叔父の心労を軽減する為のお守りである。
バーソロミューは話しかけてくる男や女を笑顔で交わしながら、こっそりため息をつく。
バーソロミューも元をただせば、というかまだ貴族に籍はあるのだが、現当主の叔父に嫡男が産まれた時に直談判して、市井に出た。
叔父が前当主の息子であるバーソロミューに当主の座を譲ろうとしているのを察していたし、甥が成長していらぬ争いをうむのを厭うたのもあるが、海で働きたかったのが一番の理由だ。
貴族の生活より水があったらしく、バーソロミューは生き生きと平民の生活に溶け込み、そして今にいたる。
バーソロミューとしてはそのまま貴族の籍を抜いてもらってもよかったのだが、前当主であり兄を隠居させた当主の座を奪った叔父は流石にそこまですると悪評がね、それに抜くにも色々手続きやでっちあげが面倒なんだよ、と拒否していた。
因みに前当主でありすでに顔すら忘れたバーソロミューの父は、隠居させた先で馬車の事故で亡くなっている。
叔父が裏で手を回しているとまことしやかに噂されていた。父を殺された事になるバーソロミューとしては、当時の書類などを見るに当主としてあまりにダメだったので良くやったとむしろ叔父の健闘を讃えたい。というか讃えたら、叔父に苦笑された。
そんな叔父とは年に数度は顔を合わせ、良好な関係を築いており、涙ながらに頼み込まれて断れきれず、高級茶葉にもつられてお守りを引き受けたのだ。
そのお守りも終盤に近づいている。
少女達は冒険を終え、安全な家に帰るようだ。
護衛だけでなく多くの大人に見守られて会場を後にして、こちらが用意した安全な馬車に乗り込んでいく。もちろんその馬車を護衛達は追いかけ、家に入るまで見届ける。
だがバーソロミューはここでお役御免だ。
叔父からはそのまま仮面舞踏会にいてもいいし、帰ってもいいと言われており、どうするかなと考える。
ふと視線を向けたバルコニー。
夜空には綺麗な満月が浮かんでおり、そういえばこの屋敷の庭は美しいと評判だったなと思いだす。
「……」
普段、市民に溶け込んで暮らしているバーソロミューは中々入れない場所だ。
この機会に観ておくかと、バーソロミューは足を向けた。
仮面舞踏会の会場から漏れでる光と、満月の月明かり、そして外灯に火が灯されているのもあり、庭は歩きやすかった。
ここはシンメトリーになっているんだな、最近はこんな花の植え方が流行っているのかと観ながら歩き、いつのまにか噴水の前にたどり着く。
「あ、あの!」
と、舞踏会からバーソロミューの後をつけていた青年が、ようやく声をかけてきた。
「ん?」
と、今気づきましたよという風に振り返れば、バーソロミューよりも身長が高く、恵体をタキシードに押し込めた、仮面の上からも顔が整っているのが分かる青年がいた。
青年は必死な声でバーソロミューに話しかける。
「どうしても貴方と話がしたく!! 後をつけるような真似をいたしました! 申し訳ない!」
「……」
バーソロミューは吹き出す。
なんとも真っ直ぐなお坊ちゃんだ。
とても遊び慣れているようには見えないが、手首には認識を阻害するブレスレットがある。
バーソロミューも同じ物をしており、仮面だけでは心許なく、素性を知られたくない者の愛用品だ。
この青年が用意したのか、それとも誰かに用意してもらったのか。
高位の貴族のお坊ちゃんの場合、めんどくさいなと思ったが、あまりにも必死な様子に絆された。
まぁ話がつまらなければ帰ればいいかと、「話だけでいいのかい?」と言う。
「え!? それはっ! え!?」
真っ赤になった青年に笑って、バーソロミューは噴水の縁に腰掛けた。
「ん」
ちゅんちゅんと鳥の声で意識が浮上していく。
「あ〜」
頭が痛い。これは久々に酔いが翌朝まで残っているな。
喉もガラガラじゃないか。それに身体のあちこちが痛いし、ってこれは服をきていないな。誰かに抱きしめられて——
「は?」
目を開ければ立派な胸板。
顔を上げれば、うまく認識できないが、白髪の青年が眠った顔がある。
それは昨日、満月の下、噴水の前で意気投合し、会場からワインをボトルごと失敬して、飲んで踊って笑い合った青年で。
「……っつ」
酔って、服を脱いで、同じベッドで寝ただけなんて希望は、青年の首筋や肩、胸についた歯形や鬱血が潰える。それにバーソロミューは青年以上に跡をつけられているのがうっすら分かるし、なにより尻が違和感と痛みを訴えている。
この青年がどこのどなたかは存じないが、貴族なのは間違いない。それもおそらく男爵よりは上の。
バーソロミューは自分の手首を見る。
よかった。認識阻害のブレスレットははめたままだ。
——よし、逃げよう。
一夜の夢、若い頃の火遊びとして忘れてくれよと願いながら、バーソロミューは脱ぎ散らかされた服を着て、部屋を出ていった。