乱反射「なぁなぁ伏黒」
雨上がり。先を歩く伏黒がふいに名前を呼ばれ振り返ると、水たまりの中に手をついて何やらポーズをとる虎杖と目が合った。
「伏黒の真似!」
消えた雨雲から覗く太陽が水面を反射させた所為か、いつもより眩しい虎杖の笑顔に、伏黒は大きなため息を吐く。
水たまりを影に見立てて伏黒の術式の真似事をしているのは、そのセリフとドヤ顔から容易に想像できた。
いつもの虎杖のおふざけ。
誰かじゃあるまいし伏黒が同調することはないが、ソレに対して本気で嫌な訳でもない。これがもし今ここに二人だけならば、伏黒のため息はもう少し小さいものだっただろうし、雨水の地面に手を着ける虎杖に対し『んなことしてないで早く行くぞ』と促しただろう。
振り返った数メートル先に、五条の姿が見えなければ。
「え~悠仁、もしかしてそれ恵の真似してんの~。恵ずるい~」
「うおっ、先生⁉」
伏黒が次の行動を起こす前に、五条は一瞬で虎杖のすぐ傍へ駆け寄り、まるでギャルのようにキャピキャピしながら体をくねらせている。
真っ黒でデカい図体が。
そもそもしゃがんで手を水たまりにつけてるだけの虎杖を、何故瞬時に伏黒の真似をしているなどと分かるのか。物凄い地獄耳か、虎杖に盗聴器でも仕掛けられてるんじゃ? と伏黒の脳内を過ったが、考えたら負けだとすぐに思考を放棄する。
「へへ。どう? 俺の伏黒」
虎杖が得意げに五条にもドヤ顔を見せつける。しかし五条はそれに答えることなく
「俺の伏黒? 見て! 僕の悠仁!」
そう言って五条は高校生の虎杖をテディベアか赤子のように軽々持ち上げ、伏黒に見せつけてきた。
絶対意味が違う。話の流れそっちのけで単語だけ拾った五条が暴走し始めたので、伏黒はあからさまにまた一つ大きなため息をつき踵を返す。
「先行く」
「え? ちょ、伏黒⁉」
これ以上巻き込まれるのはごめんだとばかりに伏黒は早々と歩き出すと、五条は虎杖を地面に下ろし、とは言え虎杖から離れる事なく上から覆いかぶさるように抱き付いてゆらゆらと動いた。
「恵ったらノリ悪い~。しょうがないから悠仁、これから僕の部屋でお茶でもしてく?」
「え? 先生の部屋⁉ んー……でも」
伏黒の背中と五条の顔を見比べながら虎杖は暫く考え込む。任務から戻り自室へ戻る道中だったにせよ、伏黒一人を帰らせるのも忍びない。しかし五条の部屋という魅惑のワードに惹かれない虎杖でもない。
「今ならなんと出張土産の限定スイーツも特別に一口だけプレゼント!」
「一口かよっ!」
「だって限定だよ?」
「招待したい割りにはパンチが弱ぇんだよな~」
「とか言って、来たことない僕の部屋に興味津々なくせに~」
背後で聞こえるイチャイチャに伏黒はまた一つため息を零す。鈍感な同級が満更でもない事は知っているし、全て理解した上で絡んでいる担任も担任だった。
兎角、自分を巻き込んでくれるなと心底思いながら、僅かに速度を上た右足が着地したのは大きな水たまり。
——飛沫を上げた水滴だけが、遠く背後の二人の初めての触れ合いを映したとか。