「はい、検定お疲れ様でした。ちゃんと周りを見て走れてるし、うん。問題ないね」
戻って来た教習所。今日合格すれば全行程終了。残すは筆記の本試験のみ。
免許を取るのに教習所に行った初日、受付をしていたら背後から覆いかぶさるように覗き込まれ、びっくりして振り返って、またびっくり。だってその容姿はつい見惚れてしまう程。絹のような白髪に、白い肌。室内なのに真っ黒なサングラスをかけていても、すらりと通った鼻筋に形の良い薄く艶やかな唇。かけられた声も耳なじみの良い優しい色に、思わず呆けてしまう。
「僕がいるのはこの日とこの日と……」
覗き込まれたスケジュール帳。いつの間にか話が進み、勝手に俺の受講日が決まっていたあの日が懐かしい。
途中詰まる事もなくどの実地も一回でクリアしてしまったのが、本来なら良い事の筈なのに、ちょっとくらい失敗しておけば……なんて。この車を降りたらもう会う事はない。それがなんだか寂しくて、シートベルトを外す手が躊躇われる。
「今日でやっと終わりだね」
やっと、やっと……か。そりゃそうだ。この人はあくまで先生。名残惜しさなどある筈もない。
出会い頭から妙に距離が近いのも、教習中、車内の会話が弾むのも、筆記の勉強中、俺を見つけては茶々を入れて来る事も。生徒思いな、いい先生なだけ。
にしても、最初から何だか俺を知ってるような素振りだった。どこかで会った事があるなら、絶対に忘れるはずはなさそうなのに。
出発した時は眩しくて目を細めながら運転していた夕陽も、今は沈んで、うっすら藍と美しいグラデーションを魅せる。思い出には丁度良い。もう会う事もないならいっそ——。高ぶる鼓動に、シートベルトを外して身体ごと助手席に向けた。
「五条先生、今までお世話になりました。あと、急にこんなん言われて困るかもしれないけど……好きです」
ビクともしない口角と真っ黒なサングラスの所為で表情は読めない。自分の心臓の音だけが煩く響く。
「あれ? 僕合格って言ったっけ?」
「へ? だってさっき問題ないって」
一世一代の告白に、なんとも的外れな会話たち。狼狽える俺を見て、先生が意地悪な笑みを浮かべる。
「あ、ちょ! また俺の事おちょくっただろ?」
「おちょくってないって。健気だね、オマエ」
そう言って伸びて来た手がくしゃりと頭を撫で、そのまま頬を通過する。ちょっと冷えた指先。俺の顔が熱かっただけかも? 不意の触れ合いに、俺の心臓はとっくにスピード違反だ。
「それで、結果は?」
無言が怖くて先に空を切る。
「どっちの?」
揶揄うように笑う口元。ずっと先生の手の上なのは十も承知だ。四の五の言ってる場合ではない。
「とりあえず車の方」
「そっちの方が大事なの?」
「そう見える?」
虚勢でもなんでもなく、俺が返せる精一杯。再び訪れたしじまは、サングラスを外した先生によって打ち破られる。
「まったく。悠仁には敵わないな。本当は僕から言おうと思ってたのに」
そう言うと先生はダッシュボードに凭れかかり、横目に俺を見る。まるで拗ねた子供だ。こんな大きな子供いないけど。いや待て。今先生は何て言った? 聞き間違いじゃなければ、僕から言おうと思ってた?
シナプスたちが懸命に仕事をすればするほど、俺の顔が熱くなっていく。
「先生、それってつまり……」