雪解け鳴り響くスマートフォンの音。画面に映し出された相手の名前に、宗雲は目を見開いた。一応念の為と消さずにいた相手から、連絡が来るなど想像してもみなかった。寧ろ、あちらはもうとっくに連絡先を消しているだろうと、そう思っていたくらいだ。
着信を受ける事を、暫し悩んだ。ろくな事にはならないのではないかと。そう思う反面。今になって連絡してくるあたり余程緊急な事が起きているのかも知れないと、良心が電話を出るように促してくる。
そう悩んでいる間も、着信音は鳴り止まず。宗雲は深くため息をついて、心を落ち着かせ。そして、その電話を取った。
「もしもし」
「急にすみません。どうしても貴方に相談したい事がありまして」
いつもより焦りを感じる、戴天の声。必死に冷静を装おうとしているのが分かる。
「どうした」
らしくないその声に。嫌味を言うより早く、言葉が漏れていた。
「雨竜君が大変なんです。家に来てもらえませんか」
「…!?」
雨竜。その名に、宗雲は言葉を失う。何が起きているのか、どうしてほしいのか尋ねたいのに言葉が出ない。それを察してか、戴天が苦しそうに話を続けた。
「電話では話づらいのです……お願いします」
お願い、など。高塔から離れて一度もされた事は無かった。
「わかった。すぐに向かう」
只事ではない。電話を切りスマホに映し出された時間を見つめ、宗雲は唇を噛み締めた。開店まで時間がない。自分が対応する予約は入っていないのが幸いだが。
「皆、すまない」
電話の一部始終を見ていたウィズダムのメンバーに声をかける。
「なんかヤバそうな感じ?」
「…あぁ。出なければならなくなった、あとの事は任せても良いか」
頭を下げると、浄の笑い声がする。
「そんなに心配しなくても。あとは任せて、大丈夫だよ」
「気にするな」
皇紀の声も続いた。
「早く片がついたら戻ってくる」
宗雲はジャケットを手にして、駆け出した。
昔何度か訪れた事のある高塔エンタープライズが手掛けたマンション。部屋の呼び出しボタンに触れると、無言のままその扉が開いた。
「急に呼び立てて申し訳ありません」
いつもの余裕は見る影もない。不安と焦りの入り交じる戴天の表情に、宗雲は「気にするな」としか言えなかった。部屋の中に入っても雨竜の姿は見えない。何処かに行ってしまったのかとあたりを見回していると、戴天が頭を抱え小さな声で話はじめた。
「実は、雨竜君が……Sub性だったようで…」
宗雲は耳を疑った。第二性が雨竜の年頃になって発症するのは稀。その上その性がSubだなんて想像もしていなかった。
「最近調子が悪そうで、先日受診したのですが、その時に分かって…。理由は分かりませんが、遅くに発症した人は性の影響を受けやすいらしく……。第二性が突然現れた事も影響してか、精神的に不安定になってしまい……一番良い解決法は…」
「Domにプレイしてもらう事…」
「はい…」
頷く戴天は、唇を噛み締めて、苦しそうに、悔しそうに表情を歪めていた。
「それで、俺か」
宗雲はDomだ。学生時代の検査ですでに分かっていた事。戴天が知っているのも当たり前の事だった。
「…何処のものか分からないDomなんかに雨竜君を預ける事は出来ませんから…。それならまだ貴方に頼んだほうがマシです」
散々な言われ様だが、自分だってそうだ。大切な弟が、他の人間に触れられるくらいなら自分が力になりたいと思う。
「それで、雨竜はどこに居るんだ」
「部屋で休んでいるところです…申し訳ないのですが、あとはお願いしても良いでしょうか。……私は仕事がありますから」
仕事、と言っているが。プレイを見聞きしたくないのだろうと察した。
「あぁ」
部屋はオートロックで閉まるので出て行くときは自由に出て良い事、出来れば雨竜の体調がどうなったのか教えてほしいと。そう言い残して、戴天は部屋から出ていった。彼を見送り、雨竜の部屋へと近づく。ノックをしても返事はない、宗雲はもう一度ノックをして声をかけた。