4.テレ屋もここまで来ると病気「はい、アクアパッツァおまち」
「水族館の後にアクアパッツァってな」
はははっと薫は機嫌よさそうに笑った。珍しく喧嘩をせずに水族館を見て回り。こっそり繋いだ手はそのままに、いつもより少し近い距離でまるで子供みたいにアレはなんだろう、きれいだなと虎次郎は話をした。それなのに薫は、ひらひらと泳ぐ鯛を見て「アクアパッツァ食いたいな」なんて言うのだ。それからは、あれは寿司がいいだの、マリネもいいだの。大凡水族館には相応しくない話になって、帰りに虎次郎の家に寄るから、食事させてくれと薫にお願いされたら、虎次郎は頷くしかなかった。寧ろ、もう少し一緒に居たいとそう願ったのは彼も同じで。久しぶりに一緒に食事が出来るのは、正直ニヤけてしまうくらい嬉しかった。
「美味いか?」
「あぁ」
本当に美味しいと思っている時の薫は無口だ。食事に集中していて、きっと喋る時間すら惜しいのだろう。少なくなったワイングラスに白ワインを足してやると、視線を上げてニコリと微笑む。鯛を飲み込み、白ワインを煽りコクッと喉を鳴らす。
「久しぶりに食べると染みるな」
「ん?アクアパッツァか?」
別にイタリアンに行けばあるだろうと思った。しばらくあってないのだから、他の店に行って食事しているんだろうと思っていた。なのに、薫は愛しそうに目を細めて囁くのだ。
「お前の料理」
と。まるで、愛を囁くみたいに。
「やっぱり、お前の料理が一番だな。他のはわざわざ行く気にならない」
ワイングラスをくるくると回し、うっとりとそれを見つめる。惚けた顔でそれを見ていると、薫はまた笑って「なんて顔してるんだ」って言う。もう、全てが愛しくて、堪らなくて。虎次郎は薫にそっと唇を寄せた。
パンッと、乾いた音が部屋に響く。さっきまで優しい笑みで笑っていた薫は、怒りで真っ赤に顔を染めて肩を上下させて荒く息を吐く。
「……ぉ、…っ、女と間違えたか」
「違う、んなんじゃ…っ!」
否定しているのに、薫はグラスをテーブルに置いてガンッと脚をテーブルにぶつけながら、慌てて出ていこうとする。それを、静止するように肩を掴む。一瞬だけ、力が抜けて留まってくれるのかと思った。言うなら今しか無いと思った。
「好きだからだよ。…ずっと」
そう言うとまた全身に力が篭もる。薫は一向にこっちを向いてくれないまま。
「そんなに、簡単に言うな」
そう吐き出して、逃げる様に玄関を飛び出した。桜色の髪から覗く真っ白な耳が真っ赤に染まるのが忘れられなかった。