愛を込めて、なんてね「桜木にプロポーズしようと思ってるんスけど」
掴みどころがないとよく言われるけれど、その瞳の真っ直ぐさだけは昔から変わらないのよねと、テーブルを挟んで向き合う後輩の顔を見詰め返しながら彩子は小さく微笑んだ。
シーズンオフで一時帰国している流川から彩子へ個別に連絡があったのはつい数日前のことだ。互いの連絡先を把握してはいるものの、テレビやネットで流川の活躍ぶりはよく目にしているし、何かあれば人づてに彩子の耳にも入るだろうから、そうでない限りは息災なのだろうと、彩子からわざわざメッセージを送ることは滅多にない。流川から稀に連絡があるとすれば、もっぱら恋人の──桜木花道の話と相場が決まっていた。やれ桜木と喧嘩をしただのやれ桜木が落ち込んでいるだのと、流川なりに対処法を間違いたくないという思いが少なからず芽生えた時に、短く説明の足りない文章が彩子に届いた。その度、「解決したいならもっと詳細を教えなさいよ」と文句を言いながら、喧嘩なんて日常茶飯事のくせに、わざわざSOSを出してくるなんて謝りたい何かがあったのだろうとか、意地を張らずに励ましたいという自分の思いに素直になればいいのにとか、彩子は流川の気持ちを巧みに汲みながら発破をかけてやるのだった。
だから今回連絡を貰った時も桜木花道のことだろうと思ったし、わざわざ会って相談したいとまで言われれば、何を言われるか何となく想像はついていた。予想通りの流川の言葉を聞いて、彩子は「うん」と頷く。
「ついにね。おめでとうは次会う時に取っとくわ」
「……驚かねーの」
「まあ、わざわざ呼び出されれば何となく察するわよ。あんたがずっとその気なのは惚気聞かされてれば分かるんだから」
「……ス」
少しだけ目を伏せる流川に、彩子は「でも」と言葉を続ける。
「ほんとはちょっと意外。結婚だけは、一人で直球勝負するかと思ってたから」
「……ぜってー失敗したくねー」
「!」
流川が素直に口を割るまでもう少し聞き込む必要があると思っていた彩子は、一間置いて返ってきた声に目を丸くする。流川は彩子が促すよりも先に、訥々と、けれど我慢していたものを一気に解放するように話し続けた。
「あいつを一生オレのもんにしたい。オレのだって分からせたい。嫌だって言われても離してやれねー……だから確実に仕留めて、逃げられねーようにしたい」
「……プロポーズの話しよね?」
「そースけど」
けろりと頷く後輩が、随分過激に恋人に熱を上げているようで、彩子は苦笑するより他はなかった。
「……よくここまで我慢できたわね」
こんなに熱くて重い感情を抱えながら、今まで平気でいたことに妙な感心すらしてしまう。
「まあお互い忙しいでしょうしタイミングもあるだろうけど、あんたのことなら、思い立ったら居ても立っても居られないでしょうに」
「……ずっと考えてたス」
あいつのこと──言いながら流川は、人差し指と親指を前髪に絡めて俯く。
「あいつの好きなものとか、喜ぶこととか、ずっと考えてみたけど、頭いっぱいで……何が良いのかわからなくなって」
困ったように少しだけ眉を下げて、けれど、唇が緩やかな弧を描いている。桜木が愛おしいのだと暗に伝えるその表情は、強い眼差しで逃さないと言って退けた数秒前の流川とは違う印象を伴って、彩子に衝撃を与えた──あの流川が、こんな表情ができるようになったのかと。
「オレ一人じゃ埒が明かねーから……いい店とか、喜びそうな物とか、先輩が知ってること教えてほしいス」
天上天下唯我独尊男が、桜木を思って頭を下げて頼み込んでいる姿を前に、彩子は声を詰まらせる。初めて会った時、彼は同級生よりも背丈が少しばかり高いだけの子供だった。無口で無表情な彼との接し方に戸惑うこともあったが、バスケットが誰よりも好きで、語るよりも行動で、熱い気持ちがあることを教えてくれた。バスケットしか興味がなかった少年は、桜木花道に出会い、彼を愛し愛されて大人になった。もうそこに彩子の記憶の中にあるあどけなさはない。
「……分かったわ」
流川を変えた男に、やるじゃん桜木花道、と心の中で称賛を送りつつ、にんまりと笑う。こんなにこの子を本気にさせたんだから、あんたが責任取りなさいよ──生意気で負けず嫌いで真っ直ぐな可愛い後輩の頼みを断る理由は無いと、彩子は流川を見詰め返した。
「あんたたちの参考になるようなことがあればいいけど」
彩子の返答に流川は瞳に喜びの色を滲ませた。掴みどころがないようで、案外素直な反応をする奴なのだ。これも長年の付き合いだから分かることなのかしらと、彩子はこっそり笑みを深めて、後輩たちのために一肌脱ぐわと、作戦会議のために改めて身を乗り出した。