流誕wip 軍団五人で年越しを迎えてから夜中に初詣へ行くのが、いつからか恒例になっている。屯する場所も過ごし方もこれと言って決まりは無いが、今年はウチでテレビを見ながら鍋を囲んで、近所の神社へ出発した。一応形に則り手を合わせて、怪我のないようにと胸の内で呟く。天才は己の活躍や勝負の行方を神に祈ったりはしないのだ。ランニングがてら日の出を眺めて帰宅し、正月独特の高揚感と共に昼まで眠る準備に入る。バスケットを始めてから「規則正しい生活」が日常化していたので、夜更かしして朝まで自由に過ごすなんて久しぶりだった。それだけでもちょっとわくわくした年越しだったが、しかし、ボールに触れないとそれだけで少し物足りなさがある。このバスケットマン桜木をコートが呼んでいる気がする。目覚めたらまずは鍋を片付けて、いつものストリートコートに行こう。そう心に決め、布団へ突っ伏したのが四時間ほど前のことだ。
突如として家中に響き渡った呼び鈴の音で目が覚める。寝ぼけ眼で時計を見やれば、時刻は間も無く正午に差し掛かるというところだった。来客の予定は無いはずだが──。
「……」
一瞬、脳裏に浮かぶ顔があったが、緩く首を振って打ち消した。他の誰でもない、オレ自身がその可能性の芽を摘んでいるからである。当然のように無視を決め込み目を瞑るが、暫くすると懲りずにまた鳴らされる。この天才の安眠を妨害するとは何てけしからん奴だ。あっという間に不愉快な気持ちでいっぱいになり、舌打ちをして起き上がる。不届者の顔をこの目で確かめ、文句の一つや二つ言ってやらなければ気が済まない。
「ったく、正月早々一体どこのどいつだ……」
足を踏み鳴らし玄関へ向かって、苛々とドアスコープを覗く──次の瞬間、打ち消したはずの顔がそこにあって、全身から眠気が吹っ飛んだ。半ば傾れ込むような勢いで扉を開くと、驚きそのままの大声が飛び出す。
「っおめー、なんで!?」
扉の向こうにいた男──流川楓は、オレの反応など想定内とでも言うように顔色一つ変えず、マフラーで覆われた口元から少しくぐもった声を上げた。
「出るのがおせぇ」
白い息がほわっと広がって消えるのを、まるで夢みたいな気持ちで見つめてしまった。それも束の間、さっさと入れろと続く言葉でハッと我に返る。誰も入って良いなんて言っていないのに、偉そうに。しかし、従うようで大層癪ではあるが、このまま押し問答を続けて冬の風に晒される気にはなれず、とりあえずは流川を招いて扉を閉めることにした。バタンと閉じた世界で、オレたちの間には一瞬だけ沈黙があった。特に流川は、冷たい外気から隔離され、ほっと一息ついたようだった。少しだけ鼻先が赤いその顔を、驚きと困惑の眼差しで見詰めて、改まってもう一度問いかける。
「なんで来たんだよ。……誕生日だろ、今日」
「来ちゃ悪りぃのか」
「だっ、誰もンなこと言ってねえだろ!」
「そー聞こえるけど」
「あっ、コラ!」
靴を脱いだ流川は家主を無視して家へ上がると、勝手知ったる様子で歩みを止めずに進んでいく。呼び止めることを諦めたオレは後に続き、その背に向かって話し続けた。
「あのなあ、オレはただ、せっかくの誕生日なんだから家族で過ごした方がいいだろと思って……!」
大晦日と正月は会わないと言い出したのはオレだった。年の瀬迫るある日の帰り道、雑談の延長で、何でもないことのように、ごく自然に。少し緩いテンションで持ち掛ければ、流川も深刻に受け止めず、まあいいか、と了承してくれると考えたのだ。別に、別れ話じゃあるまいし、たった数日会うのを控えようと言うだけのことだ。真面目ぶる方がおかしい。けれど、オレの歩幅に合わせてゆっくりと回転していた流川の自転車が、カラカラと音を立てるのを止めた時は少し緊張した。
冬休みに入って間もない頃、彩子さんに流川へ何を贈るのか聞かれて、オレはその時初めて恋人の誕生日を知った。新年の始まりというこの上無い程めでたい日に生まれて、家族団欒の中心でちやほやされるのが、天上天下唯我独尊男のヤツにはお似合いだと思った。何より、心優しいお母様に、きちんと頭を下げて感謝を伝えるべき日でもある。その機会をオレが奪ってはいけない。だから、無言でこちらを見つめてくる流川に言い聞かせて、その首が縦に振られるのを見届けたのだ。
「ちゃんと家族で過ごせよって話つけただろうが。年越しも、正月も……おめーの誕生日も、オレがおめーをずっと独り占めしちゃ悪りぃと思ったから──」
「ちゃんと過ごして来た」
急に流川が立ち止まったのでぶつかりそうになり、慌てて足を止める。何かと思えば、流川は背を向けたまま徐にマフラーを外し始めて、そのままちらりとオレを見た。
「……年越しの瞬間は寝てたけど。大晦日は家にいたし、ちゃんと正月の挨拶もしてきた。さっきケーキ食ってから来たし、おめーの言う通り、一通り家族で過ごしてきたんだから、文句ねーだろ」
まるで堰き止めていたものを解放するように、珍しく畳み掛ける流川の言葉に唖然としてしまう。やがてアウターまで脱いだ流川は、いつも泊まりに来ると荷物を置く定位置にしている部屋の隅にぽいっとそれらを放って、何も言えずにいるオレに改めて向き直った。
「今日と明日ここに泊まる」
「は」
「三日はてめーがウチに来い」
「はあ!?ちょっと待て、何勝手に……っ」
淡々と告げられる「決定事項」は冗談かと疑わずにいられないほど突拍子も無く、しかし、瞬きの合間に流川の真顔が眼前に迫って、その瞳の鋭さに、ああ、コイツがそんな冗談を言うわけねえか、と思い出す。
「誕生日だから。オレの好きにする」
そう言って、流川は真正面からオレの体を抱き締めた。例えば戯れでじゃれるような、恥じらいを感じるような、そんな生優しいものではない。鍛えられた両腕をしっかりとオレの背に回して、隙間なく重なった体があわよくば一つになれとでも言うように、身動きが取れない程の強い力で押さえ付けてくる。まるで形を確かめるように、大きな手のひらがオレの背を掻き抱くように何度も撫でた。
「っ……」
硬く引き締まった体は、服の上からでも分かるくらい冷えていて、オレは堪らず流川を抱き締め返した。こんなに寒い中会いに来てくれたのか。珍しく必死に抱き締めてくる程、オレに会いたかったと思っていいのか。愛しい重みと感触に、どうしようもなく胸が高鳴って、唇を噛み締める。欲しかったものを与えられて、全身が歓喜しているのが分かる。情けなく震えてしまいそうで、それを流川にだけは悟られたくないと思った。本当は独り占めしたかった。冬休みの間、部活動以外の流川も全部。たった数日会えなかっただけで、触れ合えた今、喜びで胸が張り裂けそうだ。自分で決めて言い出したことなのに、流川が会いに来てくれたことが嬉しい。遠慮なく抱き締められて、流川の息遣いを間近に感じられることが嬉しい。抱き締め返すと、身を委ねてくれることが嬉しい。悔しいくらい、流川が好きだ。
「……誕生日は今日だけなのに、明日も明後日もおめーの言うこと聞くのはおかしいんじゃねえのか」
「誕生日のうちにオレが言ったことは全部有効」
「なんだそれ、ずりぃだろ」