屍肉 ぐんと冷え込みが強くなった。こんな日にはこれでもかと家を暖かくして過ごしたい。けれども燃料の需要が高まり価格が上昇した昨今、自分たちは身を寄せ合って火鉢を囲うしか暖を取る手立てがない。もう少し自分に甲斐性があれば……と、水木は後悔する。明日は雪がちらつくらしい。
鬼太郎には分厚いちゃんちゃんこと毛布を被せたが、それでも寒いようだ。なるべく身を縮めて耐え忍ぶべく目を瞑っている姿は痛ましい。大人の自分でも凍えてしまいそうなのに、小さな体では更に堪えるだろう。
「……鬼太郎、こっちに来なさい」
視線を落として両手をゆるく広げる。穴倉のねずみのように目をのぞかせている鬼太郎に、意図は伝わってないらしい。
「僕はきみたちの種族より体温が高いんだ。さすってあげれば幾らか和らぐぞ」
しばらく間を置いて、無言のまま毛布の塊がずりずりと擦り寄ってきた。案外素直な行動に呆気にとられる。さしずめ、恥と冷えを天秤にかけて後者が勝ったのだろう。
懐に辿り着いた鬼太郎の肩を抱く。この子の身体を胸に抱いたのは随分久しいが、丸々とした赤子の頃よりとても細く、まるで枯れ枝のようだ。体温は低い。よく聞くと歯をカチカチ鳴らしている。
水木はたまらなくなり、少しばかりきつく抱擁した。するとモゾモゾと腕の中で動く鬼太郎が「ネェ」と曖昧に言葉を発する。
「なんだ」
「あなた、こんな臭いでしたっけ……」
ああ、臭い。そうだ。地獄より還ってからというもの腐臭が拭えずにいたのだった。すっかり身に馴染み忘れかけていたが、他人にとっては悪臭でしかない。咄嗟に「すまん。臭うな」と体を離そうとするも、鬼太郎はシャツにぎゅうとしがみついて離れない。子供が甘えるような振る舞いに、思わず身を固くする。
「行かないで」
弱々しく鬼太郎はいう。すうっと大きく息を吸い込むと、微睡の前のぼんやりした口調で続けた。
「おかあさん……」
それきりすうすう寝息を立てる鬼太郎は、あまりにもか弱く無防備だった。ゆるく頭を撫でると眉を下げて安らかに呼吸する。普段の憎まれ口も、凶暴なまでの妖しい笑みすらもない、自然で自由な彼の寝姿。
水木は、事切れた母親の胎内で彼が嗅いだ最後の臭いを想像していた。朽ちゆく母体に身を任せる他ない非力な幼子は、死体の臭いを“母”だと認識したのだろうか。そしてそれを求めているのだろうか。彼に聞いたとて知る由もない。
ただ今は、よく眠る子の温もりになりたいと思う。無謀にも、理由なく。親が子をひたむきに想うように。