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    ニウカ

    @nnnnii93

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    ニウカ

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    墓場鬼水
    骨の髄まで見知って飽き飽きしていた男の、新しい一面に肝が冷える話

    ※元カノとか今カノとかいる

    #墓場
    cemetery

    拒絶「今日の晩飯は外で食べてくる。悪いが、適当に済ませてくれ」
    「はぁ……」
     大口で噛みついたサンドイッチの隙間から、焼きすぎた卵がぼろぼろこぼれ落ちた。手にかかってうんざりしつつ、欠片を一つずつ拾い上げて口に運んでいると「鬼太郎、いいか」とやたら念を押してくる。只今食事中なんですが、という尤もな文句は食べ物と一緒に飲み込んだ。
    「エエ、ハイご勝手に」
    「……一人にしてすまん」
     苛立ちの矛先は卵なのであって決して水木ではないが、割り入って訂正する気もない。黙って二口目を頬張った。
     鬼太郎はもうとっくに一から百まで面倒を見なくていい年頃だ。外で酒を飲んだり女の子と一夜を過ごしたり、気の向くまま生きても咎められない。だから、不在を伝えられずとも街へ繰り出して簡単に飯にあり付ける。養父を名乗る男がその伝達の無意味さに気づくのは、一体いつになるのか。恐らく、自分がこの家を出ない限り続くことだろう。

     黙々と食べ進めていたら、いつの間にか皿からサンドイッチが消えていた。一斤じゃ足りなくて台所に目を向けると、支柱に画鋲で留めた日めくりカレンダーが飛び込んでくる。
     十二月二十四日。
     なんてことない数字の羅列は、食欲に塗れていた鬼太郎の脳裏に、少し前まで付き合っていた女の子の言葉を思い起こさせる。『鬼太郎チャン。あたしね、クリスマスイーブはたァんとプレゼントが欲しいのよ。とびっきりのジュエリーがイイわね。』
     あの甘ったるい香水の残り香と華やかなアイシャドウの煌めき。

     足は洗面台に向かっていた。
     水木は真水で前髪を念入りに湿らせ、やけに丁寧に櫛を通している。戸棚の奥に仕舞い込んだまま埃を被るばかりのポマードは、封が切れていた。
    「アンタ、女がいるんですか」
     しゃがれた婆さんのような声が出た。
     頬を染め夢をみる女の子の幻が頭から離れない。それが、目の前のくたびれた壮年の男と重なってしまう気がして吐き気を催す。
     水木はいきなり飛び込んできた鬼太郎にびくりと肩を揺らすものの、特段気に留めることなく櫛を置いた。まっさらなポマードを少量、指先で揉み込んで温めている間、鏡越しにしっかり目が合う。
    「恥ずかしい限りだが、まだこれからさ。今日の行方で決まるだろうね。僕は、鬼太郎にもそろそろ新しい母親が必要だと思──
    「そんなの嘘に決まってる」
     腹の中で堪えきれない何かが、百足のように這いずり回っている。それは喉奥を震わせ声に変わり、水木の言葉を遮断した。壁材がみしりと軋み、指の隙間に白い滓が入り込む。それでも力を弱められない。
     間もなく、得体の知れない百足は次々と食道を通ってまた声になる。
    「騙されてンだよ、オジサン。ブランドバッグだかジュエリーだか……望みの物を渡せばすぐ逃げられる。じゃなきゃア、大して稼ぎもなくよれた洋服ばかりのしがない人間が、素敵な子に好かれるはずないでしょう。馬鹿じゃないのか」
     朝起きれば財布はすっからかんで、痕跡もなく消えるのだ。いつまでも拭いきれない香水と清潔な石鹸の匂いだけを残して。そうでなくては、あまりにもぼくが報われない!
    「冷静になってください。相変わらず腑抜けだな、浮かれちゃってサ」
     言葉を吐き出す分だけ頭が冷えてきた。無闇に取り乱すなんてらしくもない、と自分に言い聞かせる。
     これはぼくなりの憐れみと警鐘である。女の子との付き合い方を知らない可哀想な男に、少しばかりきつく教えてやっただけ。目を覚ました水木はむしろぼくに感謝し、女の子に奪われそうだったお金を謝礼として渡してくれるだろう。彼は簡単に操れるブリキの玩具と同義なのだ。

     水木はあらゆる動作を止めて、鬼太郎の発作を最後まできちんと聞いていた。それからゆっくりとポマードを掌に伸ばす。くちゅり……と水っ気の多い音が断続的に響いた。ちゅく。ちゅく。グチュ。
     催しそうだ、と鬼太郎は短絡的に思った。欲のままに水木の腕を掴む。
    「やめなさい。その気はない」
     振り払う力の強さに驚く。
     はっきりとした拒絶だった。一度も耳にしたことがない凛とした声と、振り返った水木の、感情を削ぎ落とした能面のような顔に目を奪われる。

    「君はたった一度抱いただけで、僕の全てを知ったかのように言うんだな」

     やけに世界がゆっくり動いている。瞬きひとつにも苦労するほど、静かな威圧が場を制して揺るがない。ピリ、と緊張の糸が鬼太郎の周囲を取り囲んで縫い付けられる。
     水木は鏡に向き直り、ポマードを隅々まで髪に塗り込んだ。「あの、」鬼太郎ははくはくと口を動かす。けれども続く言葉が見つからない。あんなに暴れ回っていた百足は、小さく丸まってびくともしない。「オジサン」水木は応えない。悲嘆も怒気も感じられない。ただ淡々と髪を整えて手を洗う。
    「ご……ごめ、」
     軌道修正のきかない生身の生き物に対して、鬼太郎が真っ当なひとつの結論に辿り着いたとき、ゴォォ……とドライヤーの轟音が遮った。何も言わせない。何も届かない。ぼくの知る水木は今ここにいない。
     これ以上は、何も教えちゃくれない。

     きっとぼくは知らないまま、またこの人への興味を失うのだろう。水木も今日を忘れたフリをして、関係性の停滞を選ぶ。
     明くる日には全部が元どおり。
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