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    ニウカ

    @nnnnii93

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    ニウカ

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    墓場鬼水
    子どものことで他人にとやかく言われたくない話
    自分を棚に上げておきながら

    #墓場
    cemetery

    面皮が厚い まるで内容を覚えちゃいない授業を終えた鬼太郎が急ぎ足で向かう先は、今日も愉快な地獄である。人間がのたまう風呂上がりの一杯なんてのと似たような高揚感は、胸を輝かせ足取りを軽くする。
     見慣れた道を駆け抜けながら両手で口を覆った。頬が裂けるほどニヤついてしまう。今日は亡者供とチンチロの約束を取り付けたのだ。早く極楽に行きたいアイツらは、ウマイ話をチラつかせると途端にやる気になる。せっかく手にした冥銭すら賭ける豪胆な亡者も現れ、まさに身命を賭して挑むようだ。対するこちらはオジサンの日銭とアリャア、負けても大損とは言えまい。ニヒヒ。
     意識を他所へ飛ばしていた鬼太郎が、ゴチンッ!と全身に大きな衝撃を受けたと気づいた時には、地面に薙ぎ倒されていた。遅れてやってくる痛みに顔を顰める。ぐらぐら揺れる視界の先に、ぐんにゃりへし曲がった自転車。やっちまったと泥塗れの衣服をパタパタ払っていると、突然首根っこを掴まれる。
    「このガキ! 急に飛び出しやがって!」
     顔を真っ赤にした大男は、唾を撒き散らして怒鳴った。腕っぷしの強さでは明らかに相手に利があると判断し、少し舌を出して身を縮める。
    「ヘェ旦那、スミマセン。この通りぼくの不注意でした。へへ……堪忍してくださいな」
     視線を地面に落とすと、男の足元にはまだ煙立つ吸い殻がある。片手で煙草を挟みフラフラ運転していたと安易に予想できるが、鬼太郎はこの場を早く諌めて終わらせたかった。遊び時間が減る方が恐ろしい。これって子どもっぽい考え方ですよネ。しかし目をひん剥いた男はあろうことか「大人に向かってなんてえらそうな物言いだ! 躾がなってねェッ!」と声を荒らげ、大きく右手を振りかぶる。
     アアぶたれる。
     イイや。それで気が済むなら安い。
     同時に二つの思考が掠ったものの、予測していた痛みはついにやってこなかった。ダボついたスーツの腕が男の右手を掴み離さないのだ。力が込められ筋立つ手の甲を見た鬼太郎は一瞬だけ怯むが、その持ち主の顔にはゲンナリしてしまう。
    「あ。いや、失礼……しました」
     水木はハッとして離す。男は呆気に取られて小刻みに震える右手を何度か摩り「なんだお前は」と悪態をつく。先程の威勢の良さはとうに消えていた。
    「ええと、あの」
    「通りすがりのなにがしってか? 正義漢なんざ今の時代流行らねェぞ」
    「いえ、水木と申します。この子の父親……代わりの者で」
     水木が鬼太郎の左目をちらりと見る。そこに本物の父親は不在だが、教えてやる義理もないので「ハイ。この人が扶養してます」と付け加えた。その言い様に不満な水木はため息だけでやり過ごし、そっと鬼太郎を自分の背に誘導した。どうやら自ら盾になるつもりらしい。
    「申し訳ありませんが、経緯を知らないのです。この子がご迷惑をお掛けしたのでしょうか?」
    「……ああ! そう、そうだよ! そこのボウズったら俺の自転車にぶつかってなァ。見ろよコレを。どうするつもりだ?」
    「そうでしたか。大変申し訳ありません。私からも強く言って聞かせます」
     潔く直角に腰を折り曲げる姿はとても様になっており、まるでオジサンの人生そのものだと思った。仮初の言葉を並べて窮地を凌いだつもりでも、本質まで見抜けていない。男が要求しているのは丁寧な謝罪ではなく、現物として誠意である。
    「よし分かった。だが、詫びの金は置いてきな。こっちは被害者なんだぜ」
     ほォらきたぞ。鬼太郎はいささか威勢を取り戻した男を見て忍び笑う。思った通り、ここぞとばかりに弁償費用を要求しやがる。なんたって自分が同じ立場なら絶対にそうしていた。あとはオジサンがどう出るかだが、と鬼太郎は頭の中で賽子を転がす。どちらの男に賭けても還元はないが、今夜に向けてちょっとした運試しである。丁か半。見知らぬ当たり屋か見知った養父か。丁に50円っと。
     折り曲げていた腰を元に戻した水木は少し黙り、やがて「話に水を差すようですが」と滑らかに切り出した。
    「胸ポケットの煙草が落ちかけていますよ」
    「え?」
     男が探るように胸に手を当てる。
    「……なんだよ。あるじゃねェか」
    「そちらに入っているということは、頻繁に吸われるんですね」
     背後から水木の表情は計り知れないが、吃りもせず淡々とした言葉の節々には冷え切った落ち着きがあった。ただひとつひとつの確認を、事務的に行なっているだけの。それを責められているわけではないと解釈した男は「そりゃ吸わなきゃやってらんねェよ」と正直にこぼす。水木は物怖じせず、自転車のそばに転がるシケモクを指差した。
    「これと貴方の銘柄が一致すれば、吸いながら運転していたとは言えませんか?」
     次いで水木は鬼太郎、と呼びかける。
    「ぶつかる寸前に見えただろう。この人は吸いながら自転車を漕いでいた。そう証言できるね」
    「……もちろん。ちゃアんと見て覚えてます」
    「あとは警察に任せましょう。私達は彼らの判断を仰ぎます」
    「か、勝手なマネするな! もういい。この件は不問にしてやるから関わらんでくれ!」
     水木の浮いたてのひらがしばらく彷徨い、ふいに鬼太郎の後頭部に届く。不自然なほど優しくゆったりと丸みにそって撫でながら「それに」と言葉を繋げる。ぴん、と背筋を伸ばした水木の背丈は男をゆうに越しており、静かに見下げる目元の窪みは暗い影を落としていた。
    「義息のシツケは父親の、僕の役目だ。部外者が手を上げないでくれるかい」


    「あれでは恐喝罪になっちゃうナァ」
     鬼太郎は駄菓子屋で買わせた5円ガムを噛みながら口を尖らせる。「悪かったな」と渋る水木は小銭の枚数を数え、肩を落としたままだ。
    「……そもそもおまえがよそ見をしなければ、絡まれることはなかったんだぞ」
    「ハイハイ」
    「大きな事故になってからでは遅い。気をつけなさい」
    「ハアイ」
    「まったく、聞きやしない」
     夕暮れ時。伸びた二つの影は珍しく並んで歩き家路へと向かっていた。もうあと数刻もすれば辺りは更けゆくだろう。水木は「夜は出かけるのか」といつものように問う。鬼太郎は道端の小石を蹴ってから「やめておきます」と返した。不本意ながら本日は大人しく、貧相なオジサンと家で待ち草臥れている父と一緒に虚しく食卓を囲うのが吉だと思う。
    「珍しい……どこか痛むのか。さっきので、」
    「まさか。痛むといったら医療費を?」
    「調子に乗るんじゃない」
    「ケチ」
    「じゃあなんだっていうんだ。家にいるなんて」
    「賭けに負けちまったンでね。地獄にはまた出直すだけですヨ」
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