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    美晴🌸

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    美晴🌸

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    政府所属の訳ありふたり

    #くりつる
    reduceTheNumberOfArrows

    プロローグ 鶴丸国永はアトリエを持っている。

     色鉛筆。クレヨン。水彩絵の具。
     画材は問わない。時たま、アトリエに籠もっては、一心不乱になにかを描いている。なにを描いているのかどうかは、大倶利伽羅にはわからない。なにせ、鶴丸の描く絵はいつだって真っ白なのだ。何度も何度も、手を動かし白を塗りつぶしていく。そうして、満足した絵を、金色の額縁にいれて飾るのだ。
     いつからそうなのか、ということも大倶利伽羅は知らなかった。ここは刀剣男士の保養所であり、かつては本丸所属ではあったものの事情があって引き取られてきた刀剣男士の仮初めの居場所だった。大倶利伽羅がこの施設にやってきたときには既に鶴丸はアトリエを持ち、作品を作っていた。
     額縁に入れたあとに鶴丸はもう絵には興味がないのか、アトリエの片隅に放っておく。時折職員が回収しているのを見た。特殊な筋で販売しているのだと聞く。これも慈善事業の一環であり、売れた絵は施設の運営資金に回されている。大倶利伽羅から見ればただ真っ白な絵にすぎないが、見る者が見れば、芸術性の高い作品なのかもしれない。刀剣男士が描く絵ということで付加価値が生まれているという線もあるが、いずれにせよ、大倶利伽羅には関係のない話である。
     大倶利伽羅は鶴丸の背中しか見たことがない。鶴丸はいつだって、目の前の作品しか見えていない。真っ白な絵を、ひたすら作り続けている。アトリエは開けっぱなしになっているから、生活エリアの導線の都合、ほぼ毎日大倶利伽羅はアトリエの前を通り掛かるが、鶴丸がこちらに気がついた気配は一度もなかった。大倶利伽羅も自分から話しかけることはせず、ただ、背中をちらりと一瞥するだけで終わっていた。
     鶴丸がアトリエにいない日は、出陣している日だ。本丸とは違うが、ここに所属する刀剣男士たちも監視のもと、出陣することがある。大抵、見習いの審神者がそばにいて、霊力を分け与えているのだ。そういう日、大倶利伽羅はなんとなくアトリエに入り、鶴丸の描き途中の絵を眺めている。未完成の白い絵は、完成してもやはり白い。鶴丸がなにを描こうとしているのか、大倶利伽羅には皆目見当もつかない。

    「おや、これは、お客様だな」

     ある日のことである。
     大倶利伽羅がいつものように住人が不在の中で絵を眺めていると、その住人が帰ってきた。頭からぼたぼたと血を流し、アトリエを汚していく。
    「絵、気になるのかい」
    「別に」
     ただ、眺めているだけだ。正直に答えると、そうか、と軽い返事が返ってきた。大倶利伽羅の言葉を意に介す様子はない。
    「手入れ部屋に行かなくていいのか」
     鶴丸はキャンバスの目の前の椅子に座り、息を吐く。
    「埋まっていたんだ。俺が一番、怪我が軽かった。暇だから、絵でも描こうと思って」
     ゆったりとした話し方は怪我のせいではなく気質によるものだろう。しかし困った、と眉を下げる。
    「これでは、キャンバスが汚れてしまうな」
    「止血くらいしろ」
    「不器用でな。さっき、なんとかしてみたけどほどけてしまって、もう面倒で止めた」
     困った、困った、と鶴丸が笑う。笑うそばから血が流れ落ちていくので、大倶利伽羅にとっては笑い事ではなかった。溜め息を吐き、持っていたハンカチで傷口とみられる部分を押さえる。確かに、重傷というほどではない。頭部に近ければ、血が多く流れるものだ。とはいえ、止血しない限り、いつまでも傷口から溢れ出してしまう。
    「きみは、出陣しないのかい」
    「事情があって、できない」
     ここ数年、大倶利伽羅は一度も出陣したことがない。できない。それこそ、大倶利伽羅がこの施設にやってくることになった理由である。戦いを望む大倶利伽羅の意思とは裏腹に、この肉体が、刀が、戦場に立つことを許さない。
     そうか、と鶴丸は深く問うことはなかった。彼は彼で、なにかしらの事情を抱えているのだ。
    「きみも、描いてみるかい」
     鶴丸の誘いに、大倶利伽羅は首を横に振った。鶴丸も、それ以上は続けなかった。
    「なにを描いている」
     ふたりでしばらく無言で白い絵を眺めつつ止血をしていたが、今度は大倶利伽羅の方から口を開いた。
     引き込まれるような白であったし、突き放すような白でもあった。何度も重ね、塗られる白は、なんと表現したらいいのかわからない。
    「なんだろうなあ」
     鶴丸は、ぼんやりと答える。
    「もしかしたら俺も、答えを知りたいのかもしれないな」
     鶴丸が絵に触れる。そうすると、絵にべったりと赤黒い血がついてしまい、あ、と小さく鶴丸が悲しげな声をあげた。馬鹿だなと思ってしまった大倶利伽羅の心を読んだのか、鶴丸が顔を上げ、むっとした顔をする。
    「きみのせいだぞ」
    「俺が悪いわけではない」
    「そういうところが、悪い」
     支離滅裂である。
     呆れる大倶利伽羅を余所に、鶴丸はふらりと椅子から立ち上がった。貧血なのか軽くたたらを踏むが、それでも倒れることなく大倶利伽羅に背を向ける。
    「そろそろ空いただろうから、手入れ部屋へ行ってくる。その絵は売り物にもならないだろうから、きみにやるよ。好きな絵でも描くといい」
     描いてみるかという誘いを断ったはずだが、鶴丸には関係のないようであった。大倶利伽羅がなにかを言う前に、さっさとアトリエを後にする。残されたのは、僅かに血のついたキャンバスと、大倶利伽羅だけだ。
     キャンバスに向き直る。
     困ってしまった、というのが素直なところである。キャンバスについてしまった血の赤は、何度白で上から塗りつぶしても見えてしまうのではないかというくらいには、べったりと白の世界を侵食している。時間が経てばさらに黒く変色してしまうだろう。
     アトリエの中を見渡した。鶴丸は白の画材ばかり使うので、周囲には当然、それらしか置かれていない。ほかの色などないのではないかと思っていたのだが、使っていないほかの色の絵の具はアトリエのすみに置かれた籠に乱雑に積み上がっていた。
     大倶利伽羅は赤色の絵の具を見つけると、試しに置かれた筆を使って血の赤を塗りつぶしてみた。しかしどうにもやはり隠しきれている気がしなかったので、ほかの絵の具も混ぜて血よりも黒く重く塗っていく。そうすると、到底白とは遠い、黒によってキャンバスが支配されてしまった。単一ではない、様々な色が混ざり合った黒を眺めながら、一体自分はなにをしているのだろうかと我ながら呆れてしまう。アトリエの中には独特の匂いが満ちていて、落ち着かない気分になってしまった。これほど長くアトリエの中にいるのは初めてだ。
     まだ乾いていない絵と、今まで鶴丸が描いてきた絵を見比べると、黒と白の差がはっきりとわかる。大倶利伽羅がなにかを誤魔化すように描いた絵と違い、鶴丸が描いた絵は、鶴丸はなにかを求めるように筆を走らせているのだとそのときようやくわかったような気がした。
     鶴丸が戻ってくる気配はまだない。この施設では極力手入れ札は使わないようになっているそうだ。この施設で一度も出陣できたことのない大倶利伽羅には、鶴丸がどのくらい強く、どのくらいの時間で怪我が治るのかわからなかった。しかし数時間以内に戻ってくるとは思えないため、大倶利伽羅はアトリエを後にした。絵はまだ乾いていないため、下手に動かすことができず、ひとまずイーゼルに放置することにする。
     手入れを終えた鶴丸は、大倶利伽羅の描いた絵を見てどう思うだろう。驚くかもしれないし、こんなものかと呆れるかもしれない。あるいは、なにも思わないで、自分の絵と同様に部屋の片隅に放っておくのかもしれない。
     そのどれでも大倶利伽羅は構わなかったが、また、鶴丸がいるときにアトリエに行ってみようかという気分になっていた。
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    silver02cat

    DONEくりつる6日間チャレンジ2日目だよ〜〜〜〜〜!!
    ポイピク小説対応したの知らんかった〜〜〜〜〜!!
    切望傍らに膝をついた大倶利伽羅の指先が、鶴丸の髪の一房に触れた。

    「…………つる、」

    ほんの少し甘さを滲ませながら、呼ばれる名前。
    はつり、と瞬きをひとつ。 

    「…………ん、」

    静かに頷いた鶴丸を見て、大倶利伽羅は満足そうに薄く笑うと、背を向けて行ってしまった。じんわりと耳の縁が熱を持って、それから、きゅう、と、膝の上に置いたままの両手を握り締める。ああ、それならば、明日の午前の当番は誰かに代わってもらわなくては、と。鶴丸も立ち上がって、その場を後にする。

    髪を一房。それから、つる、と呼ぶ一声。
    それが、大倶利伽羅からの誘いの合図だった。

    あんまりにも直接的に、抱きたい、などとのたまう男に、もう少し風情がある誘い方はないのか、と、照れ隠し半分に反抗したのが最初のきっかけだった気がする。その日の夜、布団の上で向き合った大倶利伽羅が、髪の一房をとって、そこに口付けて、つる、と、随分とまあ切ない声で呼ぶものだから、完敗したのだ。まだまだ青さの滲むところは多くとも、その吸収率には目を見張るものがある。少なくとも、鶴丸は大倶利伽羅に対して、そんな印象を抱いていた。いやまさか、恋愛ごとに関してまで、そうだとは思ってもみなかったのだけれど。かわいいかわいい年下の男は、その日はもう本当に好き勝手にさせてやったものだから、味を占めたらしく。それから彼が誘いをかけてくるときは、必ずその合図を。まるで、儀式でもあるかのようにするようになった。
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