転がって転がされる コロコロと、何かが床の上を転がる音がする。それは時折ゴロゴロと重みを増したかと思えば、また軽やかに転がる。
正体不明の音は易々と暁人の耳から侵入し、その微睡みを剥ぎ取っていく。瞼に光を感じると同時に音はさらに鮮明さを増した。
重たい瞼を押し上げ、始めに目にしたのは自身のスマートフォン。もはや習慣となっているため無意識のまま枕元に手を伸ばして画面を確認する。時刻は午前九時を少し回ったところで、普段の暁人のルーティンよりも一時間以上遅いが、休日なので問題はなかった。
ごろりと横向きになった視線の先では、寝室とリビングを区切る襖が半分ほど開いていて、奥で男が忙しなく行き来しているのが見えた。男の名はKKという。現在の暁人の同居人で、最も信頼する相棒でもあった。元刑事だが基本的にものぐさで生活能力が低く、汚れた食器やカップ麺のゴミを溜め込むような男だ。そんなKKが忙しそうに何をしているかと言うと……
「おう。起きたか。」
襖から顔を覗かせたKKが手にしているのは粘着クリーナー、通称コロコロ。掃除といえば掃除機をかける以外をほとんど知らなかったKKだが、過去を悔い、親子ほど歳の離れた若者に生活の一切を丸投げするわけにはいかないと、少しずつ片付けや掃除に手を着けるようになった。その中でKKの最近のお気に入りは柄の長いタイプの粘着クリーナーだ。大きなゴミは掃除機頼りになるものの、ものぐさなKKには手軽さが魅力らしい。先週出したばかりのカーペットの上を、ついでにフローリングまで上機嫌に往復させている。その音に起こされたのだが、鼻歌まで聞こえてきたのには思わず吹き出してしまったので、「掃除ありがと」と言うに留めておく。実際助かっているし、何より充足感を得ているKKを見ると暁人の胸は温かいもので満たされた。
「綺麗に見えて案外ゴミは落ちてるもんだな。」
しみじみと呟きながら斜めにカットされた粘着テープをくるくると剥がしている。表面に付着した髪の毛、綿埃、お菓子の食べかす、糸くず、縮れた毛……
最後は見なかったふりをして、襖を開け放ちリビングを見回した。
「一応、あとで掃除機もかけるね。」
「コロコロだけで十分だろ?」
「……KKは相棒よりコロコロを信頼してるんだ?」
粘着クリーナーを過信する中年を半目で見遣り、わざと呆れた声を出してやる。途端に焦りを見せる顔に溜飲を下げた暁人は、KKの横をすり抜けて洗面所へ向かった。
あとでキッチンマットにも粘着クリーナーをかけてもらおう。それから掃除機をかけて、そのあとはオジサンに労いのコーヒーでも淹れよう。そんなことを考えながら、蛇口を捻った。