11月3日のひとときいいおっさんの日
「ね、お兄ちゃん」
「なに?」
木枯らしが吹く季節、日が落ちる時間も日に日に早くなっている。KKの用事で3人で出掛けたはいいが、少し用があるから待ってろと言われて公園のベンチで待つこと10分。冷たくなった手をすり合わせて白い息を吐いた。
もうすっかり冬の装いになった麻里が、スマホの画面を見せてくる。身を寄せて画面を覗き込むと、『11月3日はいいおっさんの日!いいおっさんの条件とは!』なんて記事が書かれている。
「いいおっさんだって」
「いいおっさんかぁ」
二人して思い浮かべたのはここにいないKKのことだ。ふむ、と指先で下唇を撫でる。
おっさんはおっさんでも「良い」おっさんかと言われるとそうとも言い切れない。
初対面に首絞めて体を乗っ取ろうとする奴だ。
今は僕らに厳しくも優しい大人でいてくれているが、凛子さんたちに苦言を呈されている姿や、生活面でのだらしなさは「良いおっさん」というより「ダメおやじ」に見える。家事に関しては僕が支えてやればなんとかなるから良いとして。顔はイケオジと言えなくもないのだがもったいない男なのだ。
「後半惚気になってるよ」
「おっと…ごめん」
「お兄ちゃんがKKさんを好きなのは自明の理だし、いつもの事だから良いけどね。まぁでもKKさん洗濯溜めるし、掃除テキトーだし、」
「料理は気分が乗ったときにしか作らないし?」
「ごみの分別できてないし?」
「考え方が古いし?」
「戦い方教えてくれるけど感覚派だよね」
「生活で困ったこと相談乗ってくれるけど物理解決すること多いよな」
指折り数えて出てくる事と言えば、途中から苦情というより感想のようなもので。なんだかおかしくなって目を見合わせて笑い合う。
カツ、と革靴の足音が聞こえて顔を上げると呆れたような表情でこちらを見下ろすKKがため息を吐いた。
「随分と盛り上がってるみたいだな?」
「KK、用事終わったの?」
「KKさんおかえりなさい、寒かったですよー」
にこり、と笑ってさっきまでの会話を誤魔化す麻里に、KKがビニール袋からココアを取り出して手渡した。同じように手渡されたコーヒーは買ったばかりなのか持つ指がヒリつく程熱い。缶を握って温まった手を頬に当て、暖を取る。
「ありがとう」
「温かい…ありがとうございます」
「おう。…聞こえてたからな?感覚派で悪かったな、オマエらだってどっちかというと感覚派だろうが」
「「…えへ」」
ばつが悪くなって笑って見せると、KKが麻里と僕の顔をじっと顔を見比べて微笑み、頭を撫でてきた。麻里には優しいのに僕の髪はぐしゃぐしゃだ。手ぐしで髪を直しながらKKを見上げる。
「気にしたこと無かったが、オマエらってそう笑ってるとそっくりだな」
そろそろ行くぞ、と踵を返し公園を出て行こうとするKKを追いかける。
ココアを飲みきった麻里が空き缶をゴミ箱に捨て歩き出し、僕は未開封のコーヒーをポケットに突っ込み麻里に並ぶ。
「なぁ、麻里」
「うん」
いろいろ言いはしたが、KKが大人として僕らを守ってくれているのはわかってる。僕はそれにとても助けられているし、麻里だって安心して学生生活を送れている。こうして気を使ってくれるところだってそう。あの夜のことがあったって、言ってしまえば他所様の兄妹、ここまで面倒をみる義務なんて彼には無いのに。僕らを見守ってくれる優しい大人だ。
「『良いおっさん』だよね」
「ね」
そんな彼の優しさがたまに少し心配になるけれど。
つまり何が言いたいかというと、僕らは彼が大好きということだ。
「お兄ちゃん今夜泊まりでしょ?いいおっさんの日にかこつけてはめ外しすぎないようにね」
「うん…うん?麻里??」
「KKさんもいい歳だし、無茶して腰痛とかにならないようにねって伝えておいて」
「麻里!???」
「お兄ちゃん置いてくよー」
に、と目尻を下げた麻里が少し先を行くKKの背中に向かって走り出す。
気づかないうちにすべて筒抜けになっていることにめまいを起こしながらも、置いていかれないように二人のあとを追いかけた。