寒夜『外大陸の果ての国には、別れの後に詩を交わすらしい』
未だ外は闇。鎧戸を閉めたにも関わらず、嵌められた玻璃窓は霜がついていた。クリスタルと暖炉で部屋はそれでもほのかに暖かいとはいえたが、その暖かさは「私」が望むものではなかった。
厚手の夜着を私に着込ませて、最後に胸元の紐を結んでしまったテランスに、私はそんなことを言った。
『詩を? 別れ……の後に、ですか?』
言葉遣いも従者のそれに戻してしまった彼に、私は頷く。不審そうな表情が可愛らしくて、手に触れた。
『朝を共に迎えられぬ恋人同士が、そのときの感情なり想いなりを詩にして届けるのだとか。風流といえば、風流だな』
恩師との雑談の折だったろうか、「愛」について語らう機会があった。テランスの激白を聞いた後のことで、己の感情を持て余していた頃だったと思う。相談相手となるような人物は他に思い描けなかったから、私は恩師に彼への感情をひとしきり語った。語ってしまった。
順序立てて語ることもできなかった私の言葉を、恩師は時折頷きながら穏やかな笑顔で聞いてくださった。驚く様子もなかったから、もしかするととうに感づいていたのかもしれない。問い返されることも、否定されることもなかった。そうして語り尽くした後に、愚かにも「どうすればよいのでしょうか」と訊ねてしまった私に、恩師は少しばかり考え込む様子を見せた。
答は、と恩師は仰った。「ご自身の中に既に確固として存在していると思われますな。しかし、この先をどうしたいか、それは殿下の御心によります」と続け、笑んだ。
呆然としながらも、恩師に語ったことを私は心の内で反芻した。語り尽くした言葉の数々を組み合わせるまでもなく答は既に出ていて、迷う余地もないと思われた。恩師に礼を述べ、できうる限りの早足で宮を抜け、練兵場へと向かった。そうして、テランスを捕まえて、練兵場を出て、ひとけのない物陰で彼に口づけた。
……という一連の流れの後、「ほっほっほ」と笑いながら、恩師は何冊かの恋物語を「処方」してくださった。そのなかに別れの詩──「後朝の歌」の話もあったというわけだ。
『風流、ではありますが……。まさか、私に詩句を?』
『嫌か?』
意地の悪い笑みを浮かべてみせて私が問うと、テランスは『そのようなことは』と首を横に振ったが、表情は冴えなかった。
『本当は、朝まで共に在れたならと思う。だが、それはけして叶わない。……そのかわりに、どうだろう?』
『私は、あまり、その分野の才を持ち合わせておらず……』
『さっきまであれだけ、愛の言葉を囁いていたのに?』
『それはそれ、これはこれです。ああ、でも、もう……。……笑わないでくださいね?』
うまく言い負かすことができたらしい。念を押すように言った彼に、私は『内容にもよるが、大切にする』と返した。
後は常と同じ。私は寝台に戻り、クリスタルランプは消され、彼は部屋を後にした。
彼がどのような詩を贈ってくるのか楽しみに待ちながら、微睡んだ。
そんな夢を見た。
「……ディオン?」
掠れた声は眠そうで、それでもすぐに目を覚ましたテランスをディオンは見つめた。
「夢を、見た」
「ん? ……どんな?」
ほわほわとした笑みを浮かべ、テランスがディオンの頭を撫でる。腕枕は慣れてしまったのだろうか、といつもの疑問を思い浮かべながら、ディオンはテランスに向き直った。
「昔の……。覚えているか? 「後朝の歌」を」
突然の問いに、テランスの眉根が少し寄る。窓の掛布から差し込む冬朝の弱い陽光でもその様子は窺えた。
「覚えてるよ、勿論」
こつん、と額を合わせてテランスが笑う。「あの後、必死で考えたのに」と続けた彼に、ディオンは苦笑した。
結局、あのときは「後朝の歌」どころではなくなったのだった。急使がやって来て、ウォールードとの戦支度の命が下ったからだ。
「……どんな詩だった?」
ディオンが訊ねると、テランスは意味深に笑った。「教えない」と言う彼に、「何故?」とディオンはさらに問うた。
「今の僕の心境とは違うから。……朝を一緒に得られる幸せを享受できる今に、あの詩は無意味だ」
そして、とテランスは続ける。
「必死で考えたあの詩は、きっと君を困らせた」
目を細めるテランスに、ディオンは呆れ顔をつくった。腰に回されているもう片方の腕を退け、起き上がる。ならば、とテランスを見下ろし、ディオンは言った。
「今、この場で。つくってみせてくれ」
「えええ?」
頓狂な声を出しながらも予想はしていたのだろう、テランスが苦笑する。「困ったな」と言う彼に、「楽しみにしている」とディオンは頬に口づけを贈った。