行きつけのバーに行けばほぼ必ずと言っていい程に会うサニー・ブリスコーという男は、一言で表すなら「顔だけは最高」に尽きる。ぶっちゃけ昔の私だったら是が非でも自分の男にしていたと思うけど、若い頃散々遊び回って色んなトラブルに巻き込まれた結果、ある日突然何もかもに疲れてしまった今の私は全力で避けたい人物だった。
彼の周りにはいつも女の子が居て、それが知り合いだろうとナンパだろうと拒むこと無くまとわりつかせたままマスター自慢の料理を無心で食べている。初めてその光景を見た時は異性に興味が無いのだろうかと少し離れたカウンター席から横目に眺めていたが、食事を終えた途端隣にいた女の子の腰を抱いてキスをし始めた時は思わず「は?」と声が出てしまった。その声は幸いにしてズルいズルいと騒ぐ子達の声で向こうに届くことなくかき消されたようで、タイプも様々な女の子達に競うようにキスをされるがままに受け入れる彼の姿から視線を外し私は一切関わるまいと決めたのに。…なのに、何度かカウンター席で隣合いマスターを交え話すうち意気投合し、軽口を叩き合う程の仲になるとは思わなかった。なるつもりなんて、無かった。
「ねぇ、浮奇。今日の顔面いつもより気合い入ってない?しかもそれランジェリーショップの袋でしょ。…俺に会うため?ホテル行く?」
ヘアサロンに行き、目当てだった新作のコスメとランジェリーを購入し、充実したと言える休日の終わり。最後はマスターの料理と美味しいお酒で気分良く締めようと訪れたにも関わらず、真っ先に視界に入る隣の席の女の子を腕にまとわりつかせたサニーの相変わらずな姿に思わず眉根が寄って気分が下がってしまう。あれでいて昼間は品行方正な警察官だというのだから、この世の正義なんて信頼できたものじゃない。
一瞬店を変えるか検討するもここまで足を運んだのに私がわざわざ店を変えるのもどこか悔しくて、何食わぬ顔でいつもの席に座れば直ぐに気付いたサニーがわざわざ間の空席を詰めて来ていきなり放った言葉に思いっきり顔を歪め、睨み付けるように其方を見て此方に傾いた身体を思いっきり押し返す。
「馬鹿言わないで、酔ってるの?ていうか女の子と飲んでるなら絡んで来ないでよ」
「俺が酒飲まないの知ってるじゃん。向こうが勝手に隣で喋ってただけだし、連れじゃないから良くない?…なに、もしかして嫉妬してんの?」
「嫉妬とかありえないから。なんで私が?」
「でも浮奇俺の事好きじゃん」
「顔は好きだけど、サニーに惚れるとかはマジでない。こんなクズ男相手にしたら私の人生終わる」
押し返した身体の向こうから睨み付けている女の子の視線が痛い。私は何も悪くないのに…あ、アイメイク崩れてる。バーが薄暗いからって油断しすぎじゃない?こういう場こそ粗が見えやすいし、男を口説くなら顔を近付けること考えて完璧に整えなきゃ…なんて考えに意識を奪われてたら、その視界をサニーの顔が遮り、唇に柔らかいものが触れ直ぐに離れていった。何その不満そうな顔。
「俺と話してる時になんで他のこと考えてるの?」
「……信じらんない…何勝手にキスしてるの?お金取るよ?」
「んはは!お金払ってでも俺とキスしたいって子もいるのに!セックスした事もあるんだし、キスくらいでそんなキャンキャン言わないでよ」
「酔った勢いで1回寝ただけでしょ。ていうかそういう事を堂々と言うな」
敵意剥き出しの女の子から視線を外し、何を言っても何処吹く風といった体で全く悪びれた様子も無いサニーの方を見れば薄く形の良い唇に私のリップの色が移っている。一目惚れして購入した新作のカラーは私には誂えたように似合っていたけど、サニーの肌には映えていなくて。少しだけ着いた似合わない色がどこかまぬけに見えて笑ってしまいながら、怪訝そうな視線を向けてくるのを無視して手を伸ばし、人差し指を顎に掛け親指でそっと拭い取りながら指の腹に引っかかる感覚にそこを軽く押して手を引いた。
「そこ、ちょっと皮剥けてて引っかかる。リップクリーム塗った方がいいよ」
「……ねぇ、ほんとにホテル行かない?」
「はぁ?行くわけないじゃん。マスター、」
急な私からの接触にぽかんとした顔が可愛くて容易く溜飲が下がると、その顔の良さに感謝した方がいいよと告げ汚れた親指をサニーの手の甲で拭いながらオーダーを告げる。くすくすと可笑しそうに笑うマスターから「とうとう付き合い始めたの?」なんて訊かれたけど、こんなに拒否してるのが見えないわけ?