浮奇の隣を歩く時、ふとした時に「ああ…悔しい」と思うことがある。
二人で出掛ける時、浮奇は決まって俺の腕に触れる。それは歩き始めて直ぐのこともあれば、少し間を置くこともあって、いつだろうかと密かに頃合を見計らう。
マニキュアで彩られた指先がこちらの反応を窺うように触れてくると、何気無いフリをして腕を少し浮かせてやる。それを合図に猫のしっぽのようにするりとしなやかに絡みついてくる腕を甘受し、満足そうに服越しの俺の腕を撫でる浮奇を横目に確かめつつ、気付かれない程度の緩やかさで歩調をもう少しゆったりとしたものへと変えていく。そうすると僅かに地面を擦るような俺のスニーカーが奏でる足音にリズミカルなヒールの音が重なり、さらにそこに浮奇のハミングが乗り、心地好く俺の心を弾ませる音楽に変わる。
いつまでも聴いていたくなるような二人で奏でる音楽は、赤いライトによって止められてしまう。意味は無いと分かっていながら思わず不粋な信号機を睨むように見上げるも、そんな想いを知ってか知らずか優しく宥めるように寄り添う華奢な肢体と俺を呼ぶ甘い声にあっという間に意識が移り、どんな顔で名前を呼んでくれているのかとそちらを見ると思わぬ表情に眉根が寄るのを自覚した。
どうしてそんな、寂しそうな顔をしているの。…隣にいるのが、彼じゃないから?なんて問い詰めそうになる言葉を飲み込んで僅かに首を傾げどうかしたのかと問いを示せば、ふわふわと髪を揺らしなんでもないと誤魔化されてしまう。…浮奇の事を誰よりも理解している彼なら、今の浮奇の胸中を見透かせたんだろうか、なんて。
「浮奇」
囁くように名前を呼べば、大好きな瞳がこちらを向く。
「ねぇ、浮奇」
もう一度名前を呼べば、真似しないでよ、とくすくす笑う。
「真似じゃないよ。呼びたかったから、呼んだだけ」
名前を呼んで見つめるだけで、浮奇が考えている事が文字になって表れでもしたらいいのに、なんてくだらない事を願いながら、全てを隠して笑って見せる。それに返されるのは彼に向けるような力の抜けたふんわりとした柔らかく甘い笑顔じゃなくて、隙の無い「完璧で美しい笑み」であることに喉奥が締め付けられるような感覚が襲い、ぐぅ、と低く喉が鳴る。
こんなに大切に寄り添ったって、いつか浮奇は何の未練もなく、振り返る事すらなく彼の元へ行ってしまうのだろうと思うと、今すぐしなやかな身体を抱き上げ駆け出すことができないように捕らえ、行かないでと縋ってしまいたくなる。だけど、そんなどうしようも無く見苦しくて情けない姿は見せられないから、少しでも俺の匂いや体温を残そうとそっと身を寄せるのが精一杯だった。