ほぼ満席状態の店内。二人掛けのテーブルにルカと向かい合って座ってから、なんとも言えない無言の時間が過ぎていく。と言っても実際には大した時間は経っていないけど、黙り込んだまま相手が口火を切るのをただ待つ時間は何倍にも長く感じられる。だからと言って、いつもの快活とした姿とは異なり神妙な顔でテーブルを見つめるルカに「話って何?」なんて無遠慮に本題へ切り込むことなんて出来なくて、手持ち無沙汰にカップに口をつけブラックコーヒーをちびちびと啜るしか出来ず、日差しが降り注ぐ外をいい天気だなぁ…なんて現実逃避まがいに眺めていた。
「シュウに相談したいことがある」と改まって連絡がきた時は、一体何事かと身構えてしまった。まさかルカの身に何か深刻な問題でも起きているのかと心配になり即座に了承の返信を打てば、カフェでお茶でもしながら聞いて欲しいとの思いのほかゆったりとした回答に、勝手な杞憂だったのかと胸を撫で下ろしたのが数日前のこと。ただ実際に顔を合わせてみるとこんな風に一切読めない様子で、大きな問題でないことを願う最中、突然ルカが顔を上げ僕の方を見つめたかと思えば、また直ぐに視線を落とし何度か口をモゴモゴとさせてようやく口を開いた。
「…いくら考えても、どう言えばいいのかとか…その、正解が全然出ないんだ」
「…うん?」
主語のない言葉にルカの悩みの本質が見抜けず、思わず首を傾げてしまう。相変わらずテーブルに注がれる視線から読み取るなんてことが出来るはずもなく、続きを促せばぽつぽつと語るルカの言葉を一言一句聴き逃すまいと、カップをテーブルに置いて相槌を打つ。
「本当はちゃんと自分の言葉で言わなきゃって思ったんだけど、俺、今まで誰かにそんなこと言ったことないから…これでいいのかなってどんどんわからなくなっちゃって…」
「うん」
「変な感じになったりするのは嫌だし、失敗はしたくないんだ。でも、これであってる?なんて誰に聞いていいのかわからないし…ってぐるぐるしちゃってたんだけど、シュウなら正解を教えてくれるかなって」
「僕が正しい答えを持っているかは分からないけど、一緒に考えることは出来るんじゃないかな…で、ルカは誰になにを言いたいの?」
「…シュウとデートに行きたいんだけど、なんて誘えばいい?」
「……んん?」
「だから、シュウを、デートに、誘いたいんだってば!」
「……おー…けい?とりあえず、声抑えよっか?」
ルカの言葉に理解が追いつかず、思わずぽかんと口が開きっぱなしになってしまう。なにも分からないけど、とりあえず頷いておく。…どういうこと?
「…デートって、お出かけ、ってこと?」
「…?デートはデートだよ。なに言ってるの?」
「いや、僕のセリフ…うん、ごめん。整理しよっか」
怪訝そうに僅かに左目を眇めてこちらを見つめるルカに思わず額を押さえてしまうのも仕方がないと思う。ルカの突拍子もない発言には慣れてきたつもりだったけど、まだまだだったと一人反省しながら先ず何から話せばいいのかと頭の中を整理していく。
「えーっと……先ず、これは相談?なんだよね…?お誘いじゃなくて」
「うん。なんて誘えばいいのかって訊いたでしょ」
「んん…あの、僕を誘おうとしてくれてるなら、もう聞いちゃったし答えてもいいんじゃ…」
「違うよ、シュウ。俺はね、なんて誘えばシュウが頷いてくれるのか、その答えを訊いてるの」
先ほどまで焦げてしまうんじゃないかというほどに熱視線を送っていたテーブルに長い腕を乗せ、間合いを詰めるように身を乗り出すルカの顔は真剣そのものなのに、どこか悪戯めいた笑みが薄らと浮かんでいるように見えるのは僕の気の所為かな。
断る気なんて無かったけど、色んな意味でどきどきさせられて悔しいから、ちょっと意地悪をするくらい許されるよね?