Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    はもん

    @hamon_samon

    文字と🔞倉庫用

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 16

    はもん

    ☆quiet follow

    ・ロージーとアラスター
    ・アラスターのプライドについて

    #ルシアラ

    アラスター視点 2 人喰いタウンは今日も平和だ。
     目玉を片手に語り合う老人。解体ショーを楽しむ若人。腸を片手に駆け回る少年少女。実に長閑だ。
     ロージーの店は今日も繁盛している。店の外にまで列が続き、紳士淑女が雑談しながら自身の番を待っていた。
     彼らと挨拶を交わし、アラスターは店に入る。
     店内は変わらず盛況だった。あの抗戦でかなりの数の人食い族が帰らぬ形となったが、そんなことはなかったかのように賑わっている。
     カウンターで客の相手をしていたロージーが、アラスターの来店に気付いて破顔した。

    「アラスター!」

     カウンターから抜け出したロージーは、アラスターが手に持っている物に気付いて一瞬動きを止めた。が、すぐに何事もなかったかのように歓迎の挨拶をする。

    「久しぶりねぇ。チャーリーはどうしてる?」
    『色々ありましたが、今は落ち着いていますよ』
    「そう。強い子ね」

     ロージーはスタッフに後を任せて店を出た。アラスターの用向きをすぐに察したのだ。
     彼女に先導されながら、アラスターはカニバルタウンの奥へと向かう。

     向かった先は公園だった。様々な種類の薔薇が植えられているその場所は、園芸好きの人食い族が有志で管理している。中には品種改良され、ここでしか咲いていない花もあるそうだ。
     カニバルタウンの外にも薔薇が植えられた公園があり、そこはロージーが管理している。アラスターのお気に入りの場所の一つだ。
     公園内の一等静かな場所。そこにポツンと、小さな石碑があった。
     年季はあるが、手入れされている為汚れはない。表面には、「勇敢なる美食家ここに眠る」と刻まれている。人食い族の墓だ。
     墓前には既に様々な花が置かれていた。アラスターも持って来た花束を供える。そして胸に手を当て暫しの黙祷。ロージーはその様子を静かに見守る。
     数分後。徐に目を開けたアラスターは、いつもの調子でロージーへ振り返った。

    『そういえば、来る途中でお肉をたくさん手に入れたんですよ。残念ながら粗悪な肉ばかりですが、量だけはあるんです』
    「あら、それはいいわねぇ。私たちはいつでも腹ぺこだもの!」

     歓談しながら公園を後にする。二人して湿っぽいことは苦手だった。



     大量の食材が舞い込んだ人喰い街はお祭り状態だった。バーベキューコンロを幾つも引っ張り出してきたり、焚き火で大鍋を煮たりして、人食いたちは楽しそうだ。
     アラスターとロージーはタンシチューを味わいながら、笑顔溢れる光景を眺めていた。

    「それで、陛下はホテルに?」
    「ええ。勝手に部屋を作って、勝手に住み着いています。お陰で暫く忙しくなるでしょうね」

     来る途中に見た数々のプラカードを思い出す。スペルミスに気付かない程度の頭をした者たちだ。恐らくその内、ホテルに突撃してくるだろう。そして、その対処をするのはマネージャーたるアラスターだ。
     ホテルの再建までは良い。だが、ああも分かり易い部屋は作るべきではなかった。あれではルシファーの居場所が馬鹿でも分かる。

    (まぁ、ラジオブースは悪くありませんでしたが)

     嫌がらせが尽く空振りになった時のルシファーの顔を思い出す。あの時は傷の痛みが気にならなくなるくらい、堪らなく愉快だった。始終アラスターに振り回されていたルシファーの百面相っぷりは今思い出しても笑える。
     ご機嫌でシチューを平らげた親友の顔をまじまじと見つめて、ロージーは微笑んだ。

    「陛下と仲良くなったのねぇ」

     ギョッと目を剥くアラスター。訳が分からず首を傾げた。

    『ロージー? 何故そんなことを?』
    「だって陛下のことを話すあなた、ずっと楽しそうだもの。何かあったの?」

     おかわりを確認しに来た人食い族に断りを入れ、器を回収してもらう。入れ替わりに、はしゃぎ倒しの子どもたちがやって来た。
     きゃらきゃらと笑いながら、色とりどりの目玉を二人のテーブルに置いていく。おやつを分けてくれるようだ。
     アラスターはそれを一つ摘み上げ、重い口を開いた。

    『……友人になろうと言われました』
    「あら、素敵」
    『今朝』
    「あらあらあら」

     タイムリーな話題だったと、ロージーは僅かな興奮のまま目玉を一つ口に入れた。歯を立てるとぷちゅん、と弾ける食感が堪らない。

    「それで、あなたは何て?」
    『もちろん歓迎しましたよ。私を好いてくれるのは素直に嬉しいですから』

     誰だって悪意や嫌悪を向けられるより、好意や愛好を向けられた方が嬉しいものだ。数多の罪人から恐れられ、数多の恨みを買っているアラスターとて例外ではない。

    「その割には浮かない顔ね」

     親友に言い当てられ、アラスターは無言になった。
     先の言葉に嘘は無い。ルシファーが友好を望むのであれば、心から歓迎する。
     ──ルシファーの本心さえ知らなければ。

    『……万年も生きてきて、自分の心が分からないものですかね』

     アラスターは敢えて答えず、愚痴っぽく呟いた。言っておいて、それは自分にも言えることだと歯噛みする。
     ルシファーが自覚していない気持ちに気付いていながら、それにどう応えたらいいのか分からない。彼との関係をどういった形にしたいのか、彼にどう応えるべきなのか。何度考えても答えは出なかった。

    「そりゃあねぇ、誰だって足元は見え難いものよ」

     ロージーが朗らかに答える。鋭い牙を隠すことなく、だが淑女の仕草は忘れない笑い方。彼女のそういった所がアラスターは好きだった。

    「チャーリーだって、恋人と喧嘩した時に自分がどうして怒っているのか、よく分かっていなかったもの」
    『彼女はまだ若いでしょう』
    「あら、あなたよりは年上よ」

     よわい百と少しの若造は肩を竦めた。
     ヘルボーンであるチャーリーの実年齢と精神年齢は噛み合っていない。本人の性質もあるのだろうが、とっくに成人しているのに未だにティーンのような夢を見て、それを叶える為に奔走している。

    (父親譲りなのかもしれませんね)

     夢見がちなのは父親も同じだ。見た目もさることながら、あの二人はよく似ている。

    「生きた年数なんて関係ないわ。結局は、どれだけ自分と向き合ってこれたか、じゃないかしら」
    『なるほど、確かに』
    「特に色恋が絡むと、どうしたって目は曇るものよ」

     相槌を打っていたアラスターは動きを止める。彼女との関係は長いが、こういった話題が出るのは珍しい。

    「“恋は盲目”って言うじゃない」
    『シェイクスピアですね。私には分からない感覚です』

     何度も秋波を向けられてきたし、その手の相談も山ほど受けてきたが、アラスターには恋する感覚というのが分からない。分からないまま、歳と共に知識ばかりが豊富になった。

    生前以前、誰だったかとそういった話をした時に、相手ときたら“あなたは愛を知らないのね。可哀想に”と言ってきたんですよ』
    「ンまぁ! 失礼しちゃう! こんなに愛に溢れた人なのに」
    『あなたにそう言ってもらえて光栄です』

     憤慨するロージーに、仰々しい礼を返すアラスター。
     確か、仕事で付き合いのある男の娘だったか。相手は成人手前の少女だった。
     今思えば、あれはお見合いも兼ねていたのだろう。ラジオパーソナリティとして花開き始めたアラスターから色っぽい話が出てこないものだから、結婚相手を紹介するつもりだったと思われる。
     結局、逆上せ上がった発言の所為で彼女は早々に退席させられていたが。これがきっかけでニフティを育てようと思えたのだから、悪い思い出でもなかった。

    「それこそ“恋は盲目”よね。この世の愛が、恋によるものしかないと思ってるなんて。恋した相手を必ず愛する訳でもないのに」

     ロージーが最後の目玉を食べた後、話題は別のものへと切り替わった。親友との楽しいお喋りを堪能しながら、アラスターはルシファーのことを考える。
     “恋は盲目”。もしルシファーが自分の感情に気付いていないのが恋によるものなら、なんと滑稽だろうか。出かける前に見た捨て犬のような目を思い出し、笑いを噛み殺す。
     だが、恋故に自分の恋心に気付かないのであれば、もしかしたら自分の──そこまで考えて、アラスターは思考をやめた。自身の足元の影が不自然に揺れているのが見えたからだ。親友に気付かれないようにそれを踏み付ける。

    (黙ってろ)

     黒い友人の笑い声が聞こえる。それと混ざり合うように、鎖の音も聞こえた気がした。

    ***

     アラスターがホテルに帰還したのはアフタヌーンティーの時間帯だった。正面玄関に群がるメディアやら野次馬やらを問答無用で追い返し、真新しい扉を潜る。

    「何なのよコレ」

     数歩踏み出したところで、チャーリーの悲鳴じみた怒号がアラスターの耳を貫いた。
     広いラウンジの中、以前と同じくテレビとソファが置かれた場所で、暴れるチャーリーをヴァギーが後ろから抑え込んでいる。前からはルシファーが宥めているようだ。

    『何事ですか?』

     アラスターが声をかけると、三者が一斉に振り返った。その隙に拘束から抜け出したチャーリーがアラスターに飛び付く。その顔は怒っているが、今にも泣きそうでもあった。

    「アラスター! 傷は」
    『はい?』
    「傷! アダムに付けられたやつ! ああ、ごめんなさい。私、今まで知らなくて、さっきテレビに映ってて、それで知って……アラスター、アル、ごめんなさい……ッ!」
    『ああ、なるほど』

     とうとう泣き出したチャーリーを抱き締め、背を撫でて落ち着かせる。ヴァギーは嫌そうにしているが、口は出さない。ルシファーも……凄くしわくちゃな顔になっているし睨んでくるが、何も言ってはこない。
     ヴァギーが付けっぱなしのテレビを後ろ手に指さす。画面には、出かけた時に街で見かけたものと同じ映像が映っていた。アラスターがアダムに斬りつけられた時の映像だ。
     なんとなく流れが見えた。どうやらルシファーは、あの夜のことは話していないようだ。その気遣いに感謝すると共に苛立ちが募る。
     アラスターは滂沱するチャーリーの頬を包み込むように手を添え、優しく声をかけた。子犬の唸り声のようなものが聞こえたが無視する。

    『チャーリー。ディア? 落ち着いてください。私ならもう大丈夫ですよ。どこにも傷なんてありませんから』
    「で、でも……っ」
    『私を誰だと思っているんです。あんな傷、すぐに治りましたよ! ほら』

     両腕を広げてアピールする。物言いたげな視線を感じるが、これも無視した。
     チャーリーが何度もアラスターの胸や腹を触って確認している。正直あまりいい気分ではないが、彼女を落ち着かせる為に我慢した。
     ようやく納得したのか、チャーリーは涙目でアラスターから離れる。すかさずヴァギーが割り込んできてパートナーを回収した。お熱くてなによりだ。
     アラスターは魔法でハンカチを取り出して、チャーリーに差し出す。律儀にお礼を言って受け取った彼女の目は痛々しいほど赤くなっていた。

    『あんなうるさい箱なんか見るからですよ。ラジオを聞きなさい、ラジオを』
    「だって……あのニュース酷いのよ! アラスターの悪口ばっかり言って! あなたはホテルの為に戦って、大怪我までしたのに」
    『ええ、ええ。あなたはそれを分かっている。あの戦いに参加した者は皆、理解していることです。もちろんロージーも』

     チャーリーは何度も頷いた。

    『それで十分ですよ。外野は好きに言わせておきなさい。ろくに考える頭もない愚物共なんかに、あなたが煩わされる必要はありません』
    「でも……! だってアラスター、悔しくないの?」
    『まさか!』

     アラスターはカカッと笑った。

    『悔しくなんかありませんよ。ただ──屈辱ではありますがね』

     凶悪な笑顔の友人を見たチャーリーの涙が一瞬で引っ込む。アラスターは歯を剥き出しにして笑いながらテレビを睨んでいた。
     そうだ。プライドの高い彼が、この報道に対して何も感じていない訳がなかった。今にも魔術を駆使して局を破壊しに行きそうな様子に、先までの怒りを忘れたチャーリーは必死に友人を宥めようとする。

    「あー……アラスター? 暴力はちょっと……」
    『暴力だなんて、そんな魅力的・・・なことを言わないでください。さて、チャーリー。一つ尋ねましょう。私は一体誰ですか?』

     唐突な問いかけにチャーリーは目を白黒させた。

    「え? あ、アラスター……」
    『他には?』
    「このホテルのマネージャーで、私の大切な家族で……あー、あと、ラジオデーモン?」
    『ええ、そうです。報道には報道で。私がきちんと対応・・しますので、チャーリーはいつも通り、ユニークな企画でも考えていてください』

     アラスターはそう言って、チャーリーの頭を撫でた。完全に子ども扱いだ。だが、彼なりの励ましなのだろう。チャーリーは再度涙が込み上げてきたが、グッと堪えた。
     涙目だが、力強い眼差しで笑顔を見せる地獄のプリンセス。アラスターは満足気に微笑み、ビジネスパートナーの肩を叩いた。
     そして突然ルシファーに振り向いた。

    『ところでルーシィ』
    「へあっ」

     文字通り飛び上がったルシファー。話題が自分に移るとは全く予想していなかったのだろう。その頬は赤い。まだ愛称で呼ばれることに慣れないようだ。

    『ずっと気になっていたことがあるんですが』
    「な、何だ?」
    『あなたずっとホテルにいますけど、お仕事の方は大丈夫なんですか?』
    「へっ?」

     ルシファーは目を点にする。

    『アダムが死んで天国側も混乱しているでしょうが、とはいえ事実確認などはあるのでは? それ以外にも、王としての職務があるでしょう?』
    「あ、あー……それは……」

     目を泳がせるルシファー。アラスターの予想通り、娘大事さに仕事を放り出しているようだ。
     狼狽える様を見て、アラスターの胸の内で燻る苛立ちが和らいでいく。ざまぁみろ。

    「そうだったわ! パパ、いつも忙しいって言ってたものね。私ったらつい……」
    『仕方のないことです。色々・・ありましたから』
    「私たちのことは気にしないで、パパ。助けてくれるのはもちろん嬉しいけど、お仕事も大事だもの」
    「そ、そうだな……」

     地獄の王は娘と目を合わせられない。彷徨わせた視線の先で、ニヤリと笑う鹿の悪魔。途端にルシファーは眦を吊り上げたが、沸点を超える前にアラスターが追撃をかける。

    『街も大裂け目ができてしまいましたしねぇ。ホテルの周りも瓦礫だらけで……復興も兼ねて新しい事業でも始めたらいかがですか? 確か遊園地を運営されてましたよね? 私は劇場とかいいと思いますよ』
    「わっ。素敵! ねぇ、パパ?」
    「う、うん……」

     娘に言われてはルシファーも否やは出し難い。もにょもにょとよく分からないことを喋っているルシファーを後目に、アラスターは階上へ向かった。
     ホテルにはエレベーターが新設されていたが、考え事をする時は体を動かした方がいい。アラスターがラジオの構成を考えながら階段を上っていると、ルシファーが後ろから走り寄って来た。

    「……アル!」

     息を切らせて追いかけてくるルシファー。それを視界の端で捉えながらも、アラスターは足を止めない。

    『何か?』
    「こ、この後の予定は……?」
    『ラジオの放送があります。その後は各部屋の確認や、新しい設備を見る予定です。あなたとお茶する時間はありませんよ』
    「ぐぅ。そ、うか……」

     階段を上りきった所で、ようやくアラスターは足を止めた。同じく上りきったルシファーが、肩で息をしながら「飛べば良かった……」とぼやいている。

    「外……大丈夫だったのか……?」
    『はい?』
    「アレを、見た奴は……大勢いる、だろう? 絡まれなかったか……?」

     何を言い出すかと思えば。アラスターはニッコリと笑顔を作った。

    『もちろん絡まれましたよ。振れば頭がカラカラと音がしそうなのに。よほど私が天使に負けたことが自信になったようです』

     あれで奇襲でもかけてくるのなら可愛げがあるのだが、わざわざ目の前に出て来るとは。実力とプライドが見合っていないどころか頭も軽いのでは、彼らは一生負け犬のままだろう。
     今朝のチンピラを思い出していたアラスターは、何故かルシファーがまじまじとこちらを凝視していることに気付いた。

    『……何ですか?』
    「いや……意外だ。負けたことを口にするとは思わなかった。てっきり誤魔化したり、負けてないと言い張ったりするかと」

     アラスターはぐるりと目を回す。呆れて言葉も出てこなかった。この親子は揃いも揃って視野が狭い。
     ──否。人間・・への理解が足りない。
     ルシファーの林檎のような頬を片手で掴んで潰すアラスター。ぷきゅ、とゴム製の玩具のような音が鳴った。目を丸くする男に顔を近付けて、子どもに言い聞かせるように語りかける。

    『ルーシィ〜? いいですか? 私はね、この世で最も私を愛しています』
    「えっ」
    『私は己の美学に誇りを持ち、私が私であること・・・・・・・・に強いプライドを持っています』
    「お、おお……?」
    『その私が、敗北を認められないようなちっぽけ・・・・なプライドしか持っていないとでも?』

     アラスターは牙を剥き出しにして笑う。ただプライドが高いだけの愚物だと思われていたことへの怒りを込めて、悪魔らしく。
     しばらくして、息の飲んで固まっていたルシファーの顔がポポポッと赤くなった。訳が分からず今度はアラスターが固まる。

    「な……るほど……」

     真近にある蛇のような目が徐々に熱を帯びてきているのに気付いたアラスターは、影に溶けて男から離れた。

    『それでは私は放送の準備がありますので。あなたもお仕事頑張ってくださぁい。あ、ラジオは付けておくことをオススメしますよ』

     踵を返してルシファーに背を向けるアラスター。追ってくる気配はなかった。ただ、焼け尽くさんばかりの熱を持った視線を背中に感じる。
     アラスターは辟易して逃げるように、しかしいつも通りのペースを崩さず自室へ戻った。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    🙏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works