ふたりとも表情が真顔なんだよね 織田は芥川の頭をよく撫でる。
それがどういう感情か、まだ明確には理解できていない。ただ、黙って撫でられるようにしている。
初めて撫でられのは、探偵社の事務所だった。その日は出払う社員が多く、事務所に残っていたのは名探偵と織田と芥川の3人だった。部屋の温度がいつもより涼しく感じられる。かち、かちというボタンを弾くような音がやけに響いていた。名探偵が、小型端末でゲームをしている音だ。
机で珍しく書類を刻まずに睨めあっていた時に、不意に芥川の頭に掌が置かれた。気配には気づいていたが、何故か動けなかった。触れた手が、左右に揺れる。撫でられている。芥川は驚き、次いではっとしてその手を払った。織田は払われても表情を変えず、ただ首を傾げた。
「嫌か?」
「……嫌というわけでは」
不思議な心地だった。言語化ができない。
「そうか。じゃあ慣れてくれ」
それは側から聞いたらひどく勝手な言い分だ。けれども、芥川は逡巡した後に頷いた。織田の表情は一見いつもと変わらない。しかし目の奥に柔らかな光が宿っているのがわかった。それに誘導されたのだ。
「俺は、お前のことをかわいいと思っているらしい」
「……」
かわいい。漢字で書くと可愛い。無垢な子供へ向ける感情や、大事にしたいとか、深い情を感じる等の意味がある一方、不憫や気の毒の意もある。
なるほど、自分に向けたのは後者か。
芥川はそう理解した。確かに世の大多数と比較をしたら、平穏な日常ではなかったであろう。
それでも今は、
「僕は、不幸なだけではない。それは貴方のおかげでもある」
そう、決して光がささない場所だけを歩いてきたわけではない。暗闇の合間に、感じるようになった。
過去のことも含めて受け入れることができているのは、探偵社のおかげだ。
「急にどうした」
「織田先輩が言い出したのだろう」
「俺が?」
「ねえ、君たち。それ、わざとじゃないからこそタチが悪いね」
横から乱歩の言葉が飛んできた。ゲームをする手を止めて、織田と芥川へ呆れたような視線を向けている。
不意に乱歩が立ち上がり、机の上に重ねられていた書類を1枚掬い取った。
「これ以上は黙って見てらんない。だから、僕は褒められに社長のところいくことにした。織田にやめさせるより、君が慣れる方が確実性が高い。それに、君ならちゃんとわかるよ。まあでも、最終的には好きにしたらいいけどね」
ひらひらと書類を振りながら、名探偵は部屋を後にした。
名探偵が言うからには、その通りになるのであろう。
もう一度近いてきた芥川より大きな手のひらを、今度は払わずに受け入れた。
それから、芥川は織田に大人しく撫でられるようになった。織田が撫でてくるタイミングに、まだ法則性は見出せていない。
もう少し、あと何回か撫でられれば何かが掴める気がする。そう思うのだが、撫でられている最中は何も考えられなくなる。じわりと感じる織田の体温に思考を奪われてしまう。
だから、今日も大人しく撫でられるのだ。
いずれわかるはずの「何か」を待ちながら。
「社長、あの二人本当にもどかしいんだけど。まあ、僕の推理では先に自覚するのはーーー」