次回をお楽しみに。「その、一般論として聞きたいんだが」
「うん?」
「どうしたの、カガリさん」
カガリ・ユラ・アスハには同年代の友人というものが少なかった。幼少の頃は特にそうだ。大人ばかりの環境の中で育ったのでどうしても疎い部分というものがある。それをフォローしてくれていた3人組の娘達は彼女にとって本当に貴重で大切な友人だった。人選は間違っていない筈だ、性に疎い彼女の現在の相談相手はマリュー・ラミアスとムウ・ラ・フラガである。
「…性交渉無しで付き合うとかは、変なんだろうか」
「お嬢ちゃん。そんなことができる男はこの世に存在しない。そしてそういうのを隠すのが男のマナーだ」
カガリは食い気味にきっぱりはっきり迷いなく断言された。代表呼びがお嬢ちゃんになるくらいには世間知らずだなあ、そこらへん、みたいな雰囲気を感じた。男のマナーをバラすくらいには相談に答えられてはいるのだろうが。
「いや、よっっっっっぽど惚れてるか変態か…「ムウ、ちょっと黙ってて」
「いやいやマジで。無理だってほんと」
「当人達の問題でしょそういうのは!」
耳を引っ張りながら説教をするマリューをよそにカガリは返答に対する自分の対応を考えていた。
***
単純に、そもそも結婚後にするものだと思っていた。世間一般との齟齬があるのを知ったのは、自分の事を考える余裕ができてきたからだろうか。カガリはアスランと恋人同士になってからというものの、どうすればいいんだ、と衝撃を受ける事が結構ある。そもそも初手からそうだった。意を汲むことができないわけではない。言葉以外で伝わる相手の手の熱さや目が潤んでいるような懊悩を感じれば触れたいと思う。温もりを感じる時幸せなのは知っているのだ。相手を喜ばせたいという気持ちもある。そう思って目を閉じている。口付けが落ちてぼんやりと合ってたと思う。…いや実際その時はそんなことを考える余裕はないが。あの綺麗な緑色が揺らいでいることに気付くとどうしようと思うのだ。何かしてやりたい。が。如何せん彼女には具体策が浮かばない。こういうのって、どこまで周りに聞いていいのかもわからない。本人に聞くべきことのような気もする。
カガリの悩む思考を遮るように執務室の扉がコンコンと叩かれた。
「どうぞ」
「失礼します、代表。先程のユーラシア連邦の件ですが、内部抗争が起きる可能性があるそうです。先程――」
「ああ、それは連絡が入っている」
タイムリーに現れたのは悩む彼女の恋人、アスラン・ザラであるが、今は信頼できる部下の顔だ。
「…ザラ一佐、私は今一区切りついたところでな」
「はい」
「私的な話がしたいんだが」
「ああ。…どうした?」
「いや、簡潔に言いたいんだが言葉が出てこないな…その…」
ゲンドウポーズでカガリは少し項垂れた。きっかけとか雰囲気とかもあるだろうか。でもわたしもこいつもそういうの苦手だしな。また会えなくなるし、伝えた方がいいのは解る。簡潔に。でもなんて?思いながら代表は勢いに任せた。いやほんとになんて言ったらいいんだ??どう言っても自惚れが過ぎるだろう!
「む、胸さわるか?」
ドッ、ガン、ゴッ。その時、彼には激しい懊悩が嵐のように吹き荒れた。
「???」
アスラン・ザラの視界に映ったのはいきなり天井である。世界が気付かぬ内に変わっていた。異世界かここは。
「うわっ、だ、大丈夫かよおまえっ」
仰向けで床上に転がったアスランに駆け寄るカガリは本気で心配した。アスランが急にぶっ倒れた。なんだ?敵襲?いや過労?過労なのか??ちゃんと休んでるのかこいつは?
「本気か?」
「え?」
「…本気か?」
カガリは何故だか2回確認される。起き上がりながら手首を掴まれる。獲物を捕らえるような謎の反応だ。初めて見るかもしれない。狼狽える。
「ぬ、脱がさないなら、べつに…大丈夫だと…」
「それはどこまで」
大丈夫ってなんだ大丈夫って。姫君の性教育基準はよくわからない。と思いつつ確認してるアスランは自分の発する言葉と思考の速度が合っていない。思考と反射の矛盾である。
「し、下着のうえ…?」
なにを甘ったるいことを言っているんだお前はと戦慄く欲望と何よりもきみを幸せにしたいと望んだ決意が大戦争を起こしている。思考は放棄、口づけて逸らした。悪化している気もする。
「アス、 、 」
声と吐息を塞ぎながら、なんでこんなにかわいいんだろう、と高みで見物している意識もある。それがわかっているから自分はまだ正気である。言語化しつつアスランの指先は素早くカガリのシャツのボタンを外し、白いスカーフを緩めていた。指先の器用な男である。頭の中は不器用だが。人差し指が線を引くように下ると首元が開かれ、その身体を一度アスランは眺めた。体の真ん中を顎先から辿ってやりたい。頬を擦り寄せるように抱える。動物のマーキングのようだった。柔らかで温かな肢体。
「っ」
喉を下り鎖骨を舐める。ああ、舐めるのは駄目なんだったか、と思考の隅で確認している。だから律してはいる。体温に目の前がくらくらとした。
「――キスは?」
「っ う 、、ん」
「キスは、いい?」
くすぐったいのか、震えた言葉にならない声を勝手に肯定だと取った。きれいな肌だな、と思ったので唇で辿る。普通だと思う。ぼんやりとしているが思考をしてるので余裕はある。感情のまま動いて失敗した記憶もあるので活かすべきとも知っている。が、胸に顔を埋めれば柔らかさと滑らかさに一瞬意識が飛んだ。タイムラグを感じた。一瞬自分は死んだかもしれなかった。――何をしてよくて何がダメなんだったか。このこはぜんぶ俺のものじゃなかったか?
「ア、スラン、まて、」
その声で正気になってたら自分は優秀な犬であった。いや一瞬は正気になった。実際は正気になった時の惨状を見て正気になった。震えながら腕で赤い顔を隠すカガリと胸に触れて盛り上がる自分の掌。下着が無理に侵入された掌を締め付け白い肌に赤い横線を作っている。確かに脱がしてはいない。いないが。襲っている場面のようである。抵触はしているかもしれない。
アスランは根性で目を閉じ頭の中で一気に素数を数えた。手を離す。
「…ごめん。言い訳はしない。………痛いか?」
「い、痛くない。大丈夫だ」
「………」
カガリの腹の上で頭を預けるアスランから獣のような盛大な溜息が一度吐かれた。手は離しても頭が離れがたい。なんてことしてるんだ俺は、という気持ちと、したいからしたんだよ!!という気持ちが綯い交ぜである。カガリは蹲る男の頭を抱き込んだ。
「…待てば、ぜんぶお前のものになるから」
「………うん」
特大の攻撃呪文が唱えられた。奥歯を噛みしめて体の真ん中に口づけ、予約を入れる。互いに抱きしめ合って落ち着くまで心音を共有した。