肉食ってるだけのあかくろ きれいなドーム型を描いたひとかたまりにスプーンを入れる。口に入れると濃厚なミルクの甘さがふわっと広がった。冷たい感触が、よく暖房の効いた飲食店ではかえってちょうどいい。
「おいしいです」
「それはよかった」
黒いニットに白いシャツを合わせた赤司くんは、首に白い紙エプロンを結んでにこにこと笑っている。赤司くんと紙エプロン、ミスマッチな姿はとてもかわいい。そんなかわいい赤司くんを見ながら食べる美味しいバニラアイスは格別だ。嬉しさと幸せに浸りながらもう一口とスプーンを入れたら、「でもね」と赤司くんが口を開く。
「焼肉屋に来て肉を食べないなんて聞いたことないんだけど」
「赤司くんが食べてるので大丈夫です。ここはデザートにも力を入れてるんですよ」
「黒子も食べなさい」
「うぐ…ボクにはアイスが…」
「黒子」
「ハイ」
赤司くんの焼いてくれたお肉が、小皿の上に並べられる。脂の浮かぶカルビは正直重い。けれど、ここのデザートメニューが食べてみたくて、赤司くんをほとんど無理やりこのお店に連れてきてしまったのだ。高級焼肉店ならともかく、学生たちが集うような大衆のチェーン店は彼にはあまりにも不釣り合いである。もくもく立ちこめる煙のせいで、赤司くんの高そうなニットもコートも、フローラルないい香りからあっという間に焼肉屋のにおいに様変わりだ。
食べかけのバニラアイスをひとまず横に、タレをつけて肉を食べる。やわらかいカルビは噛むたびに脂が弾けて、濃いめのタレの味で白米が欲しくなった。けれどそんなにたくさんは食べられないので、烏龍茶で喉の渇きを潤す。もちろんお肉も美味しいけれど、ボクはやっぱりアイスのほうが好きだ。
「お肉も美味しいですが、アイスが溶けるので先にアイスをいただきます」
「まったく、仕方のないやつだね」
呆れたように笑いながらも、赤司くんはなんだかご機嫌だ。実は赤司くんも焼肉食べたかったのだろうか…。少し溶けかかったバニラアイスをちびちびと食べながら、紙エプロンをつけて焼き網にお肉を並べる赤司くんを観察する。
その時、はっと気づいた。
赤司くんはこういうお店に来たことがないんだ。もし焼肉屋に行ったとしても、それはお店の人が焼いてくれる高級店に違いない。だから、こんな安いぺらぺらのお肉を、自分で焼くことがもの珍しくて楽しいんだ!気付いてしまったら、ただでさえ紙エプロン姿のかわいい赤司くんが、もっともっと可愛らしく見えてくる。
網の上にはうすいピンク色したタンが並べられていて、ぷつぷつと溢れ出た肉汁が滴ってこぼれ落ちてゆく。それを赤司くんはトングで華麗にひっくり返した。網目状にきれいに焼き目がついている。おいしそうに熟したお肉の姿が、つややかに火照ってきらきら光っていた。
焼けたお肉を小皿に移し、赤司くんはそれをお箸で掴み取ってタレに付けた。脂に濡れたぷるぷるの唇を開き、上品なお口を大きく開けてかぷっと一口で口に入れる。唇の端についたタレをぺろりと舌で舐めながら、もぐもぐと味わうように咀嚼して、それからゴクリと喉仏が動いた。その勢いのまま、ぱくぱくと白米をかき込んでゆく。一連の動作が、何やらなぜか妙に色っぽい。
開けた半個室のテーブルの上で、じゅくじゅく、じゅうじゅうと音がして、煙がもくもく立って換気口に吸い込まれてゆく。お肉が網の上でくたっと横たわりじんわりとろけてゆく姿を、赤司くんは楽しそうな、それにしてはなんだか艶っぽい目で見つめていた。
ボクはそんな赤司くんをついうっとりと眺めてしまう。またひとつ、ぽってり美味しそうに焼き上がったタン塩を、お箸で持ち上げ大口を開けて赤司くんが食らいつく。がつがつと食べる姿に、自分でも意味がわからないくらいドキドキした。
赤司くんの形のいい上品な唇が、てかてかに光ってとろとろに濡れている。まるで、少し前の夜のことみたいだ。あの時は、その唇に挟まれて唾液でぐちゃぐちゃにされてしまった。ちらちらと見える赤くやわらかい舌で、触れられて、喰まれて、びっくりするところを舐められて。白い歯を見せて噛みつかれた。痛いのに、気持ちよくて、ボクの皮膚にも、赤司くんの歯形が残って……。
「黒子?」
はっ。いけない。意識が変な方向へいってしまっていた。
赤司くんはだいぶ怪訝そうな顔をしている。いつのまにか、彼の大盛り白米の茶碗は空っぽだった。
「あ、ハイ…なんでしょう」
「アイス溶けてるけど」
「え?本当だ…」
「追加で頼む?」
「じゃあ、ひとつだけ…」
そう言うと、彼は手慣れた様子でピッとタブレットで注文する。履歴を見れば、またカルビとロース、タンと白米大盛りを追加で注文していた。どうやらぺらぺらの安いお肉でも、彼のお口に合ったらしい。
「…何考えてたの?」
「え」
「いやらしい顔してるけど」
「なっ…!してません!」
「そうかな」
やがてすぐに店員さんがやってきて、お肉と烏龍茶二杯、バニラアイスをテーブルに置いた。赤司くんはまた、楽しそうにお肉を焼き始める。
しゃく、とスプーンでアイスを掬った。一度火照ってしまった顔は熱くて、なかなか冷めてくれない。脂っぽい唇のまま、赤司くんはくすくすと笑っていた。