セラータとアルバ追憶
真っ暗闇の中、彼はガタガタと震えていた。膝を寄せて小さくなって息を殺し、戸板一枚向こうで繰り広げられる蛮行を、ただ終わるのを待っていた。喋るな見つかるなと口に押し込められた父のハンカチを噛みしめながら、涙がこぼれるのを止められない。
生臭くて吐き気が出そうなむせ返る血の匂いが隠れている彼にも分かった。
さっき父の悲鳴が聞こえてきた気がする。
母はどこに隠れたのだろう。
どうして、自分は……人間は蹂躙されなければならない?
ごぼ、と咳き込む音とともに水の中に何かが落ちた音がした。
「派手に食らって……。どうすんだこの惨状」
「良いだろう別に。どうせ犯人なんて分かるわけ無い」
声は軽い調子で、わずかに聞いたことの無い訛りの響きがあった。
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