(千秋は路地裏で重傷を負って倒れている鉄虎を見つける。名前も知らない男は今にも息絶えそうで、千秋は鉄虎を大急ぎで屋敷に連れて帰り手当てをさせた。)


「ここが……天国ッスか？」
「よかった……！　目が覚めたんだな！」
　医者は目を覚ますかは今日が峠だと言っていたが、無事その瞳が開かれたことに安堵の息を吐く。まだ少し夢心地なのか、少年はあちこちに視線をさ迷わせる。やがて琥珀を思わせる瞳が静かにこちらを向いた。
「あんたは……それよりここは……」
「おっと、まだ動くんじゃないぞ。傷は全然塞がってないからな。……俺は守沢千秋。ちなみにここは天国じゃなくて俺の屋敷だ」
　正しくは俺の家系のものと言うべきだろうが。少年は２、３度瞬くと、ようやく状況を理解し始めたようだった。

きっとまた逢えるから 息子リュカとの別れの日、フレイアはゆっくりと彼に服を着せた。最愛の息子に触れられる時間が、ほんの少しでも長くあってほしかったのだ。今この手で触れているすべてのものが、数分後には遠く離れていってしまう。もう二度と会うことも叶わないかもしれない。そう思うと、心は引き裂かれんばかりに苦しく、気を抜けば涙で視界が覆われてしまうことはわかっていた。
リュカの細く小さな手を袖に通す時も、上着のくるみボタンを留める時も、今この瞬間を忘れぬよう、ひとつひとつ丁寧に扱った。まるで壊れやすい大切な宝物に触れるかのように、彼女は指先に神経を集中させる。リュカは同年代の子供よりも華奢で小柄であった。この環境下では彼に十分な栄養を与えられなかったのだ。もう5歳になるのに身長も100cmにも満たなかった。フレイアはそれを憂いていた。

・宮廷魔導師
…城に仕える資格を持つ特別な魔術師のこと。基本的には１年の見習い期間を経て正式な魔導師となる。

・魔術機関『アストレイア』
…連合国によって設置されている魔術機関。様々な魔術の研究及び、禁術の封印などを行っている。

・守沢千秋
…守沢家の子息。鉄虎とは幼馴染で、病弱だった頃は彼に元気をもらっていた。その頃から鉄虎に惚れているが、表には出してない。アストレイアに所属するのは守沢家の仕来りでもある。

・南雲鉄虎
…両親がアストレイアに所属しており、その好で幼少の頃から守沢家の屋敷に住んでいた少年。元々千秋の従者になる予定だったが、才能を見込まれて宮廷魔導師になった。自身をアストレイアに引き抜いてほしいという思いを察してくれない(と思っている)千秋にやきもきする日々を送っている。