Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    呂布

    amei_ns

    DOODLE子猫にじゃれつかれるトールを見てる呂布の雷飛「助けてくれ」
     トールが助けを求めるなど、どんな天変地異があってもないことだと思っていた。けれど、それは有り得たらしい。トールからの連絡があり駆けつけた呂布は、その光景を目の当たりにし、驚愕で目を見開いた。
    「お前、なにをしているんだ……?」
     トールは子猫に群がられていた。数は、五匹くらいだろうか。ぴゃう、ぴゃう、などと鳴きながら、小さすぎて恐れというものをまだ知らないのだろう。トールの足元をよじ登っていたり、その足元でころころと転がっていたりと、それぞれに違う反応はしていたもののどれもがトールの傍にいるという点では一致していた。
    「見て分かるだろう」
    「いや、見て分からん。どうした?」
     使用人が邸の傍に捨てられていた箱を持ってきたら入っていた、というのである。
    「私を恐れない生き物など初めてだ……」
     はぁ、と溜め息をつくトールの揺れる髪の毛にちょいちょいと手を出している子猫もいた。
    「お前のことだから捻り潰していても不思議ではなかったが」
    「こんなもの、殺したとてどうなる」
     呂布が近付き、一匹をひょいと拾い上げる。シャーとも言わない、警戒心というものすらまだないのではあるま 1199

    amei_ns

    DOODLE呂布を愛してるトールと満更でもない呂布の雷飛 トールの手は、狂戦士の手だ。破壊者の手だ。誰かを助けるためではなく、壊すために存在する手だ。行く道を阻むものがいるなら、敵対するものがいるなら、すべて打ち壊してきた手だ。
     その手が、鉄の手套を外した、素のままの手が、平常時のミョルニルですら握り壊してしまうほどの手が、優しく呂布の頬に触れる。愛おしいといわんばかりの所作で。それを呂布は受け入れている。その暴力を冠するような手がそんな風に触れてくることがさも当然であるかのように、受け入れていた。
    「お前は本当に我が好きだな」
     溜め息混じりに呂布は言う。心底呆れているかのような声色であったが、顔は緩んでいたため、それが照れ隠しであることが伺えた。
    「ああ、そうだ」
     トールは答える。
     そう、なのだ。トールは、呂布が、ラグナロクを戦い一度は消滅したはずの呂布が、再び今世に戻ってきたことを喜び、そして愛した。神が人を愛することは、人間の物語にはあれど、実際はそうないことであった。しかし、トールは自らに傷を付け本気を出させた呂布を、人のそれとは形が違うかも知れないが、愛したのであった。呂布もそれに応えるようにトールを愛するようになった。二 1144

    amei_ns

    DOODLE孤独なトールと癒す呂布の雷飛 トールはずっと、ずっと、ずっとずっと、孤独だった。神の中にいても、みんながみんな、トールより弱く、並び立てるものなどいなかった。どんな敵も、怪物も、トールに傷一つすらつけることができなかった。呂布だけだ。呂布だけが、トールに傷を付け、自分が傷付いてもなお立ち上がり、武器を失い、腕を失い、もうだめだとわかっていてでさえ、向かってきた。
     ――だからトールは好敵手と、友と、呼んだ。神と人間。種族が、生まれた地が、過ごした歳月が、すべてが、違っていたとしても、そのようである、と思ったからだ。
     その友がなんの因果か蘇った。それは絶対にありえないものだと思っていた。しかし、舞い込んできた情報は真実であると物語っていて、トールは初めて歓喜という感情を覚えた。ラグナロク以降ぽかりと空いていた穴がようやく埋まる心地さえした。すぐにでも駆けつけて、呂布の様子を確認したかった。初めての友として、出迎えてやりたかった。けれど、トールの上級神としての立場が邪魔をした。落胆するトールだったが、まあ生きてくれてさえいればいつかは会うことができるだろう、と楽観視していた。そのトールの楽観に影を落としたのは、敗者 1759

    amei_ns

    DOODLE呂布が一日使用人体験をする雷飛 トールの邸にある壺を割った。呂布の完全な不注意だった。
     それを申し訳なく思った呂布はなにか償いがしたいと申し出た。別になにもしなくていい、かまわない、というトールにしつこく言えばならば、とトールは呂布に無理難題を提案してきた。
     ……そもそもトールの邸にあるものと言ったら神代のうちからある年代も年代物であり、人間である呂布に償いきれるものではないのである。形あるものはいつか壊れるのだからどうでもいいというトールだったからこそ不問にできたはずなのだ。その気遣いがわからなかった呂布だったが、トールに提案された難題を飲んだ。普段より自らに不可能という文字はないと豪語する呂布なのだから、それを失念していたトールが悪かった。
     こうして、女物の使用人の服――ようするにメイド服だ――を着た呂布が誕生した。
     サイズがギリギリだったせいで胸や腰、腕周りなどはぱつぱつだったが、呂布の身長はそれほど高くないため、スカートの丈は充分にあった。まるで似合ってない。すごい。陳宮が見たら「お労しや、殿!!」と泣き出すだろう。そして殿が着るのであれば自分もと言い出すだろう。やばすぎる光景になるはずだ。いっそ恐 1412

    amei_ns

    DOODLEキスが好きなトールとキスをされる呂布の雷飛 トールはくちづけをするのが好きらしい、と呂布は気がついた。むやみやたらと呂布の体に唇を落としたがるし、その唇が触れるときには自然と口角が上がっている。そのくせ、痕という痕はつけてこない。まあ、呂布の普段の格好が格好だからかもしれないが。それが気遣いであるとするなら、素直に受け取っておくのである。下手につついて、蛇を出すこともあるまい。
     唇が合わさる。普通なら目を瞑るのかもしれないが、トールも呂布も普通ではなかったので、目を開いたままだ。視線がカチ合ったまま、キスをする。トールの舌が催促するように呂布の唇を舐めると、呂布は口を開き、トールの舌を受け入れた。口内を蹂躙しようとしてくる舌に対し、呂布は応戦する。二人にとって、キスもまた戦いであった。どちらの勝ちというものもないが、相手を負かすことを考えているのであれば、それは戦いとなる。
    「っ、ふ……ぁ」
     呂布の口から吐息が漏れ、それはトールの耳に届いた。官能を刺激する、いい音だった。ぬる、と舌同士が絡み合い、くちゅりと音を立てる。始めの頃はそう、軟体生物のようなそれを受け入れるのは苦手な部類だったが、いまはそうでもない。むしろ心地がい 1381

    amei_ns

    DOODLE神トールと悩む呂布の雷飛 鉄の手套をしていないトールの握力は凶器である。通常時のミョルニルですら握り壊してしまう可能性のあるそれは、紛れもなく殺戮兵器の域に達している。しかし、最近のトールは呂布と素手で触れ合いたいがため、呂布の前では鉄の手套を外すことが多くなっていた。――今回はそれがあだとなった。
     ミシッ、と軋む音がしたと思ったときには、すでに遅く。トールに掴まれた呂布の腕は粉砕されていた。咄嗟のことだったので、トールも力加減を間違えていた。何が起こったのか理解するよりも先に、握り壊された呂布の腕の折れた骨が刺さった血管から、鮮血が溢れ出てトールの手を、落ちた血が床を、汚した。トールが手を離せば、血はどんどんと溢れて、落ちる。呂布には当然痛みはあったが、うめき声一つあげることなく、半ば引きちぎれた腕を完全に引きちぎり、邪魔になった腕を放り投げると、傷を残った手で押さえた。少しでも血の流出を抑えるためだ。
    「布はないか」
     呂布の声で唖然としていたトールはハッとして自らの着ていたものの一部を破り、呂布に渡した。呂布はそれを片腕で器用に流血している箇所に巻きつけ、止血をする。それはどちらかといえばこれ以上床を 1906

    amei_ns

    DOODLEがんばるトールと知らない呂布の雷飛 トールは、これまで人を愛したことがなかった。初めてだ。初めて、他者を愛しいと感じた。慈しみ、愛でたいと思った。しかし、そう思った相手というのが問題だ。その相手というのは、呂布奉先。ラグナロク一回戦を戦った人間である。そう、人間なのだ。
     神と人間。そのロマンスの話は数多くあれど、ほとんどが人間の側の創作であり、事実ではない。人間たちの間で、ゼウスなど恋多き神として知られているが、なにが、なにが。実際のゼウスは戦闘変態嗜虐愛好神である。いつ見てもすごいなこの言葉の圧。
     実際の神は人間など歯牙にかけないものが多く、トールの恋は多難であった。けれどトールは諦める気などさらさらなかった。数多の困難をその力で打ち砕き、解決してきたトールにとって、この程度のことなど乗り越えられないはずがないと思っていた。トールは口が上手くないから、まず口達者な神を自らの協力者にした。その者は初めから協力的だったのでよかった。そこからじわじわと手を広げ、トールが人間に恋をしているという話を固めた。事実そうなのだからしかたがない。ときには反対派を見せしめにしたりしつつ、浮遊層を懐柔し、人間との恋を是とさせていった 1266

    amei_ns

    DOODLE生を感じるトールと聞いた呂布の雷飛 トールには自分の死がわからない。死んだことがないので当然である。でも、きっとわかることがある。自分が死んだところで、世界は何も変わらない。多少の不都合は出ることがあるかもしれないが、それでも、変わらないのだ。それは誰しもが同じこと。多少誰かが死んだとしても、いなくなったとしても、何も変わらない。世界はその程度のことで変わったりしない。――そう思っていた。
     トールの神生は、ある一人の死で変わった。それは、呂布奉先。ラグナロク一回戦を戦った、人間である。その人間の死は、トールを大きく変えた。
     呂布は、トールが出会った初めての好敵手とも呼べる存在だ。いろいろあって再び今世に戻ってくることができたものの、それだけではトールの心は休まらなかった。次になにかあれば今度こそ完全に失われてしまう命のことを考えると、迂闊なことはできないと思った。
     だが、友はそんなことなど知らぬとばかりにトールに挑んできた。今度こそ勝つ、と武器を携えてやってきた。トールは驚いたが、それでこそ我が友と認めた人類だったのだ。それだからこそ、トールは呂布を愛したのだ。
     ――そう、トールは呂布を愛した。初めて、人間を認 1680

    amei_ns

    DOODLE青天霹靂だったトールと藪蛇な呂布の雷飛。 ある日、呂布は気がついた。もしかして、トールは自分のことが好きなのではないか、と。戦いの最中はそうでもないのだが、頻繁に自邸に誘ってくるし、その誘いに乗ってやれば表情が和らぐし、飲んでいる最中に意味もなくくっついてくるし、なにもないのに見つめてはよく微笑んでくる。これは……そういうサインなのではあるまいか。そう思った呂布は飲みの席、直球でトールに尋ねた。
    「お前、もしや我のことが好きなのか?」
     トールはそれを聞いてぽかんとして、手に持っていた杯から酒をこぼしそうになったので、呂布はそれを空になった自らの杯で受けた。あまりにもトールが驚いているのを見て、呂布は違ったか? と首を傾げた。
     数秒後、硬直を解いたトールは言った。
    「……私は、貴様のことが好きなのか?」
    「それを我が聞いているのだが……」
     呂布はトールのこぼした酒に口をつける。頭を抱え、悩む様子のトールに、呂布はもしや余計なことをしてしまったのだろうかと思ったが、言ってしまったものは取り消せない。
    「まあ、我の気のせいだったら、それでいい。変なことを言い出して悪かった。忘れてくれ」
     トールは呂布のその言葉に曖昧に頷いた 2079

    amei_ns

    DOODLE転生した呂布と見に来たトールの雷飛 雷とともに、地上に降りる。
     トールが地上に出るのはいつぶりだろうか。転生した呂布が健やかに育っているかどうかが確認したくなったトールは、久しぶりに地上に降りることに決めた。地上に降りる許可が出るまで、すぐに、とはいかなかったが、数年かかって許可が下りた。命がある内に出れば、と思っていたがこんなに早くに出るとは
     鉄塔の上に降り立ったトールは、早速呂布を見つけに行こう、と思っていたが、自らを見上げる小さな存在を見かけて、その手間が省けたことを知った。
     トールを見上げて雨が入るのも気にすることなく、ぽかんとしている少年が、いた。
     どこでつけたのか。今世でも右半分の顔を割るように傷が入っている。栄養状態は悪くなく、着ている服も今世では平均的な水準だ。ならば虐待ではなく事故でついた傷なのだろう。体はまだ小さいが手足が大きく、骨ばっている。身長もだんだんと伸びていくだろう。成長が楽しみな子供だ。
     トールは子供を見た。子供もトールを見た。視線が交じり合う。先に口を開いたのは、子供の方だった。
    「お前はっ!!」
     興奮を耐え切れない様子の子供は、目を輝かせながら、言う。
    「お前は、いかづち 1169

    amei_ns

    DOODLE告白するトールと回避する呂布の雷飛 好きだ、と。武器を交わしたその一瞬に、トールの頭にその三文字が過ぎった。
     呂布との手合せ、あるいは死合い、または殺し合いとも呼べるそれの最中に、舞い降りた言葉だった。あまりにも、その言葉はあまりにも、その瞬間に似つかわしくないものであったが、何故かトールの中ではそれがしっくりときた。空いた形にすっきりと収まったような心地がしたのだ。これが一刻も早く伝えなければならぬ、とそう決意させるだけの力を持っていた。
     がきん、と。同じくらいの力で合わさった互いの武器が火花を散らし、音をたてぶつかる。ぐっと踏み出そうとするも、相手の力に押されてそれが叶わない状況。顔が近付いた一瞬に、トールは呂布に言った。
    「呂布――好きだ」
     それを伝えると呂布はぱちりと瞬きをしてにた、と獰猛に笑った。
    「ああ、我も好きだぞ」
     通じた、と思ったトールだったが、そのあとの呂布の言葉で通じてないことがわかった。
    「まっこと、お前とのこれは――心が躍る」
     再び襲い来る方天戟をミョルニルで受け止めながら、トールは少し気落ちした。まあこんな中で唐突に告白などをする自分の方が間違っていたのだろう。多少力を込めてなぎ払 1550

    amei_ns

    DOODLE惜しむ呂布と語るトールの雷飛「ここでは雨が降らんのか」
     呂布はそう言いながら空を見上げる。今日は中庭で月見酒だ。いつも部屋の中だけでは飽きてくるのではないかと使用人が勧めてきたので、その意見を採用した形である。
    「まあ天上だからな。血の雨ならば降らせることなら可能だが?」
    「いらん」
    「そうか」
     下界にいるよりも少し近くなった月と星をみながらの酒は、いつもと何も変わらない味だ。それでも、周囲が変わればいつもよりは口数が多くなるらしい。杯を煽りながら、細々と会話が続いていく。何回目かの酒の席。そう口数が多いわけでも話題があるわけでもない二人の会話は低迷していた。それをみかねたこともあったのだろう。珍しく使用人が口を挟んできたことを、トールは許した。
    「雨が好きなのか?」
     トールが尋ねると呂布は首を横に振った。
    「別に、雨が好きなわけではない」
     杯が空になったので、手酌で注ぐ。どん、と酒瓶を置いて、杯を煽る。呂布の目はずっと天を見上げていた。
    「雨ではないとすればなんだ? 虹か? しかし貴様にそんな情緒があるとは思えんが……」
    「虹でもない。勝手なことを抜かすな」
     呂布はぎっ、とトールを睨んだ。
    「では、な 1060

    amei_ns

    DOODLE髪を結んで欲しいトールと結んであげた呂布の雷飛 様々な結い紐や髪を整えるための道具を準備して、どうだとばかりの顔をするトールに、呂布はひくりと口の端を震わせた。たしかに、呂布は、トールに「その髪は邪魔ではないか」と言った。冗談のつもりで、「なんなら我が結ってやろうか」とも言った。だがトールは「いや、いい」と言ったではないか。まさかそれが「(今は準備がないから)いい」ということだったとは思わなかった呂布は天を仰いだ。きちんと櫛も、姿見も用意して待っていたトールに、断ることもできない。呂布はトールの髪をいじることになった。
    「我がそれほど器用だと思わないことだな」
     吐き捨てるように言った呂布に、トールは微笑んだ。
    「そんなことは承知の上だ」
    「わかっているなら、どうなっても知らんぞ」
    「ああ」
     なんだかんだ言って、呂布はトールに甘い。決して、決して、弱いわけではない。甘いだけなのだ。
     姿見の前に設置された椅子に座ったトールの髪に櫛を通せば、するするとなんの引っかかりもなく櫛が通る。いい櫛なのもそうだが、トールの髪自体もとてもいい髪質をしている。どちらかといえば、かたく融通が利かない呂布の髪とはだいぶ違う。結い紐が留まるといいのだ 2181

    amei_ns

    DOODLE言うのが遅いトールと欲しかった言葉がきた呂布の雷飛 いろいろあった。そう、いろいろあった、のである。
     その結果、トールと呂布はセックスをする仲になった。別に、喧嘩という名の手合わせ、もしくは死合いとも呼べる殺し合いを欠かしていないが、なぜかそうなった。トールが手を出してきたのを、呂布が受け入れた形で始まった関係は、良くも悪くも――続いていた。
     それに対し、不満がないわけでもない呂布であったが、自分を熱く見つめてくるトールを思うと、なんだかうまく言葉がでてこなくなってしまう。絆されている、のだろうか。片手では足りない数、もうすぐ両手を越えてしまいそうなほど、体を重ねているけれど、いまだ気持ちの整理というものがつかないでいる。
     トールが、熱のこもった目で、声で、呂布を呼ぶ。戦いの合図ではないそれを聞くと、呂布はどうしていいのかわからなくなる。逃げないでほしいというように添えられた手は握ってくることはない。ただ、ゆるく添えられるだけである。それが逃げ道を塞ぐものだとわかっているのも、呂布だけなのだ。歯を剥き出しにして、唸る呂布は、否とは言えない。「いいか?」と深い声で尋ねられると、どうしようもできなくなる。どうしようもなく、逃げ場もな 2124

    amei_ns

    DOODLE記憶がない呂布と待ち望んでいたトールの雷飛 いろいろあった。そう、いろいろあった、のである。
     そのいろいろあったという話を聞いても、呂布の脳には入ってこなかった。人類代表として神と戦って欲しい、と言われたことは覚えているが、それを了承してからの記憶が曖昧である。蘇る際に不具合が生じたのだろう、と言われたけれど、呂布にはどうでもよかった。死んだ、ということは負けた、ということだ。自分よりも強い相手がいる。それだけで、呂布の心は踊った。自分を負かした相手が見たい、と言うと説明をしていた者からは困惑が返ってきた。
    「相手は神です。あなたの要求が通ることはないでしょうが……一応は尋ねてみます」
     返答はまた後日になると思います、それまで待っていてください、と言われ、呂布は元いた居住区に返された。そんなことを言われたので、それなりの時間を要するのだろうと思われたが、思ったより早く――具体的には翌日に返答が来た。
    「会っても、良い」
     それが、神からの答えだった。
     呂布は自らを殺した神と会うことになった。場所の指定は相手の邸と言われたので、呂布はわざわざ足を運んだ。華美にならずともそれとわかる調度品を目にして、自分を殺した奴はそれなり 1710

    amei_ns

    DOODLE見なかったことにしたかった呂布と逃がさなかったトールの雷飛 恋人には倦怠期というものがあり、「もしかすると自分は恋人に愛されていないのではないか」と感じる時があるそうだ。しかし、呂布が最近思うことは逆である。「もしかして自分はトールに愛されすぎているのではないか」と感じるのだ。倦怠期からは程遠いということではあるが、問題があった。その問題というのが深刻だ。
     呂布は、誰とも、付き合っていないのである。そう、誰とも付き合って、いないのだ。
     無論ではあるが、呂布はトールとも付き合っていない。好きだとも言われたことがない。愛しているとも告げられたことがない。
     しかし、何故か、言葉の端からお前が好きだ、とか、行動の隅からお前を愛している、とかがにじみ出ている気がするのだ。強靭な精神を持っているはずの呂布でも、気が狂いそうだった。トールは好敵手である。初めての、友である。そうであるはずの存在が、もしかして、自分を愛しているだとかいう、勘違いをしているかもしれない、とそう思うだけで、呂布の頭はおかしくなりそうであった。戦っている最中はいいのだ。武器を交わし、地を蹴り、戦況に心躍らせるだけで済む。しかし、しかしながら、それ以外のときがよろしくない。
      1673

    amei_ns

    DOODLE夜中に起きた呂布と星を見ていたトールの雷飛 呂布は、ふと真夜中に目覚めた。ここはどこだっただろうか、と後ろ頭を掻きながらあたりを見回すと、整えられた調度品が目に入る。ということは、トールの邸であろう。何故かトールは自らの邸に呂布の部屋を作っていた。「部屋は余っている。今後も泊まることがあるのだからあってもいいだろう」というわかるかわからないか微妙な理屈だった。まあ、呂布としても誰が使ったかわからない客間よりは自分の部屋を用意されている方がよかったので、とくに疑問というものを感じないまま、泊まるときには作られた部屋を活用することにしていた。もう一度寝ようと目を瞑るが、どうにも寝付けない。水でも飲もうかと思ったが、置かれた水差しは空になっていた。そういえば、寝る前に飲み干してしまったことを思い出す。ベルを鳴らせば寝ずの番の使用人がやってくる、とは聞いているが、どうにもそういう気になれず、呂布は水差しを片手にペタリ、と寝台から降りた。そして部屋を出る。水が置いてある場所は、大体把握しているつもりだ。

    「迷ったな」
     呂布は迷っていた。まったくここは無駄に広い、と舌打ちする。自分がどこから来たのかくらいはわかっていたが、せっかく部屋 1924

    amei_ns

    DOODLE神生をめちゃくちゃにされたトールと人生をめちゃくちゃにされた呂布の雷飛 呂布のせいで、トールの神生はめちゃくちゃだ。
     呂布ことを知らなければ、この退屈な世界の中で、この世とはそんなものだと受け入れて生きていけた。ずっと、つまらなかった。退屈していた。それでもそんなものだと思っていたから耐えられた。いつか、この神生を変えてくれる存在が現れることなどまったく望んではいなかった。けれど、トールは出会った。呂布という存在に、出会ってしまったのだ。つまらない世界が動き出した。この世も捨てたものではない、と思えた。無色だった世界に色がついた。全てが、楽しかった。最後に、呂布が向かってきたときにも、トールはできることならばそれを受け入れたかった。歓喜の中で死にたい、と思うのは、誰しもの幻想(ゆめ)だろう。だから、殺した。
     楽しい時間が終わったあと、トールに訪れたのはとても巨大な虚脱感だった。自分を傷つける力を持った者でも、自分を殺すことはできなかった。どちらも全力だった。ただ、トールの方が強かった。まだ生きているということはそういうことなのだ。殺されてやってもよかった。このつまらない世の中をまた生きていかねばならないのならば、それでもよかった。呂布と対峙し、武器を 2052

    amei_ns

    DOODLE髪が気になった呂布と気にしたトールの雷飛「お前、髪を括ろうとは思わんのか」
     呂布からそう言われ、トールは首を傾げた。どういう意味で言われたのかがわからなかったからだ。呂布が無造作に手を伸ばしてきたのをトールは受け入れる。他の者であればその手を叩き落としているところであったが、呂布ならば、許せた。長く垂れた前髪をすっと後ろに流される。前髪がなくなると、トールの整った顔がよく見えた。呂布はしげしげと眺めては、不思議な色をした目だな、と思う。
    「これだけ長いと視界に入って邪魔だろう」
     トールの赤毛はそれは美しく戦っているときも鮮烈に映える。しかし、それはそれだ。何の気なしに気になった呂布はトールに尋ねることにしたのであった。
     呂布も髪を伸ばしてはいるが、それは切るのが面倒だからである。視界の邪魔になる前髪は後ろに流し括っていた。呂布が自身がそうであるだが、世話をやく者がいるトールが、切りもせず髪を伸ばしている理由が、呂布にはわからなかったのだった。呂布が手を離せば、ばさり、と前髪はいつもの位置に戻った。
    「邪魔だと思ったことがないからな」
     トールはそう言った。神にとって髪の毛は力を溜め込む電池のような役割を果たしている者も 1476

    amei_ns

    DOODLE対応に追われるトールと絡まれる呂布の雷飛このつまらない世界に呂布がいる、という喜びを、トールは噛み締める。
     一度失われたと思ったそれは、なんの因果であるか再び今世に戻ってくることとなった。それはラグナロクで失われた他の魂も同様であったが、この次はないことが証明されている。次はない。次は、ないのである。
     トールと呂布は名実共に友、と呼ばれるあるいは好敵手と呼ぶ存在になった。神と人類という種は違えども、トールが友であると認め、呂布もそれに頷いたため、関係が築かれるようになった。反対するものも出るだろうが、説き伏せればいい。ただ――トールは言葉は不得手であった。だから、行動で示した。
     ミョルニルを掲げひと睨みすれば、反対する者は黙るか、死ぬかの選択肢を示されたと思っただろう。その大抵が黙ることを選んだ。下級とはいえ神であっても命は惜しいものだ。トールはその結果に満足した。
     だからトールは失念していた。相手は愚かであっても狡猾である。トールが譲らないというのであれば、呂布に何かしらの働きかけをしてくる、ということを忘れていたのであった。
     トールとの予定に遅れてやってきた呂布は渋い顔をしていた。遅れてきた非礼を責めるわけでも 1864

    amei_ns

    DOODLE折ったトールとまだ折れない呂布の雷飛べきん、と。トールがしまった、と思ったときにはもう遅かった。
     ――鉄の手套を外したトールの握力は凶器だ。それを、トール自身も理解していたが、あろうことか少し冷静さを欠いていたのだ。
     痛みはあるだろうに、呻き声ひとつ上げず、呂布は自らの折れた腕を見た。ぷらりと関節ではない、変な部分で曲がったそれは明らかに折れている。戦いの最中に折れることはあっても、こうして普通に過ごしているときに折る、というのは初めてのことだった。
     呂布はぶらんとした腕を見て、トールを見た。トールはたじろぎ、そしてがくり、と頭を下げた。
    「すまない……私は少しばかり我を忘れていたようだ」
    「だろうな」
     呂布は無事な方の手で首を掻いた。しかし物の見事にへし折ってくれたものだ、と呂布は感嘆する。トールが静かにヒートアップしている様子だったのでまさかとは思ったが、本当に握られただけで折れるとは思っていなかった。トールの握力の凄まじさを感じ、常のトールの行動を省みて、自分がだいぶ気を遣われているのだと知る。
    「取り敢えず我は医者に行くが、その前にいいか」
    「ああ。なんだ?」
     赤い頭をあげたトールの顔面に、呂布は折れて 1100

    amei_ns

    DOODLE不味そうに食べるトールとうまそうに食べる呂布の雷飛「貴様は実にうまそうに食べるな」
     スープを音を立てて啜っていたのでイヤミかと思ったがどうやら違うらしい。トールの言葉に裏はない。言葉そのままの意味だろうな、と呂布は思った。
    「そういうお前は不味そうに食うな」
     イヤミではない、とわかった上だが、口に出たのはそんな言葉であった。
     トールに招かれた食事の席である。呂布は多少薄味なところはあるが美味い料理を、遠慮などせずばくばくと食い荒らしていた。会話も少なく、本当に空きっ腹を埋めるだけのそれである。今日の呂布は腹を空かせていたので、それはもう、豪快に皿を空けていったのだった。
     トールは不味そうに食べる、と言われたことで少し目を見開いた。他人からどう思われていようが関係ないが、関係ないはずなのだが、呂布からそう見られていたというのは、あまり好ましくなかったのだろう。顔を顰めたトールは「しかたないだろう」と言った。
    「神にとって、食事とはあまり必要がない。うまいもの――珍しいものであればたしかに楽しむこともあろうが、こう言った日常のものは大抵飽きていることが多いのだ」
    「ふぅん?」
     呂布は興味なさげに相槌を打った。これが不味く感じる、 1546