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    視線

    torinokko09

    DONE6月3週目「視線」
    またお題ほぼ無視してるんですがその、オチのなにそれが視線ってことでここはひとつおねがいします。
    まもりがみ「あった」
    一彩は自室の奥にしまい込んでいたダンボール箱から、古ぼけた木箱を取り出した。色あせた木彫りの彫刻が施されたそれを優しくなぞる。幼い頃、燐音が一彩へくれたものだ。あの頃は繊細な彫刻だと兄の才能を羨ましがったものだが、今になってみれば、年相応の不器用さが見て取れた。ベッドサイドに座り、ゆっくりと開ける。中から古い布を取り出して、一彩は懐かしい気持ちになった。

    燐音が故郷を出るまでずっと使っていたもの。ヘアバンドの大きさに畳まれたその布は、中に小さな焦げ付いた布片が縫い付けられている。華やかな着物を思わせる花模様の布片は、母親の形見だ。

    一彩を産んですぐ亡くなった母親は、朗らかな女性だったらしい。父は石仏のような人で物事を語らないが、その分母が話す。天城家はそうやって団欒をしていたのだと、兄から聞かされていた。何を聞いても答えてくれ、分からなければ調べようと兄の手を引く。家事も従者に混じってこなし、父のそばでまつりごとの手伝いをする。母が笑えば場が明るくなるし、あの父ですらうっすらと笑みを浮かべる。一彩は思い出せないくらいには父親の笑った顔を見た事がなかったから、きっとそれだけ素晴らしい人だったのだろう。父が心を許すほどに、素敵な女性だったのだ。
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