吐く息は甘く「う……？」
ギシギシと痛む関節を動かして、薄く目を開ける。視界は暗いが、それがむしろちょうどいい。棺の蓋を開け、外に出るのに若干苦労しながら原因を探す。
目を開けたのは、鼻先に匂いを感じ取ったからだ。吐息を吐かねば、その匂いを感じ取ることは出来ないはずの鼻先に、人間の気配を感じとったその理由は、他でもなく誰かが呼吸をしているということ。
寝床、というより封印に近い状態の自分がいるこの場所に足を踏み入れる存在などそうそう無いはずなのに、妙だと思いながらぼんやりと考え込む。
（甘い…）
しかし、その匂いは今まで嗅いだことの無い類のものだった。認識できるということは人であることに間違いなさそうだが、そうだとしてもこの匂いはおかしい。

｢ううあ〜…関節がおかしい｣
｢今まで死んでたんだからかたまってんだろ｣

アキの肩に、荷物のように担がれ懐かしい我が家へ帰った。
目の前のヒラヒラした黄色い御札のような紙切れ。
邪魔だから取って欲しいと言うと、アキは拒んだ。
なんだよ、と拗ねてみるとゆるりと髪を撫でられる。

悲しそうな顔だ。
目が合わない。
俺の好きな、空の瞳。

｢アキも馬鹿なことやってんな〜｣
｢…自覚は、ある｣

ギシギシと言わせながら、なんとかベッドの上に座ることに成功した。
だけどやはり体が変な感じがするので、ごろりとそのまま寝転がった。
アキはベッドの横にあった揺れる椅子の上で項垂れるように座っていた。
なんだそれ、見たことねぇぞ、いーな。

｢で、ダメだったの、パワーは｣

目を覚ましたらそこは一面真っ暗闇。
そんな中、キラリと光ったお星様に手を伸ばした。
お星様には手は届かなかったけど、ひらりと黒い布。
ひく、と鼻が懐かしい匂いを捕まえる。

｢……ぃ？｣

上手く言葉に出来ない。
声は出るが、話し方を忘れたかのよう。

｢…デンジ？｣

霞む視界。
お星様、ピアスはアキの耳元でいつも揺れていた。
体を起こせずただ見上げていると、掬い上げるように体を抱きしめられた。

｢ぅ、あ…ぉ｣

どうしたの、何があったの、おかしいな、俺は。

両腕がアキの肩に乗っかっている。
何が何だかわからないけど、抱き締め返してやらねばと腕を動かそうとする。
だけど、ギシと悲鳴を上げるだけで腕は曲がらない。

｢ゆっくり息を吸い込んで、そして吐いて｣

倫理 道徳 罪 そんなものは全てアイツらがこの世界を去ったと同時に消え失せた。
ただただ、またあの太陽のような瞳と満月のような瞳を見たくて。

見たくて。

世界を去った者を呼び寄せることが出来る方法があると知り、後先も考えずに飛び付いた。
自分の世界から太陽と月がなくなって数年、とうとうその術を手に入れた。

やっと、やっと、やっと。

なのに。

｢なんで、起きない｣

土の上に寝かせたふたつの全て。
それはぴくりとも動かずにただその場で闇を保っている。

幼い頃に血の繋がった家族を炎の渦に持っていかれた。
家すら残らなかった。何も、残らなかった。
だけど、その後不思議な縁を結ばされた子供がふたり。
最初は言うことも聞かない、生意気な子供だったけれど。