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MEMO没宵っ張り勇者編 仄青く染まった空に疎らに浮かぶ雲は、逆光にその輪郭を滲ませていた。いつの間にか夜の名残を溶かしきって上った太陽が、麦の穂先の朝露にきらびやかな彩りを添える。舗装された砂利道と並行して連なった雑木林から聞こえる鳥の囀りが、朝の清浄な空気に響き渡った。隣を歩く子供であれば鳥の名前も知っているかも知れない。そう横目で様子を覗えば、すっかり蒸留酒のような平静の茶色を取り戻した双眸と視線がかち合う。奇妙な気まずさを感じて、アッシュは口の端に乗せかけた質問を飲み込んた。
「もう完全に日が昇っちゃいましたね」
小麦畑を背に受けて、アッシュを見上げる子供は言った。朝の光が乱反射して、一際眩しく見える。朝が似合うな、とアッシュは思った。岩の下から見上げたときも、かつての魔王城で勇姿を見せたときも、半魔の出で立ちは夜の気配を帯びているのに、それでも、この子供はアッシュにとって眩しい朝の子だった。数年ぶりの酒に頼らない深い眠りからの目覚めの朝、窓から差し込む朝日を背にして清らかに微笑む姿が目蓋の裏側に焼き付いて離れないからかも知れない。あの日、アッシュは世界にこんなにも美しい朝があることを初めて知った。
3584「もう完全に日が昇っちゃいましたね」
小麦畑を背に受けて、アッシュを見上げる子供は言った。朝の光が乱反射して、一際眩しく見える。朝が似合うな、とアッシュは思った。岩の下から見上げたときも、かつての魔王城で勇姿を見せたときも、半魔の出で立ちは夜の気配を帯びているのに、それでも、この子供はアッシュにとって眩しい朝の子だった。数年ぶりの酒に頼らない深い眠りからの目覚めの朝、窓から差し込む朝日を背にして清らかに微笑む姿が目蓋の裏側に焼き付いて離れないからかも知れない。あの日、アッシュは世界にこんなにも美しい朝があることを初めて知った。
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TRAINING魔ちゃま視点のムラアシュチャレンジ最果てのデリラ 少し前から目障りだな、と思っていた。
カウンターで売上を数えるふりをしながら、マオは陳列棚の薬品を箱に戻す男の様子を盗み見る。店内に客はいない。店主であるムラビトの気配は後方のキッチンに収まっている。二人だけだ。数字を扱っているから話し掛けるな、と事前に告げておいたことが功を奏したのか、男はマオに執拗に絡むこともなくよく回る舌を宥めすかして黙々と作業をしている。その整った鼻筋に、金紗の煌めきがはらりと落ち掛かると、その度に男は作業の手を止めて前髪を掻き上げた。そうだ。実に鬱陶しい。見ているマオの目にも鬱陶しいのだから、男自身もさぞ鬱陶しいに違いない。
「ムラビト」
耐え兼ねて、マオは肩越しにキッチンを見遣ると声を張り上げ店主の名前を読んだ。ややあって、歳の割には幼さの残る円い輪郭が印象的な青年がキッチンから顔を覗かせる。ムラビトだ。
4211カウンターで売上を数えるふりをしながら、マオは陳列棚の薬品を箱に戻す男の様子を盗み見る。店内に客はいない。店主であるムラビトの気配は後方のキッチンに収まっている。二人だけだ。数字を扱っているから話し掛けるな、と事前に告げておいたことが功を奏したのか、男はマオに執拗に絡むこともなくよく回る舌を宥めすかして黙々と作業をしている。その整った鼻筋に、金紗の煌めきがはらりと落ち掛かると、その度に男は作業の手を止めて前髪を掻き上げた。そうだ。実に鬱陶しい。見ているマオの目にも鬱陶しいのだから、男自身もさぞ鬱陶しいに違いない。
「ムラビト」
耐え兼ねて、マオは肩越しにキッチンを見遣ると声を張り上げ店主の名前を読んだ。ややあって、歳の割には幼さの残る円い輪郭が印象的な青年がキッチンから顔を覗かせる。ムラビトだ。
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TRAINING酔っ払い店長との帰り道最終ターン!もうタイトルどうして良いか全然分からない 何度も浮かぶ疑問がある。戦場に薬を届ける馬車を降りしきる雨の中走らせた朝、父はムラビトを起こさなかった。そして帰って来なかった。何故、あの日に限って父はムラビトを起こしてくれなかったのだろう。いつもなら起こしてくれた。どんなに朝が早くても、どんなに遠くに行くときも、いつも一緒だった。小さな身体のムラビトが疲れ果てても、その逞しい背中に背負ってくれた。だのに、父が死んだあの日、父はムラビトを置いて行った。
何度も、何度も、浮かぶ疑問に死者が答えを返すことはない。これから向かう場所が戦場であるからだとか、迅速に物資を届ける為に危険な道を征かなくてはならないからだとか、遺された側はそんな曖昧な憶測で推し量るしかない。答えは永遠に得られない。ただ一つ判っていることは、ムラビトを背負ってくれた大きな背中と温もりが永遠に失われたという事実だけだ。
4927何度も、何度も、浮かぶ疑問に死者が答えを返すことはない。これから向かう場所が戦場であるからだとか、迅速に物資を届ける為に危険な道を征かなくてはならないからだとか、遺された側はそんな曖昧な憶測で推し量るしかない。答えは永遠に得られない。ただ一つ判っていることは、ムラビトを背負ってくれた大きな背中と温もりが永遠に失われたという事実だけだ。
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TRAINING酔っ払い店長との帰り道もうシンプルに「道」とかでどうだ?(ゲシュ崩) なだらかな傾斜を降りていく。落下防止の柵の向こうは切り立った崖で、底が見えないほど深い。命を守るには心許ない劣化した柵を見るともなしに眺めやりながら、これでは足元の覚束ないうちの酔っ払いが転落死してしまう、とアッシュは思った。それから、肩越しに背後を見遣る。遅れてのろのろと歩いて来るムラビトの姿に、アッシュはソノーニ町を発ってからもう何度目になるか分からない溜め息を吐いた。
町で一泊しよう。アッシュはソノーニ町で提案した。ムラビト一人では不測の事態に対応しきれないかも知れないが、アッシュが居れば半魔の身なりも上手いこと誤魔化してやれる。何より、こんな真夜中に慣れない酒で疲弊したムラビトを連れ帰るのは憚られた。だが、ムラビトは首を横に振った。マオも、魔物たちも心配している。早く帰って安心させてやりたい。そう主張して譲らなかった。変なところで頑固なこの子供が、一度こうと決めたら頑として譲らないことはアッシュ自身一番よく解っている。仕方なく折れて抱き上げようとしたらそれも断られたので、取り敢えず肩を貸して路地裏を出た。王都でムラビト達が借りたという小型通信水晶をアーサー名義で買い取れないか相談してみよう、とアッシュは思った。
1995町で一泊しよう。アッシュはソノーニ町で提案した。ムラビト一人では不測の事態に対応しきれないかも知れないが、アッシュが居れば半魔の身なりも上手いこと誤魔化してやれる。何より、こんな真夜中に慣れない酒で疲弊したムラビトを連れ帰るのは憚られた。だが、ムラビトは首を横に振った。マオも、魔物たちも心配している。早く帰って安心させてやりたい。そう主張して譲らなかった。変なところで頑固なこの子供が、一度こうと決めたら頑として譲らないことはアッシュ自身一番よく解っている。仕方なく折れて抱き上げようとしたらそれも断られたので、取り敢えず肩を貸して路地裏を出た。王都でムラビト達が借りたという小型通信水晶をアーサー名義で買い取れないか相談してみよう、とアッシュは思った。
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TRAINING酔っ払い店長編Night in gale 2 夢を視た。アッシュが死ぬ夢だ。
頭上には、夜の気配が色濃く残る朝ぼらけの空が拡がっている。ムラビトの頬をぬるい風が撫でた。老婆の手のように伸びた棕櫚の葉が、瞬く星々を掴もうとするかのように揺れている。太陽はまだ遠い。焦燥に立ち尽くすムラビトを誘うように、見慣れたすだち屋の扉が、ぎぃ、と蝶番を不快に軋ませる。まるで悲鳴のようだ、とムラビトは思った。誰の悲鳴なのか、それは分からない。
ムラビトの足取りは重く、覚束ない。心が前に進むことを拒絶しているのかも知れない。それでも一歩、一歩と足を繰り出し、ムラビトは扉に辿り着いた。風が舞い込み、一際大きく扉が開く。奥は見えない。何も見えない。住み慣れた筈の我が家の夢の映し身は、深く、冥い闇で充たされている。進みたくない。けれど行かなければならない。二律背反にムラビトは苛まれた。
16269頭上には、夜の気配が色濃く残る朝ぼらけの空が拡がっている。ムラビトの頬をぬるい風が撫でた。老婆の手のように伸びた棕櫚の葉が、瞬く星々を掴もうとするかのように揺れている。太陽はまだ遠い。焦燥に立ち尽くすムラビトを誘うように、見慣れたすだち屋の扉が、ぎぃ、と蝶番を不快に軋ませる。まるで悲鳴のようだ、とムラビトは思った。誰の悲鳴なのか、それは分からない。
ムラビトの足取りは重く、覚束ない。心が前に進むことを拒絶しているのかも知れない。それでも一歩、一歩と足を繰り出し、ムラビトは扉に辿り着いた。風が舞い込み、一際大きく扉が開く。奥は見えない。何も見えない。住み慣れた筈の我が家の夢の映し身は、深く、冥い闇で充たされている。進みたくない。けれど行かなければならない。二律背反にムラビトは苛まれた。
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REHABILI酔っ払い店長を探せ大作戦タイトル…(悩) ソノーニ町に着いたアッシュは、最初に会合の場となった町で一番大きな道具屋へと向かうことにした。片田舎とはいえサイショ村とは比べるべくもない規模の集落は、夜の深さなどまるで意に介した様子もなく賑わっている。往来する人々の多さに、アッシュは静かに焦りを募らせた。
少し前に出張販売でソノーニ町に来たときのことを思い出す。あのときはムラビトとマオとアッシュの三人でこの町に足を運んだ。魔王を倒す旅の途中、サイショ村の次に立ち寄った町でもある。まさか宿敵だった魔王と共に訪れることになるとは人生何が起きるか分からない。そう感慨深く町並みを見渡した記憶が呼び起こされる。まぁ、雇用主探しに一人で来ることになるとも思ってなかったけど。慣れた足取りで酒場に向かう集団を避けて歩きながらアッシュは思った。こんなときでなければ一杯引っ掛けて帰るのに、とも思った。
3644少し前に出張販売でソノーニ町に来たときのことを思い出す。あのときはムラビトとマオとアッシュの三人でこの町に足を運んだ。魔王を倒す旅の途中、サイショ村の次に立ち寄った町でもある。まさか宿敵だった魔王と共に訪れることになるとは人生何が起きるか分からない。そう感慨深く町並みを見渡した記憶が呼び起こされる。まぁ、雇用主探しに一人で来ることになるとも思ってなかったけど。慣れた足取りで酒場に向かう集団を避けて歩きながらアッシュは思った。こんなときでなければ一杯引っ掛けて帰るのに、とも思った。
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REHABILI酔っ払い店長迎えに行く勇者の話あとで考える 夢を視た。アッシュが死ぬ夢だ。
頭上には、夜の気配が色濃く残る朝ぼらけの空が拡がっている。ムラビトの頬をぬるい風が撫でた。老婆の手のように伸びた棕櫚の葉が、瞬く星々を掴もうとするかのように揺れている。太陽はまだ遠い。焦燥に立ち尽くすムラビトを誘うように、見慣れたすだち屋の扉が、ぎぃ、と蝶番を不快に軋ませる。まるで悲鳴のようだ、とムラビトは思った。誰の悲鳴なのか、それは分からない。
ムラビトの足取りは重く、覚束ない。心が前に進むことを拒絶しているのかも知れない。それでも一歩、一歩と足を繰り出し、ムラビトは扉に辿り着いた。風が舞い込み、一際大きく扉が開く。奥は見えない。何も見えない。住み慣れた筈の我が家の夢の映し身は、深く、冥い闇で充たされている。進みたくない。けれど行かなければならない。二律背反にムラビトは苛まれた。
2943頭上には、夜の気配が色濃く残る朝ぼらけの空が拡がっている。ムラビトの頬をぬるい風が撫でた。老婆の手のように伸びた棕櫚の葉が、瞬く星々を掴もうとするかのように揺れている。太陽はまだ遠い。焦燥に立ち尽くすムラビトを誘うように、見慣れたすだち屋の扉が、ぎぃ、と蝶番を不快に軋ませる。まるで悲鳴のようだ、とムラビトは思った。誰の悲鳴なのか、それは分からない。
ムラビトの足取りは重く、覚束ない。心が前に進むことを拒絶しているのかも知れない。それでも一歩、一歩と足を繰り出し、ムラビトは扉に辿り着いた。風が舞い込み、一際大きく扉が開く。奥は見えない。何も見えない。住み慣れた筈の我が家の夢の映し身は、深く、冥い闇で充たされている。進みたくない。けれど行かなければならない。二律背反にムラビトは苛まれた。
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REHABILI嵐のあとのムラアシュタイトルそろそろ決めないとな 鳥の囀りが聞こえる。名前は分からない。店先の落ち葉と小枝、僅かばかりの砂利を掃いて一箇所にまとめ、アッシュは顔を上げた。よく晴れた東の空は既に夜の気配がする。日没がすぐそこまで迫っていた。
竹箒の柄に顎を乗せ、アッシュは窓からそっと店の中の様子を伺う。客の姿はなく、カウンターの向こうでマオが大きな欠伸をしていた。吊り目がちの大きな瞳に涙の膜が張るが、微妙にアッシュの好みの表情からは外れている。残念だ。マオにつられて出そうになった欠伸を噛み殺しながら、アッシュは店の裏手にちりとりを取りに向かう。残照を背に拡がる雑木林が、その輪郭を黄金色に滲ませていた。人々が恐れる魔物の時間の先触れだ。
「アッシュさん」
5448竹箒の柄に顎を乗せ、アッシュは窓からそっと店の中の様子を伺う。客の姿はなく、カウンターの向こうでマオが大きな欠伸をしていた。吊り目がちの大きな瞳に涙の膜が張るが、微妙にアッシュの好みの表情からは外れている。残念だ。マオにつられて出そうになった欠伸を噛み殺しながら、アッシュは店の裏手にちりとりを取りに向かう。残照を背に拡がる雑木林が、その輪郭を黄金色に滲ませていた。人々が恐れる魔物の時間の先触れだ。
「アッシュさん」
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REHABILIクソマズミルクティー編Night in gale 滴り流れ落ちる水に歪む窓の外の光景を眺めやりながら、己の判断にそっと安堵の息を吐いた。店を早くに締めたのは正解だった。この様子だと、雨は夜通し激しく降り続くだろう。夜の優れた聴覚が雷の声を拾い、ムラビトはそのまま一秒、二秒、三秒、と窓の外に視線を向けたままカウントを始める。六秒目を舌の端に乗せるより僅かに速く、外が昼間の明るさを取り戻した。雷はまだ遠い。
雨のにおいがする。嗅覚に長けた魔物がムラビトにそう告げたのは、店の裏に積み上げられた道具の在庫をアッシュと確認している最中だった。まず、空を見上げた。天頂を少し過ぎた太陽が燦々と輝き目が眩む。それから、西の空を見やった。青空の下、緑の山々が常と変わらず連なっている。目を凝らすと山頂に雲がかかっているように見えなくもないが、それだけだ。最後に、ムラビトは並び立つアッシュを見上げた。同じように西の空を眺めていたらしいアッシュは、ムラビトの視線に気が付くと小首を傾げ、小さく肩を竦めて笑った。それでも魔物からのサインが気になったムラビトは、早めに店を閉めることにした。店の二階に居住スペースを構えるムラビトやマオと違い、店員であるアッシュは村外れの家に帰さなければいけない。午後の疎らな客足が途絶えた頃を見計らって本格的に店仕舞いを始める。売り上げの集計はマオに任せて、ムラビトはアッシュと一緒に外に干したままの洗濯を取り込みに行った。その頃には、西の空は重暗く厚い雲に覆われていた。アッシュを見送り小一時間程が経った頃、とうとう空が泣き出した。
19822雨のにおいがする。嗅覚に長けた魔物がムラビトにそう告げたのは、店の裏に積み上げられた道具の在庫をアッシュと確認している最中だった。まず、空を見上げた。天頂を少し過ぎた太陽が燦々と輝き目が眩む。それから、西の空を見やった。青空の下、緑の山々が常と変わらず連なっている。目を凝らすと山頂に雲がかかっているように見えなくもないが、それだけだ。最後に、ムラビトは並び立つアッシュを見上げた。同じように西の空を眺めていたらしいアッシュは、ムラビトの視線に気が付くと小首を傾げ、小さく肩を竦めて笑った。それでも魔物からのサインが気になったムラビトは、早めに店を閉めることにした。店の二階に居住スペースを構えるムラビトやマオと違い、店員であるアッシュは村外れの家に帰さなければいけない。午後の疎らな客足が途絶えた頃を見計らって本格的に店仕舞いを始める。売り上げの集計はマオに任せて、ムラビトはアッシュと一緒に外に干したままの洗濯を取り込みに行った。その頃には、西の空は重暗く厚い雲に覆われていた。アッシュを見送り小一時間程が経った頃、とうとう空が泣き出した。
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TRAININGムラアシュになって欲しい2ターン目その内ムラアシュっぽくはなる筈 鼓膜の裏側から、割れるような喝采と歓声とが響いてくる。耳を塞いでも、虫のように脳髄を這い回る騒音には効果がない。うるさい。無意識にソファから溢れた指先が、床に置かれた酒瓶を求めて彷徨う。捉えそこねた冷たい感触が、ごとりと鈍い音をたてたそこで、漸くアッシュは目蓋を押し上げた。
傾いた視界にささくれ立った木の床が映る。何か夢を視ていた気がしたが、上手く思い出せない。ただ、大方の予想はつく。緩慢な所作で上体を起こすと、今度こそアッシュは床に転がる酒瓶を手に取った。消し忘れたカンテラの灯りが、緑色の硝子とその中の液体越しに揺れている。一本飲み干してしまえば、また深い眠りが訪れるだろうか。考えながら酒瓶を抱え込み、アッシュは再度ソファへと倒れ込んだ。背もたれの向こうに見留めた窓の外では、変わらず雨が降り続いている。原因はこれか。目を閉じる。絶え間なく屋根を、大地を穿つ雨音は目蓋の裏側で大衆の喝采に転じた。ひとたび意識すると、もう駄目だった。
2808傾いた視界にささくれ立った木の床が映る。何か夢を視ていた気がしたが、上手く思い出せない。ただ、大方の予想はつく。緩慢な所作で上体を起こすと、今度こそアッシュは床に転がる酒瓶を手に取った。消し忘れたカンテラの灯りが、緑色の硝子とその中の液体越しに揺れている。一本飲み干してしまえば、また深い眠りが訪れるだろうか。考えながら酒瓶を抱え込み、アッシュは再度ソファへと倒れ込んだ。背もたれの向こうに見留めた窓の外では、変わらず雨が降り続いている。原因はこれか。目を閉じる。絶え間なく屋根を、大地を穿つ雨音は目蓋の裏側で大衆の喝采に転じた。ひとたび意識すると、もう駄目だった。
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TRAININGムラアシュ(希望的観測)タイトル適当にあとで考えるわ 滴り流れ落ちる水に歪む窓の外の光景を眺めやりながら、己の判断にそっと安堵の息を吐いた。店を早くに締めたのは正解だった。この様子だと、雨は夜通し激しく降り続くだろう。夜の優れた聴覚が雷の声を拾い、ムラビトはそのまま一秒、二秒、三秒、と窓の外に視線を向けたままカウントを始める。六秒目を舌の端に乗せるより僅かに速く、外が昼間の明るさを取り戻した。雷はまだ遠い。
雨のにおいがする。嗅覚に長けた魔物がムラビトにそう告げたのは、店の裏に積み上げられた道具の在庫をアッシュと確認している最中だった。まず、空を見上げた。天頂を少し過ぎた太陽が燦々と輝き目が眩む。それから、西の空を見やった。青空の下、緑の山々が常と変わらず連なっている。目を凝らすと山頂に雲がかかっているように見えなくもないが、それだけだ。最後に、ムラビトは並び立つアッシュを見上げた。同じように西の空を眺めていたらしいアッシュは、ムラビトの視線に気が付くと小首を傾げ、小さく肩を竦めて笑った。それでも魔物からのサインが気になったムラビトは、早めに店を閉めることにした。店の二階に居住スペースを構えるムラビトやマオと違い、店員であるアッシュは村外れの家に帰さなければいけない。午後の疎らな客足が途絶えた頃を見計らって本格的に店仕舞いを始める。売り上げの集計はマオに任せて、ムラビトはアッシュと一緒に外に干したままの洗濯を取り込みに行った。その頃には、西の空は重暗く厚い雲に覆われていた。アッシュを見送り小一時間程が経った頃、とうとう空が泣き出した。
4367雨のにおいがする。嗅覚に長けた魔物がムラビトにそう告げたのは、店の裏に積み上げられた道具の在庫をアッシュと確認している最中だった。まず、空を見上げた。天頂を少し過ぎた太陽が燦々と輝き目が眩む。それから、西の空を見やった。青空の下、緑の山々が常と変わらず連なっている。目を凝らすと山頂に雲がかかっているように見えなくもないが、それだけだ。最後に、ムラビトは並び立つアッシュを見上げた。同じように西の空を眺めていたらしいアッシュは、ムラビトの視線に気が付くと小首を傾げ、小さく肩を竦めて笑った。それでも魔物からのサインが気になったムラビトは、早めに店を閉めることにした。店の二階に居住スペースを構えるムラビトやマオと違い、店員であるアッシュは村外れの家に帰さなければいけない。午後の疎らな客足が途絶えた頃を見計らって本格的に店仕舞いを始める。売り上げの集計はマオに任せて、ムラビトはアッシュと一緒に外に干したままの洗濯を取り込みに行った。その頃には、西の空は重暗く厚い雲に覆われていた。アッシュを見送り小一時間程が経った頃、とうとう空が泣き出した。