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    menhir_k

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    魔ちゃま視点のムラアシュチャレンジ

    #ムラアシュ

    最果てのデリラ 少し前から目障りだな、と思っていた。
     カウンターで売上を数えるふりをしながら、マオは陳列棚の薬品を箱に戻す男の様子を盗み見る。店内に客はいない。店主であるムラビトの気配は後方のキッチンに収まっている。二人だけだ。数字を扱っているから話し掛けるな、と事前に告げておいたことが功を奏したのか、男はマオに執拗に絡むこともなくよく回る舌を宥めすかして黙々と作業をしている。その整った鼻筋に、金紗の煌めきがはらりと落ち掛かると、その度に男は作業の手を止めて前髪を掻き上げた。そうだ。実に鬱陶しい。見ているマオの目にも鬱陶しいのだから、男自身もさぞ鬱陶しいに違いない。

    「ムラビト」

     耐え兼ねて、マオは肩越しにキッチンを見遣ると声を張り上げ店主の名前を読んだ。ややあって、歳の割には幼さの残る円い輪郭が印象的な青年がキッチンから顔を覗かせる。ムラビトだ。

    「どうしました?数字、合いませんでした?」
    「我ではない。アレだ」

     顎をしゃくって陳列棚の前にしゃがみ込む男を指す。黙々と作業をこなしていた男は、いきなり話題に上げられたことに驚いているのか軽く目を見開いて固まっている。いい気味だ。

    「そろそろトリミングの時期じゃないのか?鬱陶しくてかなわん」

     高価な鼈甲細工を彷彿とさせる双眸に西陽を宿して、ムラビトはマオの提案に頷いた。男は相変わらず置いてけぼりのまま、ムラビトとマオのやり取りを黙って見上げていた。実にいい気味だ。


     陽の傾いた部屋にランプの灯りを点す。男を座らせ、髪を梳いていたムラビトに礼を言われたマオは軽く手を上げて応えた。

    「本当にちょっと整えるだけでいいからな」

     ぐずる男の渋面を横目に捉えながらマオは椅子に腰を下ろす。タイミングを見計らったかのように年来の知己であるクチモグラが現れ、テーブルの上にグラスと蜂蜜の入ったディスペンサーが並べられた。ソーダ水に浮かぶ氷はローゼル、ブルーマロウ、カモミールといったハーブティーから作られており、その間をエディブルフラワーが金魚のように泳いでいる。色とりどりの氷がランプの灯りを受けてきらきらと揺れる様子も悪くない。酢橘の花から採られた蜂蜜を注ぎ入れると、透明だったソーダ水がシトリンのような甘い褐色に色付いた。
     突き立てられたストローを口に含み、マオは窓辺で男の髪に鋏を入れるムラビトを眺める。カーテンのない窓の向こうでは暮れ始めた空に一番星が瞬いていて、まるで二人は素朴な額に納められた一枚の絵画のようにも見えた。ただし、男の横顔はは不機嫌そうに歪められたままだし、ムラビトの面差しも微かに紅潮し緊張で強張っており、穏やかさとは程遠い。以前ムラビトが男の髪に鋏を入れた時にはなかった張り詰めた空気に、これは二人の間に何かあったな、とマオは思った。

    「変われば変わるものですなぁ」

     クチモグラがマオの傍らで笑う。主語を欠いた指摘に返答を考え倦ねながら、マオはマドラー代わりのストローでグラスを掻き混ぜて沈黙を貫いた。

    「あの男です。殿下との鬼気迫る死闘が嘘のようです」

     マオの逡巡を見透かしたかのようなタイミングでクチモグラが付け加えるように言った。

    「お前、我に対しても似たようなこと言ってなかったか?」
    「そうでしたかな。まぁ何にせよ、サイショ村に訪れた者は弱体化する、という噂、強ち間違ってもいなかったように、最近の私は思うのです」

     殿下の期待した意味ではなかったでしょうか。締め括ってクチモグラは部屋を後にした。
     残されたマオの鼓膜を震わせるものは、規則正しく髪を切る音だけだ。二人の間に会話はない。その光景を、色とりどりの氷のあわいからマオは見つめた。
     男の流した血の色を覚えている。色だけではない。においも、滑る感触も、温度も、記憶している。黒雷は男の髪を焦がし、肉を裂き、骨を砕き、腕をもぎ取り、足を千切り、臓腑を引き摺り出した。その全ての感覚をマオは記憶している。そのどれもが致命傷で、常人の精神を折るには充分過ぎるものだった。けれど、それら全ての致死の一撃から仲間の蘇生を受け、この男は立ち上がった。マオに剣戟を浴びせ続けた。少しも鈍ることのない切っ先に、いつしかマオは恐怖した。そしてとうとう膝を折り、敗れた。苦い記憶だ。
     マオの目の前の男を脅かす凶器は華奢な鋏一本だ。表情こそ不服そのものだが、抵抗する素振りもなく大人しくしている。クチモグラの言っていた通り、今の男を殺すことは随分容易であるように思えた。

    「はい、終わりました。箒と塵取り持っていますね」

     カットクロスを取り去ってはたきながらムラビトは言った。ずっと動かずにいたせいか、身体のあちこちが固まっているらしい男が大きく伸びをしながら立ち上がる。

    「おー。視界が広い」
    「まだ細かい毛が残ってるかも知れないので、よく払って下さいね」

     足早に扉をくぐるムラビトの背中を見送ると、部屋にはマオと男の二人だけが取り残された。

    「浮ついてんなぁ」
    「大好きな勇者の髪をイジれて興奮しているのだろう」

     以前、男の髪を切ったときもそうだった。記念にハンカチに一房包み込んで懐にしまう様子を目撃したときなど我が夫ながら大層気色悪い、と心の底から呆れたものだ。

    「ま、浮ついてんのはお互い様か」

     男が独り言ちる。真意を推し測りかねたマオの視線に気付いていないわけがないだろうが、男は黒いインナーによく映える金糸を払うことに専念していて、それ以上会話を続ける気がないようだった。

    「お前のこんな姿を見る日が来るとは、露ほども思ったことはなかった」
    「何だそれ」

     一通り目につく髪を払い終えた男が前髪を掻き上げながら言った。まだ背中に残っているが指摘してやる義理はない。どうせ戻ってきたムラビトが気付いて払うだろう、と放っておくことにする。

    「言葉通りの意味さ。一度は殺し合った仲だ……解るだろう?我を追い詰め、下した男の成れの果てがこれだ」
    「幻滅した?」

     喉をくつくつと鳴らす男に、マオも鼻で嗤って返す。

    「かつての宿敵がレベル1のモブ同然の新魔王にいいように振り回されている様は胸が空く」
    「あっそ」

     手慣れた所作で右手側の長い一房を三つ編みに仕立て上げながら、男は口を尖らせた。否定しないところを見るに、自覚はあるらしい。
     グラスの中で、ブルーマロウの青色がソーダ水に燻る煙のようにゆっくりと溶けて、ローゼルの紅と絡み合う。

    「……時折、考えることがある。お前という男の背景を知れば知るほどに」

     ランプの灯りを受けたグラスが、テーブルの上に色彩鮮やかな影を落していた。オヨメサンを見掛けた教会のステンドグラスに似ている。

    「我が大義、一族の悲願に優る、お前の衝動の正体を」

     悔しかった。息を荒げ、頬を紅潮させ、下卑た薄ら笑いを浮かべる男に敗けたことが情けなかった。こんな下賤な男に誇りを踏み躙られたことが口惜しくて堪らなかった。同時に、恐ろしかった。傷付き、死の淵を彷徨っても何度も立ち上がる男に、マオは恐怖した。

    「一度でも死の恐怖を味わえば、足が竦むものだろう?例え聖女の蘇生を受けても、次があるとは限らない。仲間への信頼だけで、そこまで剣先を鈍らせずにいられるものか」

     マオは敗れた。恐れを知らない、魔族の敵の前に敗れた。

    「……店長だって、赤の他人だったマオの為に命張ったんだろ」
    「それは未知への無知だ。お前とは違う。解っていて矛先を逸らすな」
    「仲間が戦ってんだ。ちょっと意識がぶっ飛ぶくらい、何でもねぇ」
    「その心積もりにも、限度がある」

     蘇生の要である聖女を信じていた。だから何度でも立ち上がることが出来る。理屈は解る。或いは、仲間への信頼もあったかも知れない。民草の未来を切り拓く責務が、戦場に男を踏み止まらせたのかも知れない。だが、それらはマオもまた、持ち得ざるを得なかったものだ。勝敗を分ける決定打としてはあまりにも弱い。何より、マオの大義が、一族の悲願が、この男の背負う重責に劣っていたとは思いたくなかった。
     言及するマオに男は面倒くさそうに頭を掻く。切り立ての髪から、ぱらぱらとまた細かな残り毛が落ちた。

    「お前にあって、我になかったものは何だ」

     悔しい。歯噛みする。
     悔しい。悔しい。砂塵の舞う、ひび割れた魔王城の冷たい床に伏して睨め上げた男を前に、かつての悔恨が押し寄せる。

    「……いい顔してんなぁ、マオ?」

     手の中のグラスをマオから取り上げ、小首を傾げ、男は笑った。ストローを避けてグラスを煽ると、氷を口に含み噛み砕く。耳障りな破砕音にマオは顔を顰めた。

    「逆だよ」

     やがて、男はぽつりとこぼす。グラスの中はすっかり空になっていた。

    「俺には何もなかった」

     何色も宿さない怜悧に青褪めた双眸が、マオを見下ろす。抑揚を欠いた声音が、温かい部屋にぞっとするほど冷たく響いた。

    「帰りたい場所も、俺が死んで悲しむ家族も何もなかった。失うもののない俺は、だから」

     言葉を切る。男は何かを誤魔化すように、マオから視線を逸らして窓の外を見遣った。月のない暮れの空を、小さな星が控えめに彩っている。

    「怖いものなんてなかった」

     そこにいる仲間のことだけ考えてりゃ良かったんだからな。付け加えて、男は目を伏せた。
     業腹だが、ずっとこの男に共感出来る部分が多く存在することをマオは自覚していた。同時に、意識や価値観の違いも明確に理解していた。それは、きっと男も同じだという確信めいた予感がマオにはあった。

    「今は?」

     予感に背中を押され、気が付けば問いを発していた。男は伏せていた目を押し開き、不思議なものを見るかのようにマオを見下ろしている。

    「お前の言い分は全てが過去形だ。今はどうなのだと訊いている」

     魔族の聴力でなくても聞こえているだろう、軽快に階段を上がる足音に耳を欹てながらマオは男の退路を更に塞いだ。男の視線も閉ざされた扉へと向かう。それから、観念したような苦笑を浮かべて口を開いた。

    「今の俺を倒すのは簡単だと思うぜ」

     その答えに小さく頷いて返すと、マオも開く扉の方を見遣った。
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    menhir_k

    REHABILI最終ターン!一応アシュクロアシュ最終ターン!!アシュトンのターンタターンッ!!!
    章を断ち君をとる ハーリーを発ったアシュトンは、南へ急いだ。途中、紋章術師の集落に補給に立ち寄る。緑の深い村はひっそりと静まり返り、余所者のアシュトンは龍を背負っていないにも関わらず白い目を向けられた。何処か村全体に緊張感のようなものが漂っているようにも感じられる。以前訪れたときも、先の記憶で龍に憑かれてから立ち寄ったときにも、ここまで排他的ではなった筈だ。アシュトンは首を傾げながらマーズ村を後にした。
     更に数日かけて南を目指す。川を横目に橋を渡り、クロス城の輪郭を遠目に捉えたところで不意に、マーズ村で起きた誘拐事件を思い出した。歩みが止まる。誘拐事件を解決したのはクロードたちだ。マーズ村の不穏な空気は、誘拐事件が起きている最中だったからだ。どうしよう。戻るべきだろうか。踵が彷徨う。来た道を振り返っても、マーズは見えない。もう随分と遠くまで来てしまった。今戻っても行き違いになるかも知れない。それに、ギョロとウルルンを放って置くことも出来ない。龍の噂はハーリーにまで広まっていた。アシュトン以外の誰かに討ち取られてしまうかも知れない。時間がない。
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    menhir_k

    TRAININGムラアシュ(希望的観測)
    タイトル適当にあとで考えるわ 滴り流れ落ちる水に歪む窓の外の光景を眺めやりながら、己の判断にそっと安堵の息を吐いた。店を早くに締めたのは正解だった。この様子だと、雨は夜通し激しく降り続くだろう。夜の優れた聴覚が雷の声を拾い、ムラビトはそのまま一秒、二秒、三秒、と窓の外に視線を向けたままカウントを始める。六秒目を舌の端に乗せるより僅かに速く、外が昼間の明るさを取り戻した。雷はまだ遠い。
     雨のにおいがする。嗅覚に長けた魔物がムラビトにそう告げたのは、店の裏に積み上げられた道具の在庫をアッシュと確認している最中だった。まず、空を見上げた。天頂を少し過ぎた太陽が燦々と輝き目が眩む。それから、西の空を見やった。青空の下、緑の山々が常と変わらず連なっている。目を凝らすと山頂に雲がかかっているように見えなくもないが、それだけだ。最後に、ムラビトは並び立つアッシュを見上げた。同じように西の空を眺めていたらしいアッシュは、ムラビトの視線に気が付くと小首を傾げ、小さく肩を竦めて笑った。それでも魔物からのサインが気になったムラビトは、早めに店を閉めることにした。店の二階に居住スペースを構えるムラビトやマオと違い、店員であるアッシュは村外れの家に帰さなければいけない。午後の疎らな客足が途絶えた頃を見計らって本格的に店仕舞いを始める。売り上げの集計はマオに任せて、ムラビトはアッシュと一緒に外に干したままの洗濯を取り込みに行った。その頃には、西の空は重暗く厚い雲に覆われていた。アッシュを見送り小一時間程が経った頃、とうとう空が泣き出した。
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    menhir_k

    TRAINING酔っ払い店長との帰り道
    もうシンプルに「道」とかでどうだ?(ゲシュ崩) なだらかな傾斜を降りていく。落下防止の柵の向こうは切り立った崖で、底が見えないほど深い。命を守るには心許ない劣化した柵を見るともなしに眺めやりながら、これでは足元の覚束ないうちの酔っ払いが転落死してしまう、とアッシュは思った。それから、肩越しに背後を見遣る。遅れてのろのろと歩いて来るムラビトの姿に、アッシュはソノーニ町を発ってからもう何度目になるか分からない溜め息を吐いた。
     町で一泊しよう。アッシュはソノーニ町で提案した。ムラビト一人では不測の事態に対応しきれないかも知れないが、アッシュが居れば半魔の身なりも上手いこと誤魔化してやれる。何より、こんな真夜中に慣れない酒で疲弊したムラビトを連れ帰るのは憚られた。だが、ムラビトは首を横に振った。マオも、魔物たちも心配している。早く帰って安心させてやりたい。そう主張して譲らなかった。変なところで頑固なこの子供が、一度こうと決めたら頑として譲らないことはアッシュ自身一番よく解っている。仕方なく折れて抱き上げようとしたらそれも断られたので、取り敢えず肩を貸して路地裏を出た。王都でムラビト達が借りたという小型通信水晶をアーサー名義で買い取れないか相談してみよう、とアッシュは思った。
    1995

    menhir_k

    MEMO
    宵っ張り勇者編 仄青く染まった空に疎らに浮かぶ雲は、逆光にその輪郭を滲ませていた。いつの間にか夜の名残を溶かしきって上った太陽が、麦の穂先の朝露にきらびやかな彩りを添える。舗装された砂利道と並行して連なった雑木林から聞こえる鳥の囀りが、朝の清浄な空気に響き渡った。隣を歩く子供であれば鳥の名前も知っているかも知れない。そう横目で様子を覗えば、すっかり蒸留酒のような平静の茶色を取り戻した双眸と視線がかち合う。奇妙な気まずさを感じて、アッシュは口の端に乗せかけた質問を飲み込んた。

    「もう完全に日が昇っちゃいましたね」

     小麦畑を背に受けて、アッシュを見上げる子供は言った。朝の光が乱反射して、一際眩しく見える。朝が似合うな、とアッシュは思った。岩の下から見上げたときも、かつての魔王城で勇姿を見せたときも、半魔の出で立ちは夜の気配を帯びているのに、それでも、この子供はアッシュにとって眩しい朝の子だった。数年ぶりの酒に頼らない深い眠りからの目覚めの朝、窓から差し込む朝日を背にして清らかに微笑む姿が目蓋の裏側に焼き付いて離れないからかも知れない。あの日、アッシュは世界にこんなにも美しい朝があることを初めて知った。
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