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    menhir_k

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    ムラアシュ(希望的観測)

    #ムラアシュ

    タイトル適当にあとで考えるわ 滴り流れ落ちる水に歪む窓の外の光景を眺めやりながら、己の判断にそっと安堵の息を吐いた。店を早くに締めたのは正解だった。この様子だと、雨は夜通し激しく降り続くだろう。夜の優れた聴覚が雷の声を拾い、ムラビトはそのまま一秒、二秒、三秒、と窓の外に視線を向けたままカウントを始める。六秒目を舌の端に乗せるより僅かに速く、外が昼間の明るさを取り戻した。雷はまだ遠い。
     雨のにおいがする。嗅覚に長けた魔物がムラビトにそう告げたのは、店の裏に積み上げられた道具の在庫をアッシュと確認している最中だった。まず、空を見上げた。天頂を少し過ぎた太陽が燦々と輝き目が眩む。それから、西の空を見やった。青空の下、緑の山々が常と変わらず連なっている。目を凝らすと山頂に雲がかかっているように見えなくもないが、それだけだ。最後に、ムラビトは並び立つアッシュを見上げた。同じように西の空を眺めていたらしいアッシュは、ムラビトの視線に気が付くと小首を傾げ、小さく肩を竦めて笑った。それでも魔物からのサインが気になったムラビトは、早めに店を閉めることにした。店の二階に居住スペースを構えるムラビトやマオと違い、店員であるアッシュは村外れの家に帰さなければいけない。午後の疎らな客足が途絶えた頃を見計らって本格的に店仕舞いを始める。売り上げの集計はマオに任せて、ムラビトはアッシュと一緒に外に干したままの洗濯を取り込みに行った。その頃には、西の空は重暗く厚い雲に覆われていた。アッシュを見送り小一時間程が経った頃、とうとう空が泣き出した。
     ひっきりなしに鼓膜を叩く雨音の合間を縫って、蝶番の軋む音が届く。振り返ると、琥珀色の視線にかち合った。湿度をはらむ薄紅色の髪をタオルで拭きながら、少女の姿をした魔族の王が部屋の中に入ってくる。

    「まだ起きてるのか」

     ムラビトの手元を覗き込みながらマオは言った。

    「はい。新作の改良をもう少し。発酵させることで効果は確かに高まってるんですけど、においが気になるお客様も多いみたいで。なのでちょっとオーバーナイトを試してみようかと」
    「……何だかパン屋みたいだな」
    「あ。わかります?パン屋でバイトしてたときに何かに使えそうだな、って思ったんですよね」
    「ムラビトお前、やっぱ他にもっと天職があるんじゃないのか」

     マオの胡乱な視線を受け流しながら、ムラビトは秤の上の器に砂糖を乗せていく。そこに、少女の華奢な指が伸びた。砂糖片を一片つまみ上げると、そのまま口の中へと納める。

    「もう。歯、磨き直してから寝て下さいね」

     不足分を追加してから、ムラビトは砂糖袋に封をした。その過程で、窓の外を見る。心なしか、雨足が更に強くなっているように思えた。

    「心配か」

     指先に付いた砂糖の粉を舐めながらマオが言った。少し迷ってからムラビトが小さく顎を引くと、彼女は呆れたように溜め息を溢す。

    「この前、崖が崩れたときも雨の日でしたし。あれ以来、村の危なそうなところは一通りみんなで点検はしたけど」
    「間違っても様子を見に行こう、などと思うなよレベル1」

     釘を刺されて言葉に詰まった。視線を逸らしながら、行きませんよとムラビトは返す。
     子供たちが崖崩れに巻き込まれ、岩の下敷きになったあの日も雨が降っていた。雨は強かったが、激しく降り注ぐほどのものではなかった。それでも、弱った地盤に浸透し、崩落させるには充分だった。
     あの日――目蓋の裏に焼き付いた情景を反芻する。雷を伴う雨雲を斬り裂く鋭い一閃が蘇る。湿度でふやけて強度を欠いた草臥れた木の棒とも、枝ともつかない得物を握る、傷だらけの手を脳裏に描く。

    「まぁいい。我はもう寝る。お前もほどほどにしてさっさと上がれ」

     思考の淵に沈んでいたムラビトを、マオの一声が引き戻した。猫の子のような気まぐれな所作で、翻った薄紅色が扉へと向かう。だが、そのまま部屋を出ていくのかと見送ったムラビトの予想に反して、彼女はドアノブに手をかけたまま動かない。

    「ムラビト」

     視線は交わらない。マオは変わらず、ムラビトに背中を向けている。

    「あの変態のことなら気にするな。一人でも、どうにでもなる」

     先ほどまで思い描いていた情景を見透かされたようで、ムラビトは何となく気恥ずかしさを覚えた。彼女は背中を向けたままだったが、誤魔化すように頭をかく。

    「そう、ですね。でも、こんなに酷い雨になるなら、泊まっていって貰えば良かったかな、って」

     魔物のみんなには申し訳ないけど。付け加えると、そこでやっとマオはムラビトの方を向いた。だが、続く言葉はなく、何故かそのまま視線を床に落としてしまった。マオさん。呼び掛けると、観念したように彼女は口を開いた。

    「あれの家の近くには……土砂崩れの危険があるような山はない。それに、もう一度言うがあの変態は曲がりなりにも勇者だ。万が一があってもこの程度の天災、難なく切り抜けるだろうよ」

     土砂崩れ。そう言葉を発したとき、マオの声が微かに震えた。魔族の聴覚でなければ拾えなかったかも知れない。

    「そうですね、ありがとうございます」

     マオの思い遣りに感謝すると、頬を赤らめた彼女は今度こそそっぽを向いてしまった。

    「そんなに気掛かりなら、朝一番で迎えに行ってやれ」

     そう言い残して、マオは部屋をあとにした。
     部屋の中に、再び雨音だけが響く静寂が戻る。残されたムラビトは試作品の入った瓶の蓋を締め、倉庫の冷暗所にしまう。明日、アッシュの家に向かう前に一度様子を見よう。考えながら引き戸を閉じた。
     鉢植えのマンドラゴラ兄弟に就寝の挨拶をしてキッチンを出ると、その足で店舗へと向かう。寝る前に最後の戸締まりを確認するのは、父と暮らしていた頃からの習慣だ。金庫の施錠を確かめ、窓へと近付く。外は相変わらずの豪雨だ。家の中にいてさえ、空気が震えているように感じる。稲光が閃くと、夜の闇に沈んだ家々の輪郭が浮き上がって見えた。
     土砂崩れ。口の中で、ムラビトは先の少女の言葉をなぞり、転がした。土砂に飲まれ、命を失った大好きな人を思った。きっと、魔族の王は雨の日に家族を亡くしたムラビトを慮ってくれたのだろう。同時に、あの日に想いを馳せるムラビトが、更にアッシュの身を案じて不安を募らせるのではないかと心を砕いてくれたのかも知れない。優しい女性だ。確かに、激しい雨の日は父を思い出すことが多かった。返事は手紙ではなく声で聞きたいと溢したムラビトの我が儘を、ただ一人、彼女だけが聞いていた。
     手紙一つ残して、「帰ってこない」は嫌だった。あのときは、符号の一致に背筋が寒くなった。だが、今はどうだろう。自身に問う。この雨は恐ろしいものだろうか。問い掛ける。窓の外では雨風を受けて斜めに唸る、すだちの梢が揺れている。答えは出ない。諦めて、ムラビトはカーテンを閉めると窓から離れた。最後に店の出入口の鍵を確認する為、踵を返す。施錠はきちんとされていた。問題ない。居住スペースへと向かう道すがら、ムラビトは店舗の灯りのスイッチへと手を伸ばした。明るかった店内が、夜の暗闇を取り戻す。そのとき、戸板を叩く雨音とは異質な、何かを叩くような音が近くから聞こえたような気がした。何だろう。とうとう雷が近くに落ちたのだろうか。振り返る。灯りがなくとも、ムラビトの優れた視野は部屋の細部を見通すことが出来た。その明瞭な視界が、蠢くドアノブを捉える。そこで、先ほど聞こえた何かを叩くような物音が、外から扉を叩くノックだったのだと思い当たった。同時に、この大嵐の中、扉一枚を隔てた向こう側に誰かが立っているという事実にムラビトは頭を殴られたかのような衝撃を受けた。

    「店長ー。いねぇのー?もう寝ちまったかぁ?」

     俺、俺、アッシュ、アッシュ。扉の向こうから、雨音の中にあっても明朗にムラビトを呼ぶ声がする。急ぎ、扉へと駆け寄るとムラビトは施錠を外し勢い良く扉を開け放った。案の定、風と共に吹き込んだ容赦のない雨水がワックスをかけたばかりの床に飛散し、ムラビトの足元までをも濡らした。だが、今はそんな些事に感けている場合ではない。

    「何やってるんですかアッシュさんっ!」
    「お。何だ、起きてんじゃん」
    「い、いいからほら!早く入って下さい!」

     叩き付けるような豪雨の中、申し訳程度に外套を引っ掛けただけのいつもの出で立ちの従業員の手を掴み、店の中へと引き入れる。濡れるぞ店長。ムラビトに手を引かれるがままの男は後ろ手に扉を閉め、淀みなく鍵をかける。

    「あーあ、びっちゃびちゃにしちゃってまぁ。誰が掃除するんだよ、これ」
    「本当に何しに来たんですか、こんなときに!馬鹿なんですか?」
    「店長だってマオと一緒に襲撃に来ただろ、人の寝入りばなによ」
    「その節は大変申し訳ないことをしたと深く反省していますが、僕は時間帯ではなくこの悪天候の話をしています」
    「いいよ。許すよ。いや、寝ようと思ったら酒が切れててさぁ。すだち屋になら置いてあるだろうな、って」
    「馬鹿なんですね」

     アルコールはアッシュにとっての睡眠導入剤だ。その上、この暴力的な雨音は彼の入眠を一層妨げるものになっただろう。強く酒を求める気持ちに歯止めがきかなくなるのも仕方がないことなのかも知れない。

    「だからって、お酒の為に命かけないで下さい……アッシュさんにとってはこれくらいの雨、問題にもならないって解ってますけど。心配なものは心配なんです」
    「……悪かった」

     アッシュにしては珍しく、素直な謝罪の言葉が降ってきた。だが、ムラビトは驚かなかった。王城で、この国を治める王から長引いた大戦とその終結を聞かされていたからだ。彼を傷付ける為に引き合いに出された父の死が脳裏に過ぎっただろうことは、想像に難くない。言葉選びを間違えた。ただアッシュの身を案じていると伝えたかっただけなのに、失敗した。

    「タオル、取ってきます。お湯の準備もしてきます」

     努めて明るく、ムラビトは言った。

    「帰っちゃ駄目ですよ。今日は泊まってって下さい」
    「いいの?魔物が怯えるんだろ」
    「緊急避難です。みんな解ってくれます」
    「酒出る?」
    「……適宜」

     ムラビトの譲歩に、アッシュは薄く笑ってみせた。勇者ではなく、ムラビトのよく知るただのアッシュの笑みだった。

    「戻って来るまでそこ、動かないで下さいね。動くと被害が拡がるんで」

     外套脱ぐアッシュの足元の水溜まりを指してムラビトは言った。急いで居住スペースへと駆け上がるムラビトの背中に、はーいと間延びした声が返った。
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    menhir_k

    REHABILI最終ターン!一応アシュクロアシュ最終ターン!!アシュトンのターンタターンッ!!!
    章を断ち君をとる ハーリーを発ったアシュトンは、南へ急いだ。途中、紋章術師の集落に補給に立ち寄る。緑の深い村はひっそりと静まり返り、余所者のアシュトンは龍を背負っていないにも関わらず白い目を向けられた。何処か村全体に緊張感のようなものが漂っているようにも感じられる。以前訪れたときも、先の記憶で龍に憑かれてから立ち寄ったときにも、ここまで排他的ではなった筈だ。アシュトンは首を傾げながらマーズ村を後にした。
     更に数日かけて南を目指す。川を横目に橋を渡り、クロス城の輪郭を遠目に捉えたところで不意に、マーズ村で起きた誘拐事件を思い出した。歩みが止まる。誘拐事件を解決したのはクロードたちだ。マーズ村の不穏な空気は、誘拐事件が起きている最中だったからだ。どうしよう。戻るべきだろうか。踵が彷徨う。来た道を振り返っても、マーズは見えない。もう随分と遠くまで来てしまった。今戻っても行き違いになるかも知れない。それに、ギョロとウルルンを放って置くことも出来ない。龍の噂はハーリーにまで広まっていた。アシュトン以外の誰かに討ち取られてしまうかも知れない。時間がない。
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     町で一泊しよう。アッシュはソノーニ町で提案した。ムラビト一人では不測の事態に対応しきれないかも知れないが、アッシュが居れば半魔の身なりも上手いこと誤魔化してやれる。何より、こんな真夜中に慣れない酒で疲弊したムラビトを連れ帰るのは憚られた。だが、ムラビトは首を横に振った。マオも、魔物たちも心配している。早く帰って安心させてやりたい。そう主張して譲らなかった。変なところで頑固なこの子供が、一度こうと決めたら頑として譲らないことはアッシュ自身一番よく解っている。仕方なく折れて抱き上げようとしたらそれも断られたので、取り敢えず肩を貸して路地裏を出た。王都でムラビト達が借りたという小型通信水晶をアーサー名義で買い取れないか相談してみよう、とアッシュは思った。
    1995

    menhir_k

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    「もう完全に日が昇っちゃいましたね」

     小麦畑を背に受けて、アッシュを見上げる子供は言った。朝の光が乱反射して、一際眩しく見える。朝が似合うな、とアッシュは思った。岩の下から見上げたときも、かつての魔王城で勇姿を見せたときも、半魔の出で立ちは夜の気配を帯びているのに、それでも、この子供はアッシュにとって眩しい朝の子だった。数年ぶりの酒に頼らない深い眠りからの目覚めの朝、窓から差し込む朝日を背にして清らかに微笑む姿が目蓋の裏側に焼き付いて離れないからかも知れない。あの日、アッシュは世界にこんなにも美しい朝があることを初めて知った。
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    menhir_k

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