しきざき『本日、臨時休業いたします』
目もくらむような清々しい晴天の下、軽い足取りで出勤してきた斬に目眩を覚えさせたのは店先のそんな貼り紙だった。
「おお、おはよう斬」、駅前の一等地、パッと目を惹く秘密基地みたいな扉にべたべたとまじないを貼り付けながら、春夏秋冬がぱあっと笑う。ようやく暖かくなってきたおだやかな春のような、四月の午後にふさわしい笑みだ。
「おはようございます……え、今日店休みなんですか?」
カフェバー『千紫』。カフェのようなバーのような居酒屋のような定食屋のような、ポジティブにみれば自由気ままな形態のこの店で俺が働き出したのは、この春からだった。シフト融通ききますという謳い文句と、昼過ぎから仕込みという夜型の営業時間が、大学生の俺にはぴったりだったのだ。まあ、自由すぎて「来たいときに来てくれて、休みたいときに休んでいい」なんて告げられたときにはさすがに面食らったけれど。
思えば、この人は面接のときからこうだったんだ。早く不審がるべきだった。
目をしばたかせながら貼り紙と雇い主とを交互に見やるこちらに、春夏秋冬は「うむ」と力強く頷いた。
「天気が良いから花見にでも出かけようと思ってな。ちょうどいい、おまえも一緒に来い、斬」
「いやいやいや、意味わかんないですって。天気が良くてお花見日和だから店開けたほうがいいんじゃないですか?」
ただの学生バイトだから内情はよくわからないけれど、ただの学生バイトが不安になる程度にはこの店の経営は気まぐれすぎる。まともに営業している日のほうが少ない気がするし、お客さんだってそんなに入っていない……ような気がする。経験が浅すぎて、相場もよくわからない。
きょとん、となぜかこちらが不思議そうな顔を向けられて、ああ、心配した俺がバカだったのだと察した。
「真面目だなあ、斬は」
給料のことなら大丈夫、なんなら花見手当てもつけるぞ。
けらけらとすべて吹き飛ばすように肩を叩かれて、全身の力と特大のため息が漏れる。
どうしてだよ、どうして何の利益も生まれないのに賃金が傘増しされるんだよ。
喉の奥から這い上がってきたツッコミには一旦お帰りいただいて、かわりに、と関係者以外立ち入り禁止に成り果ててしまったドアを開ける。
「ならせめて、弁当くらいは作ります。昨日仕込んじゃった肉があるんで……、サンドイッチとかでいいですか?」
「おお!それはうまそうだ!なら、私は店から飲み物でも見繕おう。もちろん飲むよな?」
「それ、言う相手気をつけないとアルハラになりますよ。ビールでいいです」
いつか、この人の気まぐれに慣れてしまう日が来るのだろうか。
それは嫌だなという思いと、人の金で飯が食える!というごまかしきれない感情がぶつかって、いつもより良い肉を手にしていた。