レアリザスと斬と朝ごはんレアリザスー、明日の朝ごはんパンケーキね!
と、空も飛べそうなくらい軽ーくリクエストされたのは、歯磨きもおやすみもシオンの回収も終わらせて、もうベッドに潜り込もうかという頃だった。
一日はここから始まるぜといわんばかりのオラスを見送って、毛布にくるまりながら思い浮かべるのは翌朝のレシピばかり。
甘いやつか、しょっぱいやつか、付け合わせはどうするか。企んでいるうちにいつのまにか眠っていて、アラームより先に目が覚めた。楽しみにしすぎだろう、俺。
まだコケコッコーのニワトリも起き出さないこの時間の空気が、レアリザスは結構気に入っていた。
世界でたったひとり、ぽつんと取り残されてしまったような感覚で廊下を進む。自室にもキッチンはついているけれど、“家族“の分もこしらえるなら共用の調理場を利用したほうがいい。
「……あれ、」
扉を開ける前に、よく効く鼻が気がついた。あたたかな出汁のにおいと、炊きたてごはんのふかふかとしたにおい。
先客がいる、この向こうに。俺に負けないくらいおいしくて、俺に負けないくらい愛の詰まった朝ごはんを作っている人が。
「おはよう、斬。相変わらず朝早いな」
確信のベットは、やはり当たっている。
もわりと漂う湯気の向こうで、黒髪の青年が顔を上げた。
「おはようございますレアリザスさん。俺が言うのもなんですけど、そっちも早いっすね」
「うちの子たちに朝ごはんパンケーキがいいってねだられちゃってさー、とりあえずタワーにしたろって焼きまくりに来たわけ」
なるほど、と頷きながらも動き続ける彼──斬の手際はかなりいい。
たっぷたぷにこさえた味噌汁を一口味見すると、満足そうにお玉をひと回しする。炊飯器のフタをあけてしゃもじでお米と空気を混ぜ合わせると、持参したらしい壺のような入れ物をヨイショと調理台へ持ち上げた。
「うちも、夕べお館様が“明日は皆で朝飯を囲もう“とか言い出して。まあせっかくなんで、だいぶ前から仕込んどいたコイツの出番かなと」
「おー、漬け物?」
「です。ぬか漬けと、梅干しもあります」
封を開けたとたん鼻を刺してくる独特の匂いは、たしかに強烈だけれど朝一のお腹にクる匂いだ。
うまそー……とグルグル上がる無意識の悲鳴は、ばっちり彼に拾われてしまう。
「あ、ちょっと味見しますか?」
「えっ、いいのか?」
「はい。しょっぱいんで、こうやって握り飯の中に混ぜ込んで、」
どうぞ、とあっという間にできあがったひとくちおにぎりは、ツヤツヤ輝く上等なごちそうだ。
豪快にパクつけば、お米の甘さが漬け物の塩気でよく引き立つ。うまい、ひとつじゃ足りない、もう五個くらいはペロリといける自信がある。
ああ、ヴェクサスにも食べさせてやりてえなあ。
欲望とともに浮かんだのは、この場にいない男の顔だった。
ヴェクサス、ちょっぴり神経質なきらいのある彼が、訝しげにおにぎりをひとかじりして、ひとくちじゃ疑わしいからもうひとくち食べ進めて、なかなか美味いぞってみるみる両目を丸くする様子を、俺はありあり思い描くことができる。
まったく、こんな時までお前かよ。
自分自身にあきれながら、ぺろと指の腹を舐めた。
「斬、頼むからあとで俺にも漬け方教えてくれ。いくらなんでも美味すぎる」
それでも、君がおいしそうに顔をほころばせるのを想像できてしまった自分が、なんだかんだで嫌いじゃない。
いいですよ、と簡単に応じる斬の目が、俺の手元に注がれる。
「ん?」
「そのかわりっつーか、オレにもそれの焼き方教えてください。お館様に駄々こねられたときに、ドヤ顔で振る舞ってやりたいんで」
強気な言葉とは裏腹に目を伏せる斬の感情を、なんとなくだけど、俺はよく知っている。
声に出したら恥ずかしい。けど、それ以上に“ここにいない誰か“を驚かせたい。
ぶっ、とこらえきれず吹き出した俺に、目の前の青年はただただ首をかしげるばかり。
もちろん!のかわりに、肩を叩く。
「俺たちって、結構似たもの同士かもな」
まあ、こんな朝っぱらからここにいる時点で、そりゃそうか。