惚れたら弱い「あの、馬岱殿……」
夕飯後、ポットから急須へお茶を注いでくれてる時に聞くことでも無かったのだけれど。
「んー、なに?」
「ええと……君は、何故……」
どうしても、最初からずっと気に掛かっていた。
「俺に、抱かれてくれたんだろうかと……」
「え……?」
一瞬眼を見開き、急須のお湯が溢れるのを只管眺めるしか無い。考えても、良く解らないんだ。
先ず言わずもがな、君は体格が良い。俺も腹筋は褒めて貰えたけれど、その美しい程鍛え上げられた脚力と胸筋にはとても敵わない。腕相撲で競れたとしても、勝った試しが無い。
「俺は……君より弱いのに」
正直腕力を駆使すれば何時でも逃げられるのに、一人の男としての誇りを傷つけているかもしれないのに。
俺みたいな意志の弱い情けない人間に、抵抗してくれずに居てくれるのは何故だろう。
「……」
無言のまま、馬岱殿は緑茶を注ぐ。満々の湯呑みと破られない静寂に此方も口を噤むと、白藍の瞳が一瞬鋭く光り思わず息を呑んだ。徐ろに急須を置いた手が、不意に伸びて。
「……っ?!」
いきなり頬を抓られ、痛みに思わず呻いた。
「もー、何処まで解らず屋なの?!徐庶殿は」
「いっ、ど……どういう……ことだい……」
久々に聞いた台詞に戸惑い首を捻ると、馬岱殿は一つ咳払いをして隣に身を寄せてくれる。
「最初聞いたじゃない、徐庶殿が選んだんでしょ」
「そ、それは……そうなんだけど……そもそも許してくれたのは何故かなと……」
選ばせて貰えたのでつい組み敷いてしまったが、その後覆すことだって出来た筈。何故か馬岱殿の溜息は、より深くなる。
「あのね、徐庶殿……力の強さとか、体格とかそういうのは関係無いの」
くだらないことで悩んで、勝手に突っ走るな。幼い頃から、母に叱られたことを思い起こしてしまう。今もまた、何よりも大切な人から考えもしない答えが返ってきていた。
「それなら、何故」
馬岱殿は瞳を伏せ、頬も仄かに染まっていく。此方の頬も熱を覚えると、小さく口が開かれた。
「……好きな人の、お願いなら……そんな必要無いじゃない」
耳に届いた瞬間、体温が一気に上昇してしまう。その気になれば拒める状況でも、抵抗しないで居てくれるのも。加減が利かなくても、柔らかく受け止めてくれるのも。
「っ……?!」
口元を抑え、反芻した。俺も同じ様な感情を抱いてしまうから、解る。深く広がっていた愛情に鼓動は高鳴り、漸く言葉を紡げる。
「……ありがとう、良く解った」
「言わないと解らないのが問題なんだけど」
「本当に、済まない……」
君はずっと伝えてくれていたのに、申し訳無い。自らの不甲斐無さを痛感し、胸に燻る熱量は更に昂ってしまう。精一杯の愛情を込め、力強く抱き締めた。
「君だけは必ず、幸せにする」
「あはは、重い」
君も俺みたいな人間に、大概だよ。執着で固まる互いの想いを枷にして生きていくのが、丁度良いのかもしれない。
「……やっぱり、徐庶殿の方が『強い』よ」
言葉を呑み尽くす様に口付け、押し潰しそうな程に身体を確かめ合った。
「……ってことがあったわけ」
ちょっと嬉しかったから、つい聞いてもらいたくなっちゃった。あんなに頭も良くて何でも器用に熟す人なのに、肝心なことは言わないと解らないのが可愛くて。偶に苛立ちもするけど、結局そういうところが堪らなく好きなんだ。
「……相変わらず、くだらないことで盛り上がれるんですね」
うん、その顔すると思ったよ。指先からの煙越しに冷徹過ぎる眼差しが突き刺さったけど、口元は緩ませてくれている。色々君の話も聞いてあげるんだから、これくらいは許してよね。
「法正殿だって……解るでしょ?」
満面の笑みを浮かべると、法正殿は髪を掻き上げながら若の前では吸わない煙草を灰皿に押し付ける。
「……俺が馬超殿と、話し合いになったと思いますか」
「ごめんって」
若のことだから、当然の如くそうなったんだろう。でも、報復が信条みたいな君だってずっと許してあげるんだから。お互い、惚れた相手に弱すぎるね。