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    唯花(いちか)

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    唯花(いちか)

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    細かいことは何も気にしない方向け。
    過去と同じようにクリスマスを過ごす弓弦と茨のお話。

    #弓茨

    変わらないものもそこにあって「懐かしいですね」

     ぽつりとこぼされた言葉に、茨は顔を上げて弓弦の顔を見た。相手は視線を落として目の前のスープを掬っている。

    「なにがですか」

     すこしだけ声音が固くなってしまったのはなぜだろう。弓弦はちょっと驚いたようにこちらを見た。視線が交差するも、思いのほか真っすぐなそれにゆっくりと視線を逸らしてしまう。

    「……あの軍事会社ですごしていたときも、こうしてともに過ごしたでしょう、クリスマス」

     相手に気付かれないようにちらりと表情を伺う。もう弓弦はこちらを見ていない。それに幾らかほっとして、茨は姿勢を正して目の前の料理を口に運んだ。

    「……そうでしたっけ」

     嘘である。忘れているわけがない。

    「そうでしたよ。あなたが育った環境を思えば仕方ないのでしょうけど、当時は『クリスマス』を知らない子どもがいるのかと、大層驚いたのを覚えております」

     僅かに相手の口角が上がっているのが腹が立つ。口をつぐんで目の前のティーカップに手を伸ばした。

    「……知らなかったわけじゃありません。有難いことに、親がいなくても文字を読むことなどの最低限の教育は受けさせてもらえましたからねぇ」

     なんとか言い終わった後でふんっと鼻で笑う。
     弓弦の淹れたストレートティーを口に含んで嚥下する。忌々しい。生まれて初めて飲んだ『紅茶』がコレだったから、妙に落ち着いてしまう。

    「茨はかわいげのない子でしたけれど、二十五日の朝大層ご機嫌な様子で『弓弦! なんかある!』ってわたくしを呼びつけて。ああいったときは本当に微笑ましく思えるんですよね」

     じろりと睨みつけるが素知らぬ顔だ。にっこり笑って茨同様、目の前のティーカップを持ち上げて中身を飲んでいる。

    「……それで。どうして今日、あんたと自分が同じ卓で食事を? なぜ誘われたのか、まるでわからないのですが」

     ティーカップをソーサーに置いてそう尋ねた。なんとなく相手の顔を見られなくて、揺らめいている紅茶の表面を眺めていた。

     今日はシャッフルユニットとしての最後の仕事の後、彼に誘われたから一緒にいるのである。偶然、クリスマスの次の日は休暇を取っていたから。茨が借りていた部屋の一室に弓弦を招待して、柄にもなくふたりで料理なんかしちゃって。そうして二人で食事する羽目になっているのであって。

     なんだか現状を考えると妙に気恥ずかしくなってくる。
     そうしていると弓弦が口を開いた。

    「偶々、時間ができましたので、お誘いしたのです。坊ちゃまは本日ブランコの皆さんとお仕事があるとかでお断りされてしまったので」

    「あぁ。姫宮氏も我々と同様、クリスマスにシャッフルユニットを組んでいらっしゃいましたね。なるほど、あんたは振られたわけだ♪」

    「はぁ。あなたはそんな物言いしかできないのですか」

     すこしいい気味に思って、小さく笑う。でも、弓弦は困ったように顔をしかめてそう言っただけだった。あんまり気にしていないっぽい。……気に食わない。

     茨が口をとがらせているのに気付いているのか、いないのか、弓弦はさらに続けた。

    「ただ、わたくしは……。なんとなく、またあの頃のようにこうして、同じ食卓を囲みたかったのですよ、茨」

     そう言って優しく微笑まれるものだから、思わずぽかんと口を開けてしまう。きっとしばらくそうしていたのだろう。目の前の男は、眉を寄せておかしそうに笑うと、ふたりの間に置かれていた皿から付け合わせのミニトマトをフォークで刺して、茨の口に押し込んできた。

    「……むぐ!?」
    「アホっぽく口をあけていらっしゃったので、つい」

     つい、じゃねえよ。睨みつけながらトマトを咀嚼する。甘酸っぱい果汁と果肉が口の中いっぱいに広がった。

     あの日、初めて過ごした弓弦とのクリスマス。目の前のふたりで作った料理を口に運びながら、しばし思いを馳せていく。
     
     


     
     ***
     
    「クリスマス?」

     読んでいた本から顔を上げてそう尋ねた。弓弦はにこにこと笑って隣に腰掛ける。

    「えぇ。そうです。そろそろでしょう?」

     なんだか機嫌がいいらしい茨の『教官殿』は、何かを期待している様子だった。けれど、それが茨にはわからない。

    「クリスマスって行事があるのは知ってるけど、俺、生まれてこの方、やったことないもん」

     持っていた本をぱたりと閉じてそう告げる。あーあ。なんか『教官殿』が楽しそうだし、本も面白くなかったし、良いことなんもないじゃん。

     この本は上司の執務室から勝手に拝借してきたものだから、さすがにまだ茨には難しすぎて理解できないのも当然なのだが。プライドの高い茨はそれでも癪で仕方なかった。

     弓弦はというと、茨が本を閉じたことで、自分の話に付き合ってくれると思ったらしい。笑みはそのままで嬉々として話してくる。

    「俺も世間一般で言うところのクリスマスはしたことありませんよ。でも当日は上司がここをすこしですが離れるそうなんです。材料くらいはどうにかできそうなので、こっそりやっちゃいましょう、『クリスマス』」

     そこまで聞いてようやくわかった。『クリスマス』という行事を弓弦がやりたいのだ。その事実にじわじわと口元が緩んだ。

    「あくまでも弓弦は俺の『教官』でしょ? そんな風にルールやぷっていいんですか~?」

     にやにやと笑いながらそう言うと、片方の眉だけ上げて口角をあげる。

    「バレなければ問題ありません」





     その日の夕食は本の中だけで見たものばかりだった。美味しそうな鶏の照り焼き、卵やハムの挟まれたサンドイッチ。見ているだけで口の中に唾が溢れてきて、腹がぐうと鳴る。茨の様子を見て、隣の弓弦がくすりと笑った。

    「今回は自信作でございます♪」

     弓弦に促されて食卓につく。食卓、と言ってもふたりが寝起きしている部屋で、木箱に布をかけただけの簡素なものだけれど。

    「上司がいなければ、あの広い食堂行けたのにね」

     サンドイッチに手を伸ばして口に運ぶ。ふわふわとした白いパン。いつもは食べられないけど、時々弓弦が仕入れてくれる美味しい方のパンだった。

    「まあ、あの人はすこしこの建物を離れるだけですからね。妙な動きをしてすぐに撤退できないとなっては元も子もありませんから」

     ふたりで向かい合って、簡素なクリスマスの『ディナー』を味わう。今になって考えれば、鶏肉は筋張っていたし、卵も新鮮ではなかった気がする。それでも、不思議なものでああした雰囲気も相まってか美味しく思えるものだった。

     いつも喧嘩ばっかりのくせ、なんだかその日はそこまで口論にならなくて。ふたりで仲良く歓談して。それでその日はそのまま寝た。なんだかいつもと同じ薄っぺらいマットレスと布団のはずなのに、あったかくて久々にぐっすり眠れた気がした。

     そうして目が覚めたとき。枕元に赤と緑の綺麗な包装紙に包まれた箱が置いてあるのを見つけた。周囲を見渡すも、隣に寝ていたはずの弓弦は既に起きているみたいだし、どう見ても茨の枕元に置いてある。……これって。

     話には聞いている。『サンタ』ってやつだ。『一年間、いい子にしてたらクリスマスイブの夜、プレゼントを持ってきてくれる』ってやつ。

    「……防犯設備に問題あるんじゃないの」

     茨は寝床から起き上がって部屋の隅々を調べる。すきま風が入り込むほどの隙間はあるけれど、人が通れそうなほどの空間はない。それに、さすがに見知らぬ人間が入ってきたら茨も気付いたと思うのだけど。

     そこで茨はもう一度包み紙にくるまれたプレゼントを見る。もしかしてこれ、弓弦のプレゼントなんじゃない? 茨は今まで一度もサンタクロースからクリスマスプレゼント貰ったことがない。それなら、あんな鬼畜教官でもいい子としての条件は満たしていそうな弓弦へのプレゼントなのでは? もしかして、茨にプレゼントが届いてないことに気付いた弓弦が余計な気をまわして自分のプレゼントをここに置いたのでは? そう思いはしたけれど、好奇心に負けて包装紙を開く。中から現れたのは数種類のサプリメントのセットだった。
     



     --- 
     
    「ゆ、弓弦~!? なんかあるんだけど!?」

     弓弦が部屋に内設された小さな台所で湯を沸かしているとそんな声で呼びつけられた。思わず口角が上がる。きっと茨が寝た後。こっそりと枕元に置いておいたものに気付いたのだろう。

     濡れていた手を拭いて相手のところに向かうと、地面にへたりこんで困ったように眉を寄せてわなわなと震えている茨がいた。

    「どうしたのです」
    「なにこれ」
    「……クリスマスの朝に枕元に置いてあるもの、それはサンタクロースからのプレゼントに他ならないでしょう。……もしかして知らないんですか?」

     すこし心配そうに聞いてみたら、茨は首をぶんぶんと振る。

    「いや、サンタくらいさすがに知ってるって。でもこれ、きっと何かの間違いだよ。弓弦に渡すのと間違えたとか」

     包み紙を既に開けているのに、自分あてのものだと信じられないらしい。むくむくと湧き上がってくるなんとも言えない思いになんだかあたたかくなってきて、茨の隣に座り込んだ。

    「まさか。サンタさんがそんな間違い、するわけないじゃないですか♪」

     にっこりと笑って相手の顔を見てやると、弓弦は嫌そうに顔をしかめている。

    「……だってこれ、俺のだっていうの? 弓弦もちゃんと来た?」
    「……もちろん。俺も来ましたよ」

     茨は唇を噛みしめてこちらを睨みつけていたが、弓弦が笑みを崩さないでいると手元のプレゼントに目を向けてすこしだけ口元を緩めた。

    「……ふーん、そっか」

     彼がこちらを向いていなくてよかった。弓弦はびっくりして目を丸くしてしまったから。茨がこんな顔するとは思わなかったのだ。

    「……えぇ。今年は茨も『いい子』だったということです。来年もちゃんと訓練サボらず頑張れば、サンタさん来てくれますからね」

    「え!? やだよ。そこまでしてサンタのプレゼント欲しくないし!」

     けれども来年の茨はサンタクロースの正体に気付いてしまい、このときほど可愛らしい反応はしてくれなくなるのだけれど。
     
     



     
     ***
     
     口にティーカップを運んで、ふふと笑うと目の前から視線を感じた。

    「おや、どうしたのです。そんなふうに睨みつけてきて」
    「なんだか癇に障る笑みだったもので~?」

     にっこりと笑って見せてはいるけれど、怒っているのは明白だった。全く。こういったところは昔から変わらない。

    「またこうしてふたりでクリスマスを過ごせてよかったなあ、と。そういった意味で微笑んだだけですので怒らないでくださいまし」

     弓弦の言葉を受けても茨は相変わらず、機嫌が悪そうなままである。

    「クリスマスって……。今日は二十六日ですよ。過ぎてます」
    「えぇ。お互い忙しいですし、さすがに二十四日や二十五日の予定を押さえようとは思いませんでしたから」
    「……」

     手にしていたティーカップをゆっくり置いてそう告げる。けれど彼は何も言わなかった。

    「大切なものがいくら増えようとも、以前ふたりで過ごした日々が大切なものであることは変わらないのです。それが実感できてよかった。それだけのことです」
    「……そうですね。それは俺も同じです」

     そのときの茨の顔が。なんだか笑みを無理して堪えているような顔で。なんだかあのときの、『初めてサンタからプレゼントを貰ったとき』の表情みたいで。

     あのときと同じようにあたたかい気持ちになれた気がして。またにっこりと笑いかけて、茨に睨みつけられてしまった。
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