何か問題でも? 完成した本を実際手にすると、なんだかむず痒い気持ちになった。
凪砂が一番にサインを貰いに来てくれて、『いい作品になったね』と言ってもらえたのが思いのほか嬉しくて。口から出てくる言葉は、『ええ』とか『まぁ』とかそんなものばかりでうまく切り返せなかった。
茨はアイドルであると同時に事務所の副所長であり、プロデューサーである。ともすれば、今までのメンバーの写真集も関係各社に渡して回っていたわけだが。今回はそれが自分の載っている写真集なもので。気恥ずかしいというわけではないけれど、若干図々しいかななど思わないでもない。
(……でも)
思った以上に楽しかった。自分がどう見られているのか、自分をどう見せていきたいのか。プロデューサーという側面を持つ都合上、他のアイドルよりもそういうところはよく見ていたつもりだったけれど、そうでもなかったらしい。自然と口角が上がっていた。
そうして、やっと出来上がった自分の写真集を手にしてエレベーターを出たときのことだった。
「げ……」
「おや……」
目の前にいたのは弓弦である。そういえば、以前弓弦と出会ったのは『写真集を出すのが嫌』とかなんとか言ってたあのときだった気がする。
そのときのことを思い出せば、勝手に期待して勝手に落ち込んだのが恥ずかしいやら馬鹿らしいやらで僅かに顔に熱が集まった。
「や、やあやあ! 弓弦、奇遇ですなあ!」
「……ええ、そうですね。あなたはいったい何をしていらっしゃったのです」
「え、以前話したでしょう。例の写真集、出来上がったのでお世話になった皆さんにお渡ししていたんですよ」
茨の言葉に弓弦は思い切り眉を寄せる。なんだっていうんだ。元から何を考えているのかわからない男だったが、最近特にわからなくなった気がした。
「あんたが自分の写真集を好ましく思っていないのはわかっていますが、そこまで不機嫌な顔をしなくても……」
「わたくしもすこし、拝見してもよろしいですか?」
「え? はあ」
意味がわからない。この写真集を嫌がっているくせに見たいのか。訝し気に思いながら手に持っていた紙袋から写真集を一冊取り出して手渡す。何の問題があるのか、弓弦は食い入るようにその表紙を見ていた。
笑顔の茨が夕日をバックに笑いかけているものだ。撮影したのは今から半年ほど前で、初夏だったから衣装は白いワンピースにすこしつばの大きな麦わら帽子だ。正直これは表紙詐欺ではないかと思うのだが、今までのメンバーと同じく『少女からひとりの女性へ』の変化を描く上で過剰なほどに『純粋な少女』を演出したのだ。
(……そういう純粋路線が似合っていない自覚はありますから、そんなまじまじ睨みつけないでいただきたい)
弓弦はおそるおそる茨の持っていた写真集を手に取って、そのまま固まってしまっている。
「……ちょっと、いくら自分でもそんな風に表紙を見られていては恥ずかしいのですが」
なんとかそう口にすると、弓弦がびっくりした様子でこっちを向いた。
「え、は、えぇ、すみません」
弓弦はすこし震えているようにも見える手で表紙をめくった。
真っ白な表紙にタイトルの『noir et blanc』というおしゃれな印刷が目立っている。さらにそのページを開くと表紙の茨とはすこし違った表情とポーズでこちらを見ている茨がいた。表紙の茨はにっこりと笑っていて、すこし前かがみになってこちらを覗き込んでいる写真で、一ページ目の茨はすこし視線を外して口に手を当ててなにやら考え込んでいるような表情になっている。
弓弦は思い切り眉を寄せて怖い顔をしてそのページを睨みつけている。
「……あの」
弓弦に声をかけたらハッとした様子で、ぱらぱらと写真集をめくって押し返してきた。
「お返しします」
「……」
「……あなたはこういった方法で自分自身を売り出すことに抵抗がないということですね」
「は? こういった、とは?」
「男の欲を煽るような、という意味です」
意味がわからない。弓弦は妙に据わった目でこちらを睨みつけている。
「何が言いたいんです」
痺れを切らして苛立ちが声に現れる。弓弦はわざとらしい大きなため息をついた。
「わからないのでしたら、言うだけ無駄でしょう。あなたと話しているのも馬鹿らしくなってまいりました」
理由も述べず、怒りをぶつけられていることに、茨も苛立ちが募る。
「なにをそんなにカリカリしてるんだか。『男の欲を煽る』などと言いながら、あんたが『そう』ってことじゃないんですか~?」
にっこり笑ってそう言ってやると、弓弦は能面のような顔でこちらを見た。その、感情のごっそり抜け落ちた表情に思わず顔が強張る。
「……だとしたら、何か問題でも?」
「……は?」
何を言われたのかわからなくて思わず聞き返した。こちらを射抜かんばかりに見ている弓弦に居心地が悪くなってきて、押し返された写真集を抱きしめた。
「写真集発売、おめでとうございました、茨」
さきほどまであんなに睨みつけてきたというのに、最後はすこしもこちらを見なかった。