初めてのファンレター始まりは、一通のファンレターだった。
「えっ、ゲッタにファンレター!?」
「ボクには来てない……」
自慢気に一通の手紙を掲げる月太に、ロミンとウシロウがそれぞれの反応をする。
対してロアと言えば、そちらを見ようともせず、スタジオにある椅子に座って、つまらなさそうに端末をスクロールしながら言い放った。
「ゲッタちゃんを利用してオレ様に近づこうって魂胆なんじゃないの?」
ロアの言葉に月太は、
「なんでお前は素直にメンバーを祝福できないんだよ!!」
そう言い放ってスタジオを飛び出した。
その後、ロミンとウシロウも月太を追いかけ、三人は近くのファミリーレストランで、例のファンレターを囲んでいた。
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平月太様
はじめまして。
私はゴーハ第三小学校の五年生です。
初めて月太くんを知ったのは、あのラッシュデュエルの決勝戦です。
バンド仲間のロアくんを信じて応援する月太くんを見て、とてもいい人だな、と思いました。
そのときにロアロミンのことも知って、ネットにあるロアロミンの動画は全部観ました!
私はロックが小さい時からずっと好きで、小学生にしてはいっぱい結構聴いてきた方だと思います。その中でも月太くんのドラムは迫力があって、でもリズムは絶対に乱れなくて、同じ小学生でこんなすごい人がいるんだ、って感動しました。
そして三日前、やっとチケットがとれて、生でライブを見に行くことができました!
本当に、すごく、最高にかっこよかったです!!
月太くんは私が知る中で一番のドラマーです。
これからもがんばってください。応援してます!
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「普通の手紙ね……」
「……いいな」
ロミンとウシロウとは裏腹に、月太の表情晴れなかった。
「……これが、ロアが言ってたみたいに、ロアに近づくためだったら、すげぇ腹立つけど」
「ゲッタ、それって、どっちに対する嫉妬?」
「は? どっちって……」
月太が即答できずに口ごもった時、テーブルに影が差した。
「あっ、あのっ! もしかして、ロアロミンの皆さんですか!?」
影の方から上擦った声が聞こえ、三人が顔をあげると、そこには手を握りしめ、目を潤ませた少女が一人、立っていた。
三人は顔を見合わせた。こういうことは、珍しいことではない。なので、こんな時の対応もほぼ決まっている。
「ごめんね、プライベートなの。それに今、ロアは一緒じゃないし」
ファンと鉢合わせた時に、うっかり月太やウシロウが対応してしまうと、「誰?」などと言われて無駄に傷ついてしまいかねないので、ロアかロミン、いる方に対応を任せるようにしている。ちなみに、月太とウシロウだけの時に声をかけられたことは、一度もない。
「あっ、ご、ごめんなさい!」
少女は勢いよく頭を下げた。どうやら、ロアに会えるまで離れようとしなかったり、ロアの情報を聞き出そうとしたりするような「厄介さん」ではなさそうだ。
「憧れの月太くんがいたから、つい……」
「え?」
三人同時に驚きの声を上げてしまい、少女も言葉が止まった。
「あ、あの……?」
「月太、って言ったの? ロアじゃなくて?」
「あ、はい。月太くんのファンですけど……」
「もしかして」
ロミンはテーブルに広げた手紙を指す。
「このファンレターの子?」
少女の顔は一層赤くなり、それでいて輝かんばかりの笑顔を見せた。
「読んでくれたんですか!? 嬉しい!! とっても人気のバンドだから、きっとファンレターもいっぱい届くのに……ファンを大事にしてくださってるんですね!」
「えーっと、そうね……」
歯切れ悪く応えるロミン。
そこで、月太とウシロウを手招きして、二人だけに聞こえるように囁いた。
「……普通にいいファンじゃないの」
「だよな……オレは今猛烈に感動している。オレの良さを分かってくれる人もちゃんといるんだと」
「……ボクには……いない……」
「あの〜……」
少女の声に三人が顔を上げると、その子は申し訳そうに言った。
「本当にお邪魔してしまって、ごめんなさい。失礼します」
「ちょっと待って!」
頭を下げて踵を返しかけた少女に、月太は思わず声をかけた。
「いや、あの、時間あったら、もうちょっと話してかないか?」
「ゲッタ、またあの子からファンレター届いてたわよ」
「お、サンキュー」
「ここんとこ、ずっと来てない? 熱心なファンねー」
「ファンっていうか、ドラム好きの友だちってオレは思ってるんだけどな。めちゃくちゃドラムとかバンドとか詳しくて、オレの方が教えてもらうこともあるし」
「えっ、どういうこと? ゲッタ、ファンレターの返事書いてるの? 文通ってこと? えっ、今どき文通!?」
「いや、オレもそう思うんだけどな、『ファンと推しの個人的なやり取りはちょっと』とか言われて」
「それはそうよ……というか、ファンの側からそれを言ってくれたのね……」
「だーかーらー、おれは友だちだと思ってるんだって!」
月太がそう言ったとき、スタジオのドアが開く音がした。
「なーんか、オレ様の知らないところで、面白そうなことになってんじゃん?」
「ロア……」
月太たちが振り返ると、ロアがスタジオに入ってきたところだった。
「ゲッタちゃんのオトモダチ、オレ様にも紹介してよ」
数日後、ロアの"お願い"を断りきれなかった月太は、例の少女と、いつもバンドの練習をするために使っているスタジオの前で待ち合わせをしていた。少女は、一介のファンがスタジオに入るなんて、と断ったのだが、良くも悪くもロアは目立つ為、選べる場所は多くなかったのだ。
「ロア、今から会うのは、オレのファン、なんだからな!」
「なになに、今さら? わかってるよ、そんなこと」
ロアと月太が待ち合わせ場所に着いたときには、すでに少女が待っていた。
「待たせてごめん!」
「ううん、ついさっき来たところだから」
少女に駆け寄る月太に、ロアは面白くなさそうにゆっくり着いていく。
そんなロアに気付いて、少女は軽くお辞儀をした。
「はじめまして」
「どーも、ゲッタちゃんのファンのお姫様」
そして、連れ立ってスタジオに入ると、それぞれが腰を落ち着ける間もなく、ロアは、一つ提案があるんだけど、と切り出した。
「あの大会に来てた、ってことは、君もデュエリストだよね? ゲッタちゃんを賭けて、オレ様とラッシュデュエルしない?」
「ロア!? 何勝手なこと言ってんだよ!」
声を荒げる月太だが、対する少女は落ち着いた様子でまっすぐロアを見て言った。
「確かに、私はラッシュデュエルが好きだけど……月太くんを賭けて、というのは?」
「そのままの意味さ。オレ様が勝ったら、もうゲッタちゃんに付きまとうのは辞めてもらう」
「ロア!!」
月太が先程より大きな声を上げるが、ロアも少女も動じない。
「……もし、私が勝ったら?」
「もちろん、お姫様の望むことならなんでも。ライブのプレミアムチケットでも、サイン色紙でも……ゲッタちゃんの恋人になる権利でも」
「はぁ!?」
耐えきれなくなった月太は、ロアに詰め寄ってその胸ぐらを掴んだ。
「失礼なことを言うな! この子はお前のファンと違って、純粋にオレのドラムを評価して応援してくれてるんだぞ!」
ロアは呆れたように肩をすくめてみせた。
「さぁ、果たしてそれはどうかな。……ねぇ、ゲッタちゃんのファンのお姫様」
「え……?」
月太がゆっくり少女の方を振り返ると、少女は申し訳無さそうに微笑んだ。
「推しに恋愛感情を持たないファンを、月太くんの言う"純粋なファン"と呼ぶなら、私は"純粋なファン"にはなれない。……ごめんね」
「そんな……」
表情を曇らせる月太。
でも、と少女は続ける。
「月太くんと、一般的なファンと推し以上の関係になりたいとは思ってない。月太くんは優しいから、お手紙のやり取りをしてくれて、私も嬉しくて続けちゃってたけど……それで十分すぎるくらいなの。……だから、ロアくんとラッシュデュエルはしない」
少女は、少し寂しそうな笑顔を浮かべた。
「ただ、月太くんが幸せでいてくれれば、それでいいの」
月太くんの理想のファンでいられなくてごめんね、と少女は続けた。
月太はロアから手離すと、少女に向きなおって深々と頭を下げた。
「ごめん、そういう意味で言ったんじゃなくて……」
少女は慌てて首を振った。
「ううん、違うの……あのね、ありがとう。私、月太くんに出逢えて、本当に幸せなの。あなたは私にたくさん、素晴らしい世界を見せてくれる」
少女は、顔を上げた月太に優しく微笑む。
「私の運命は月太くんだけど、月太くんの運命は私じゃない。ただ、それだけのことなの」
「……オレのファンになってくれてありがとう。こんなふうに言ってもらったの初めてで、すっげー嬉しい」
「うん。私こそ、ありがとう。月太くんは、月太くんの運命と幸せになってくれるといいな」
少女の言葉に、月太はバツが悪そうに頬を掻いた。
「いや、コイツ、オレがいねぇと駄目らしいからさ、そうなったときのコイツ、ホント見てられねぇから、まぁ、仕方ないっていうか……」
「あれあれ? ゲッタちゃんにとって、オレ様って運命の人なわけ?」
「うるせぇ! お前は黙ってろ、ロア!」
ロアと月太の言い合いを見ながら少女はクスクスと笑った。
「私、もう帰らなきゃ」
「え、もう?」
「うん。でも……また、がんばってチケット取って、会いにいくから」
「あぁ」
「最後に、握手だけしてもらってもいい?」
少女の言葉に、月太は返事の代わりに手を差し出した。それを、少女が大事そうに両手で握った。
「本当に、本当にありがとう。夢みたいだった。これからも……私が月太くんの一番のファンだって、そう思ってるだけなら、いいよね?」
「当たり前だろ」
「……ありがとう」
そして少女は、笑顔で、去っていった。
「なんか……オレにはもったいないくらいのいい子だったな」
「なーに、月太ちゃん。未練たらたらじゃん?」
からかうような口振りのロアに、月太はため息をもらした。
「……なーに、そのため息」
「いーや、いいよ、もう。オレが大人になってやるよ。……帰ろうぜ、ロア」
「そうね、ゲッタちゃん」