ボーナス 勇者を探す旅を終え、部下が必要となる時世でもないと主より暇を与えられたラーハルトは、同じく行くあてのないヒュンケルと共に旅を続けていた。
そしてたどり着いた先は、良い意味で他人に無関心な住民の多い港町だった。
規模がそこそこありながらも土地柄と人の流動が多い為か、見た目は完全に魔族であるラーハルトすらも奇異の目で見られることは少なく、余計な詮索もされないその町は二人にとって居心地が良い。
運良く好条件の空き物件にも恵まれ、一度定住をしてみるかと家を借りてみれば、思いの外快適な暮らしで二人は長期滞在を決めた。
定住するとなると、今までのように旅の中で手に入れた物を金銭に変えることで資金を得る生活もできなくなり、町中で仕事を探すことになった。
そんな中でヒュンケルはとあるカフェで困り事に力を貸した縁で、そこで働かせてもらうことになった。
ラーハルトは出来るだけ接触する人間が限られるよう裏方の仕事を見つけ、お互い充実した日々を過ごしていた。
そして数ヶ月が経ったある日。
その日はラーハルトが早く仕事を終えた為、晩ご飯を作りながら帰りを待っていると、いつもとは違うなんとも言えない顔をしてヒュンケルが帰宅した。
「おかえり、どうした妙な顔をして」
出来上がった料理を並べながらラーハルトが尋ねれば、ヒュンケルは見慣れぬ袋を掲げる。
「ただいま……よく分からないが、店主からボーナスとやらを貰ってしまって」
ジャラリと音を鳴らしながらテーブルに置かれた袋は、それなりの金額が入っている様子だ。
「なんでまたそんなに?」
「オレが入ってからどうやら売上が上がったらしくて、その礼だそうだ」
オレは関係ないと思うのだが、と呟くヒュンケルを見ながら、ラーハルトはなんとなく理解した。
あまり他人に関心がない土地柄とはいえ、これだけ顔の良い男が決まった場所にいれば、拝みに来る輩も少なくないだろう。
そうしてヒュンケル目当ての客が増え、更に口コミで新たな客が呼び込まれ、目に見える程に売上が変わったであろうことが容易に伺える。
「店主がそういうのならお前の功績なのだろう、当然の報奨金だ、貰っておけ」
「ラーハルトがそう言うなら、ありがたく頂戴しておくか」
「そうしろ。 それより、腹も減っただろう、晩飯にしよう」
申し訳なさが解消されたヒュンケルを促し、ラーハルトも残りの料理を運ぶべくキッチンへと戻った。
和やかな夕食も終え、食後のお茶を飲んでのんびり過ごしていると、ヒュンケルが不意に口を開いた。
「あのボーナスだが、先日ラーハルトが欲しがっていた本代にあてられないだろうか」
言われてぼんやりと思い出したのは前に二人で出かけた時にご書店で見かけた古い本だ。
貴重なものなのかそこそこ値の張る代物で、まだ安定しきっていない生活には少々ダメージを与える金額のため、泣く泣く諦めたのは記憶に遠くない。
「確かにあの本は興味深いが、オレが個人的に欲しいと思ったものだ、お前の金から出す道理はないだろう」
きっぱりとラーハルトが断れば、ほんの僅かだがヒュンケルは肩を落とした。
「そうか……では、角の店のディナーはどうだ? 気にしていただろ?」
近所の高級感あるレストランのことだろう。
いつか稼いだ金でヒュンケルを連れていくと密かに決意をしていたラーハルトを見て、ただ食べてみたいだけだと思っているようで、先を越されてたまるかと、またしても否をとなえた。
それからもヒュンケルはポツポツとボーナスの使い道をあげるが、どれもラーハルトが反応したものに対してだった。
「その金はお前が稼いだものだろう、お前の為に使え」
呆れたようにラーハルトが言えば、ヒュンケルはきょとんとしている。
「オレの為に使っている提案だと思うが……?」
不思議そうに首を傾げるヒュンケルを見て、思わずラーハルトは顔を覆う。
ヒュンケルは全くの無意識で、ラーハルトが喜ぶことが自分のためになることだと思っているのだ。
不意打ちを食らい、呻き声をあげながらラーハルトは瞬時に脳内で最適解をはじき出した。
「わかった、ちょうど明日は休みだ。 オレが行きたい場所につきあってもらうぞ」
「ああ、わかった」
本当にわかっているのか微妙な反応であるが、ラーハルトには関係なかった。
明日はヒュンケルが好きな場所に行き好きな物を買い、ヒュンケルが喜ぶ姿を満喫している己に満足して貰おうと、ラーハルトはほくそ笑んだ。