助っ人 大魔王との戦いの果てに姿を消した勇者を探す旅の中、立ち寄った小さな村で聞き込みをするも成果は得られず、ヒュンケルは内心肩を落としながら耳に挟んだ話の一つを思い出す。
曰く、この村の近隣の森のスライムとドラキーの縄張り争いが激化しているとか。
しかし所詮はスライムとドラキー、村への侵攻はなく、人間には大した被害もないので放置しているが、地味にやかましいとの村人から苦情があがっている。
森の方には旅の相棒であり恋人でもあるラーハルトが調査に行っており、彼もまたその辺の魔物にどうこうされるような者ではない。
片割れとの合流も兼ねて、2種族の争いをどうにか出来ないものかと思いながらヒュンケルは森へと向かった。
訪れた森は特に変わったところもなく、ヒュンケルはラーハルトの気配を探りながら歩みを進めた。
しばらく歩くと複数の敵意に囲まれる事に気が付いたが、隠しきれていないプルプルボディがそこかしこに見え、ヒュンケルはあえて無視をする。
「おい、今目が合っただろ! 無視するな!!」
威勢の良い口と共に青い物体がヒュンケルの前に踊り出る。
それが合図となって隠れていたつもりのスライム達が次々と姿を現す。
「ここはおれ達のナワバリだ! よそ者は出ていきな!」
威勢の良いスライムがヒュンケルの足に体当たりをすると、他のスライム達も同じようにヒュンケルに攻撃を繰り出した。
「……」
ポヨポヨとぶつかる魔物達に、ヒュンケルは困惑することしか出来なかった。
あまりにも、弱すぎる。
数々の強敵と刃を交えてきたヒュンケルにとってスライムの攻撃はダメージを受けるまでもなかった。
むしろ手足を動かした反動で払い除ければ相手に大きなダメージを負わせかねないため、されるがままだ。
やがてスタミナが尽きたのか、スライム達は攻撃を諦め、一匹、また一匹と項垂れていった。
威勢の良いスライムだけは最後まで体当たりを繰り返していたが、一匹だけであれば対応も容易で、ぶつかる直前にその身体を両手で鷲掴みにし拘束する。
「気は済んだか?」
いとも容易く捕縛されたスライムは驚愕の表情を隠しもせず震えている。
「お、親分を離せー!」
息も絶え絶えのスライム達はリーダーのピンチを悟り、回復していない体力を振り絞りヒュンケルの足元にまとわりつく。
「オレはお前達の親分も領地も侵害するつもりは無い。 話しをしに来ただけだ」
スライム達の結束力に密かに感動しながらも、努めて冷静に用件を告げる。
その言葉を聞いたスライム達はお互いの顔を見合わせるが、ヒュンケルが掴んでいるスライムが
「オマエら、この御人から離れな」
と指示を飛ばすと、複雑な表情を浮かべながら離れた。
足元に余裕が出来たヒュンケルはその場に座り込み、手にしていたスライムをそっと地面に放った。
「おみそれ致しやした! 我々の攻撃をものともしないその実力、さぞや名のある方でいらっしゃるかと!!」
リーダースライムは感服した態度で、ひたすら頭を下げている。
「……いや、ただの一介の旅人だ」
過去の経歴からやや目を逸らし、簡潔に現職だけ告げるが、スライム達は、そんなことはないだろう、と言いながらピョコピョコ跳ね回る。
「……まぁ、多少は大きな戦いには携わったが」
勇者について尋ねる為には、かの大戦のことも話さねば不自然であると判断したヒュンケルがそれとなく話そうとしたところ、全てを話す前に場が沸いた。
「やっぱり歴戦の猛者だ!」
「すっごく強いんだ!」
「アイツらなんて目じゃないぞ!」
「魔王だって倒せちゃうんだ!」
スライム達は口々に強さを讃えるが、ヒュンケルはまだ何も言っていない。
「魔王に匹敵する強さを持ったあなた様にお願いがありやす!!」
リーダースライムは先程よりも更に頭を低くし懇願の体勢をとる。
「いつ誰が魔王に匹敵すると言った」
「我らスライム族のナワバリを荒らし回るヤツらがいるんですが、戦力が拮抗しちまってケリがつかないってんで困り果てておりまして!」
「いや、話しを聞け」
「そこで一騎当千の実力を持つあなた様ならきっとヤツらを蹴散らしてくださるかと!」
気付けばリーダーの後ろに並び同じように頭を下げる面々に、ヒュンケルはわかりやすく溜息を吐いた。
「オレは手は出さんが、話し合いの場になら同行してやる」
どちらにしろ縄張り争いの解決は目的の一つであった為、渋々了承のポーズをとる。
「ありがとうございやす、先生!」
せんせい、と、ヒュンケルはどこか引っかかる単語を小さく反復するが、含む意味が違うと無理やり自分を納得させた。
「た、大変だぁ! ドラキーのヤツら、すんげー強そうな助っ人連れて攻めてきやがった!」
伝令と思われるスライムが悲鳴にも似た叫びで駆けてきた。
「なんだってぇ!? こっちには先生がついてるんだ! 野郎共、今日こそヤツらに引導を渡してやるぞ!」
おおー! と上がる鬨の声と共に、スライム達は勇み足で駆けて行った。
「ささ、先生こちらでございます」
リーダースライムは己達の助っ人を導きながら進むが、ヒュンケルはこの後待ち受ける展開に足取りが重く感じながらも、着いて行く他なかった。
「そこで止まりな! ここはおれ達のナワバリだぜ!!」
スライム達は、ドラキー達が連れてきた助っ人の迫力に怯みながらも睨みつける。
「うるせぇ! 今日こそ決着を着けてやる! そのためにすんげーつえー助っ人に来てもらってんだ!!」
ドラキーも負けじと睨みつけるが、当の助っ人は面倒くさそうに明後日の方向を見ている。
「お前達が用意した助っ人がどんだけ強いのか知らねぇが、こっちには超強力な助っ人がいるんだぜ!」
「先生、お願いします!」
「……」
ピーピーキーキーと言い争いをしていた2種族だが、スライム陣営の助っ人が見当たらずその場に静寂が生まれる。
「助っ人なんていねーじゃねーか! とんだホラ吹きだぜ!」
ドラキー達はケタケタと笑う。
「おう、オマエら待たせたな! 先生のご登場だ!!」
リーダースライムの威勢の良い言葉と共に遅れて現れた人間に、ドラキーとその助っ人はギョッとした。
「に、人間だと!?」
「ヒュンケル、どうしてここに?」
「やはりラーハルトだったか」
ヒュンケルが予想した通り、ドラキー側の助っ人は己の恋人ラーハルトであった。
「村でスライムとドラキーが縄張り争いをしていると聞いて、お前と合流するついでに赴いたら流れで助っ人をする事になった」
「お前もか……なんでコイツらはこんなに押しが強いんだ」
「オレに聞かないでくれ……」
2人はウンザリしたように呟くが、お互いが知り合いだったと知った2種族は動揺に震えていた。
「せ、先生……ソイツと知り合いで?」
リーダースライムが恐る恐る尋ねる。
「ああ、一緒に旅をしている恋人だ」
てらいなく答えるヒュンケルに、両種族から驚きの声があがる。
「えぇー!? だって人間と魔族だろ!?」
「異種族が恋仲になるなんて!」
「ありえねぇ!」
ピキピキキィキィとあがる甲高い声に、ラーハルトは鬱陶しそうだ。
「誰かを愛するのに種族は関係なかろう。 オレの両親も人間と魔族だぞ」
「そうだ、種族に関係なく、信頼と尊敬があれば仲良くなれる。 お前達もいがみ合ってないで仲良くしたらどうだ」
ラーハルトと居合わせたことを幸いに、ヒュンケルは説得を試みた。
しかし、スライムとドラキー達の敵視は止まらない。
「だって、コイツら弱いクセに数だけは多くて余計にナワバリ広げてるんだぜ!?」
「オマエらだって飛べるだけで弱っちいくせに生意気なんだよ!」
「は? 数で有利になってるオマエらとは違っておれ達の方がつえーし!」
「なんだと!」
「なんでえ! やんのか!!」
更に大きくなった争いの声に、ラーハルトの堪忍袋の緒が切れた。
「貴様ら、どちらも雑魚なのだから少しは仲良くしろ」
地を這うような唸り声と肌を刺すような殺気に、か弱き魔物達は驚きすくみ上がった。
「それとも、オレ達が代理戦闘してやろうか? この辺り一帯更地になってもいいのなら」
真正面から久々に殺気を浴びたヒュンケルは、無意識にあがる口角を隠しもせずスライム達に告げた。
「ご、ごめんなさい仲良くします!!」
「おれ達が悪かったよぅ!!」
上には上がいると思い知らされ恐怖に震える2種族は、ガタガタとお互いに身を寄せながら助っ人達に謝り続けた。
こうしてスライムとドラキーの縄張り争いも、ヒュンケルとラーハルトを交え穏便な折衷案により終結を迎えた。
仲直りした2種族から改めて勇者の足取りを尋ねるもやはり有力な情報は得られず、2人は新たなる旅路へと足を進めた。