Redmusc こてん。
人差し指ほどのガラスびんを倒して、少し転がしてみる。
香りを纏うなんて、考えたこともなかった。と、ヒュンケルは嘆息する。
死臭が染み込んだ体ごと、香木で燻されたことはあったけれど。ミストバーンの投げやりな育児のなかでも、あれは結構気持ちよかった。
ラーハルトの身体から漂うのは、血と肉と草原が混じり合ったような、不思議な香りだ。
彼が愛用しているこの香水瓶に気づいた時は、柄にもなくワクワクした。
初めての知識は、いつでも刺激的だ。
――どうせ気づかないだろう。自分の匂いなのだから。
頬杖をついたまま、ヒュンケルは口角を上げる。
「少しくらい」
素早く蓋を開け、銀色の一滴を耳の後ろに染み込ませて、ぱふっとベッドに腰かけた。
にまにまと深呼吸してから、首を傾げる。
「おかしいな」
違う。あの香りにならない。
先に寝入ったラーハルトの首筋を覗き込み、もう一度、あの雫を落としてみた。そのまま、無防備なうなじに頬を寄せる。
ああ、この匂いだ。
……そうか。誰かの皮膚と混じり合わないと完成しないのか。
「せっかく同じになれると思ったのに」
呟くと、もそりと相手が動いた。
丸く見開かれた黄金の瞳。
言い訳を探すヒュンケルの喉笛を掴み上げて、
「誰と寝た」
燃える瞳に射抜かれて、ヒュンケルは苦笑する。
「落ち着け、ラーハルト」
「誰の匂いだ」
「驚いた。その嗅覚」
「誤魔化すな。殺されたいのか」
どす黒い口調のラーハルトに、ヒュンケルははあ、とため息をついて。
「お前の香水だ、気づけよ」
そう言ってやると、寝ぼけた恋人もようやく整理がついたようだ。
特にコメントする気力もないらしく、また夢の中へと落下していった。
「……」
その裸の背に、わざと勢いをつけて倒れ込んでみた。
ラーハルトは、むぐ、とか、うう、とか非難めいた声を上げるが、やっぱり起きない。
ひたりと肌を合わせたまま、ヒュンケルもうとうとし始める。
この愛しい表面が、自分のそれと溶け合って、境界を失ってくれはしないだろうか。
そしたら、ずっとこの香りと一緒にいられるのに。
そんな奇妙な夢に揺蕩いながら。