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    Rhea_season

    @Rhea_season

    ※色々整理するため現在大半は非公開中
    お読みいただきありがとうございました♪
    誤字脱字見直したらpixivで再掲します✨

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💐
    POIPOI 13

    Rhea_season

    ☆quiet follow

    ディミトリが眷属となった世界線のディミレトです。
    現代を生きています。
    とても長生きをしてきたので、色々雰囲気違う…ということにしてください。
    前後編予定なので、そのうち後編もあると思います。
    (後編はR-18予定なので、その際は色々また設定を変更します)
    全編はR-18ではありませんが軽く接触はしているのでそういうのがNGの方、BLが無理というかたはお気をつけください。

    #ディミレト
    dimSum
    #BL小説
    blNovel
    #風花雪月
    wind,FlowerAndSnow
    #全年齢
    year-roundAge

     □

     人混みのなかで、ふいに視界がにじんだ。
     疲労というよりは、おそらくこの暑さのせいだろう。
     じっとりとまとわりつく空気に呼吸さえ重たくなり、額に滲む汗を拭うことさえ億劫に思える。

     暑さに関しては、いつまでたっても好きにはなれなかった。ファーガスで過ごした日々から、もうずいぶんと時が経つ。あの厳しい冬を越えてきたファーガスの記憶が、肌の奥に残っているのだろうか。今は穏やかで温暖な土地に身を置き、季節の移ろいもやわらかく感じるようになったというのに、こと暑さだけは、昔と変わらず身体に馴染まない。むしろ、記憶にある冷たい風や雪の匂いが、恋しくなることさえある。けれど、そんな苦手な暑さのなかでも、こうして隣に彼がいてくれるだけで、心は静かに落ち着いていくから不思議だ。

     まとわりつく熱気も、人混みのざわめきも、ベレトの静かな佇まいにふれるだけで、ほんの少し和らいでいく気がする。
     ベレトは、ディミトリの調子に合わせるように、わずかに前方をいつもよりゆっくりと歩いていた。何も言わず、背を向けたままではあるが、その歩調のわずかな揺らぎに、彼がこちらの気配を気にかけていることが伝わってくる。

     ベレトの気遣いは、いつだってそうだ。大げさな言葉や態度ではなく、ごく自然に、ふとした瞬間にそれは差し出される。そして、そうした好意は、まるで当たり前のこととして、いつも、自分にだけ向けられている。その事実が、自分のなかでどれほどの充足感になっているかを、ベレトはきっと知らないだろう。
    気がつけば、彼を目で追ってしまう。その背中を、横顔を、何気ない仕草のひとつひとつを誰よりも深く、細やかに見つめている。

    (まるで子供のようだ)

     そう内心で自嘲気味に思いながらも、自分の想いはそんな可愛いものではないとわかっていた。それ以上に、彼のさりげない気配りや、自然とこちらに向けてくれる優しさを、誰のものでもなく、自分だけが受け取っているということに、気づかれないほどひそかな優越感さえ覚えていた。

     いつだってそうだ。ベレトは、特別な言葉を使わずに、ディミトリを助けようとする。
     それは、いつでも、どこでも、何年経っても変わらない。その在り方はまるで、彼のなかに静かに根づいた習慣のようで気負うことなく、あたりまえのように寄り添ってくれる。
     けれど、その習慣的な優しさとは別に、彼自身すら気づいていないであろう癖が、ひとつだけある。
     何かをしたあと、あるいは、気持ちが揺れたとき。ベレトは、ほんのわずかにまばたきを繰り返す。二度、三度。それから、小さく首を傾けるのだ。

     言葉で語ることを避けるようにして、それでも何かを伝えたがっているかのような、控えめで照れたような仕草。 
     きっと、本人はそんな癖があることすら知らないのだろう。
     その仕草が現れるのは、決まって――ベレトが、ディミトリのために何かしてくれたときだけ。だからこそ、見逃すはずがない。見逃せるはずがなかった。
     けれど、そのことをあえて言葉にはせず、ただ、気づかないふりをして、いつも静かに目で追ってきた。


     そして今日もまたその「癖」を見せる。
     雑踏のなかで、ディミトリの手が宙に浮いたとき。ベレトは、ためらうことなく手を取ってくれた。

     その横顔が、わずかに揺れる。
     まばたきを、二度。三度。
     そして、――首が、そっと傾ぐ。

     ほんの一瞬、わずかに恥じらうような表情がこぼれた。けれどすぐに、何事もなかったかのように、いつもの静かな顔へと戻る。その一瞬の揺らぎが、たまらなく愛おしく思えた。感情のひだがそっと覗くその横顔が、ふだんの穏やかな輪郭に溶け込んで、胸の奥をやさしくくすぐる。
     気づけば、ベレトの横顔を、ただ黙って見つめていた。
     じりじりと照りつける陽射しが、アスファルトの上から容赦なく熱を跳ね返す。街の喧騒が耳を撫でるなかで、彼の存在だけが不思議と輪郭を持って浮かび上がる。

     吹き抜ける風はほとんどなく、肌にまとわりつくような湿気がまとわりついていた。それでも、ディミトリは一歩も動かず、視線を逸らさなかった。
     陽に透けるような淡い髪、伏せられた睫毛、静けさを宿した頬の輪郭。それはいま、眼前にある。

    「どうした? やはり暑さは堪えるか?」

     ベレトの声に、はっと我に返る。遠くへ意識が飛んでいたことに気づき、ディミトリは視線を落とした。

    「……大丈夫だ。すまない」

     ぽつりと呟いたその声は、周囲のざわめきに紛れてかき消されたかもしれない。けれど、ベレトはそれ以上何も言わなかった。ただ、黙って、ディミトリの指を少しだけ強く握り返してくる。言葉のない優しさが、掌のぬくもりを通してまっすぐに伝わってくる。
     じりじりとした陽射しの中で、ふたりの影がひとつに寄り添う。ふたりは、それ以上なにも言わなかった。

    「少し休もうか」

     そう言ったベレトの声は、どこか気遣うようなやわらかさを帯びていて、ディミトリは自然と頷いていた。
     照り返す陽射しはまだ強く、道端の影も心許なかったが、それでも彼の隣を歩いているだけで、暑さも、疲れも、不思議と少しだけ和らいでいく気がした。




     □

    逃げ場のない熱気に追われるように、道すがらにあったカフェへと足を向けた。モダンな外観のその店には入ったことがなかったが、今はただ、空調が効いているという一点だけが決め手だった。

     店内はそこそこ賑わっていたが、幸いにもすぐ席へと案内された。ソファに腰を下ろした瞬間、思わず小さくため息が漏れる。涼やかな空気が火照った身体に心地よく、ゆったりとした店内の雰囲気にも背中が預けられていく。けれど、外の熱気はまだ完全には抜けきらず、湿気を帯びた熱が肌にまとわりついている。そのせいか、何かを考えることさえ、少し億劫に感じてしまった。

    「今日は、付き合わせて悪かったね」

     向かいに座ったベレトが、冷えたおしぼりをそっと差し出した。申し訳なさそうに眉を寄せるその仕草が、なんとも彼らしく、どこかくすぐったい。

    「いや、気にするな。ついて行きたいって言ったのは、俺のほうだ。余計な心配かけて、すまない」

     そう返しながら、出された水を一気に飲み干す。きんと冷えた水が喉を滑り落ちていく感覚に、ようやく身体がひと息ついた気がした。
    ベレトは店員を呼び、アイスコーヒーと自分のキャラメルマキアートを注文した。こちらの好みなど、いまさら確認するまでもないといった様子で、慣れた様子でてきぱきと伝えていく。
     その何気ない仕草を眺めながら、自然と目を細めていた。こういうときの彼の振る舞いには、言葉以上のやさしさが宿っていて、気づけば心がほぐれていく。

     しばらくじっと見つめていると、ふいにベレトがこちらに目を向けた。
     視線が交わる。穏やかな光を宿した瞳が、まっすぐに自分を捉える。

    「……どうした?」

     その問いに、ほんのわずか戸惑いながらも、ディミトリは首を横に振った。

    「いや、なんでもない。ただ…見ていただけだ」

     ――見惚れていた、なんて。そんなまっすぐな言葉を投げかけるには、まだほんの少しだけ、勇気が足りなかった。

     やがて運ばれてきた飲み物は、グラスの内側で氷が涼しげな音を立てて揺れていた。
     ひんやりとした見た目と、静かに溶けゆく音が、暑さに火照った身体を冷ましていくようだった。
     ベレトはマキアートに口をつけ、ほんの少しだけ目を細めた。
     甘いものが好きなのは知っている。
     たくさんの選択肢があるにもかかわらず、彼がいつも選ぶのは決まってこれだ。
     自分もそうだが、ベレトの好みもずいぶんわかりやすい。…そう思うと、どこか微笑ましい。

    「涼しいな」

    「うん」

     ベレトは短く応じ、ふとこちらに視線を向ける。
     そのまなざしに宿る静けさが、不思議なほど心地よい。

     そして、あの癖が出る。
     まばたきを、二度、三度。
     小さく、首が傾いた。

     照れたとき、あるいは言葉を呑み込んだときにだけ見せる仕草。
     今、いったい何に照れているのだろうか。
     そのことが、不思議なくらい気になって、目が離せなかった。
     
     店内には穏やかなピアノの音が流れ、涼しい空気が身体をゆるやかに包んでいた。ベレトはグラスを手にしたまま、静かにその中身を見つめている。
     外の喧騒が嘘のように静まり返った空間のなかで、ディミトリはただベレトの姿を見つめていた。その落ち着いた表情を目の前にすると、自然と胸の奥が静かに満たされていく。

    ――今、お前はなにを考えている。

    直接聞けばいいだけのことだ。そう思いながらも、言葉はなかなか出てこなかった。しばらくジッと眺めていたものの、やがて、耐えきれなくなって、そっと声をかけた。

    「……先生」

    その声に、ベレトは小さく目を見開いた。意外そうな顔を見せたあと、静かにまばたきをひとつ、落とす。

    「どうした?飲み物のおかわりが必要か?」

    なんとなく話題を変えようとする素振りがうかがえた。
    少しだけ焦ったように、ベレトの声がわずかに早口になる。
    そんな彼の様子を、ディミトリはじっと見つめていた。何をそんなに焦っているのだろう――そう思いながらも、目を逸らさずに、ゆっくりと口を開く。

    「……愛してる」

     家でもなければ、ふたりきりの静かな場所でもない。
     こうした場で想いを伝えることは、本来ディミトリの得意ではないことだった。
     それでも今、湧き上がるこの感情を、どうしても伝えたかった。
     だからこそ、ほんの少しだけ勇気を出して、静かに、けれど確かに言葉を紡ぐ。

     ベレトは、ぽかんとした顔でこちらを見つめたあと、そっと目を伏せた。
     そして、溶けかけた氷が浮かぶマキアートに静かに口をつける。
     その仕草には、どこか冷静さを保とうとする気配が見えた。けれど――耳朶がほんのりと赤く染まり、左手で、すでに暑さが和らいだはずの頬を仰ぐように扇いでいる。

     平静を装ってはいても、明らかに動揺している。
     その様子が、たまらなく愛しい。
     そして同時に、より揶揄いたくなる衝動に駆られた。
     冷静を装おうとしながら、耳まで赤くしている姿。
     飲みかけのマキアートに逃げるように口をつけて、それでもなお落ち着かない指先。
     そんなベレトのすべてが、微笑ましくて、可愛くて、つい意地悪な気持ちが顔を覗かせる。

    「……顔、赤いぞ?」

     わざと無邪気を装った声でそう囁けば、ベレトはカップを持ったまま、ピクリと肩を揺らした。

    「……暑いだけだ」

    「そっか。俺の言葉が原因じゃないなら、安心だ」

    「……」

    ベレトは返事をしなかった。ただ、顔を伏せたまま、一度だけまばたきをして、そっと視線を横に向ける。
    わかりやすく動揺しているその仕草に、ディミトリは小さく笑った。
    きっと、彼はこの先もずっとこうして、愛しさを隠すのが下手なままだろう。その仕草は、照れをやり過ごすようにもおもえてディミトリの胸の奥に、あたたかな疼きが広がる。

    グラスの中の氷が、カラン、と静かな音を立てた。

    「で、先生はどうなんだ?」

    わかりきったことではあったが、たまには直接言われたい。
    ベレトはすぐに返答はしなかったけれど、それでも――この沈黙は、心地よかった。

    やがて、ベレトが小さく息を吐いた。
    それはため息というよりも、胸の奥に灯った温度が静かにこぼれたような、やわらかな吐息だった。

    「君は、愛を語るとき、いつも『先生』って呼ぶよね」

     不意にそう言った彼の声は、どこか照れたような、けれど穏やかな響きを帯びていた。

    「そうか?」

     そう返すと、ベレトは少しだけ視線を逸らしながら、微笑む。

    「うん。だから……きっと何かいうんだろうなと思ってた」

    「そうか。それは気づかなかったな」

    「…たぶんね。それはもう、君の癖なんだと思う」

     “癖”――その言葉に、ふと考え込む。

    ベレトにも癖があるように、自分にもまた、無意識に積み重ねてきた何かがあるのかもしれない。
    自分では気づけない、けれど彼だけが知っている癖。

    それは、きっとふたりが共に過ごした年月の証で。
    積み重ねた日々のなかで、自然と生まれ、刻まれてきたものなのだろう。

    そして、それらすべてが形になり、愛しさに変わっていくのだと思った。

    そんなことを考えていると、ベレトはテーブルの上に置かれたディミトリの手へ、そっと自分の手を重ねてきた。
    指先がゆるやかに、愛おしむように絡んでいく。細くて長い指が、掌を包み込み、絡んだ指先がなぞるようにそっと這う。それは、ほどけることのない結び目のようで、わずかに引き寄せられるたび、触れた感触が、胸の奥に静かに沁み込んでいった。

    ベレトと触れ合っている、それだけで、どうしようもなく愛しいという想いが込み上げる。

    「…そして、自分も君を愛しているよ」

    真っ直ぐにディミトリを見つめて囁くベレトの言葉に、気づけば、熱を帯びた気怠さはいつの間にか和らいでいた。けれど、涼しさが戻ったはずの身体の奥には、別の熱がじわりと灯っていた。

    彼の手のぬくもり。絡めた指の、柔らかな動き。そして心のこもった言葉。
    そのひとつひとつが、静かに、けれど確かに、胸の奥に火をともしていく。

    ただ、抱きしめたいと思った。
    声にもならない衝動が、胸の奥で密やかに脈を打ち続けている。
    その想いが、指先に宿って、ベレトの手をそっと握る。
    ベレトは小さく笑い、同じようにディミトリの手を握り返した。

    「愛を囁くくらいには元気になってよかったよ」

    どこか照れ隠しのような声音だった。
    甘やかな雰囲気が気恥ずかしかったのか、ベレトはわざと軽口めいた調子でそう言った。
    ディミトリは「おかげさまで」と短く応じ、肩の力を抜くように穏やかに頷いた。




    冷たい飲み物を飲み終える頃には、火照っていた身体もすっかり落ち着いていた。
    内側から静かに涼が広がっていくのを感じながら、ふたりは言葉少なに、穏やかな時間を過ごした。
    やがて、頃合いを見計らうようにして席を立ち、ふたりはカフェをあとにする。
    精算の際、若い女性スタッフが、少しはにかんだように微笑みながら、そっと「お幸せに」と呟いた。
    一瞬、空気がぴたりと静止する。
    共に遠慮がちに会話していたが、それでも二人の会話や仕草が、周囲に聞こえていたことは明らかだった。
    込み上げてくる恥ずかしさに、ベレトもディミトリも返す言葉を見つけられないまま、どちらからともなく軽く会釈をし、足早に店をあとにした。

    外へ出ると、夕方の陽射しが街を斜めに照らしていた。
    陽はだいぶ傾いてきたというのに、まだ空気には湿った熱が残っている。けれど、頬に残る赤みと、指先に残るぬくもりのせいで、それすらも悪くないと思えてしまう。

    駅までの帰り道、ふたりは細い路地へと足を向けた。
    ひとつ道を逸れるだけで、つい先ほどまでの喧騒が嘘のように遠のき、静けさがゆっくりと満ちていく。
    言葉は交わさなくとも、並んで歩く歩幅も、呼吸の間合いも、自然と揃っていた。
    肩が触れそうなほどの距離。
    そのわずかな隙間に滲む熱は、決して夏のせいだけではない。
    ディミトリは時折、ベレトの横顔を盗み見る。
    伏せられた睫毛の先。わずかに湿った唇の輪郭。
    そのどれもが、目に映るたび、胸の奥に静かな熱を灯した。
    触れたいと思った。
    理由などなかった。ただ、ごく自然に。呼吸のように。

    「……ディミトリ」

    名を呼ばれ、ふいに足が止まる。
    ベレトもまた、歩みを止めた。
    そして、ゆっくりと、視線が交わった。

    そのまなざしの奥に、言葉よりも確かな熱が宿っていた。
    互いに、同じものを求めているとわかるだけで、息がわずかに深くなる。

    確認すら、必要なかった。
    まっすぐに手を伸ばし、ベレトの頬に触れる。
    指先に伝わるぬくもりを確かめると、迷いなく唇を重ねた。
    そっと触れるだけの口づけだったが、それでは足りなかった。求め合うように、息を吸うように、自然と深くなっていく。柔らかな唇の奥へ舌が滑り込み、ゆっくりと絡め合う。
    静かな熱が滲む。甘く、くるおしい余韻が、ふたりを溶かしていく。
    熱をゆっくりと分け合うように、口づけは次第に濃さを帯びていく。
    ベレトの下唇をそっと啄み、わずかに口を開かせると、舌先をゆるやかに差し入れる。
    彼は小さく息を呑み、すぐに応えるように、舌を絡めてきた。
    柔らかく、濡れた熱が重なり合う。
    ゆっくりと、ねっとりと、舌が舌を探り合い、絡み合っていく。
    互いの熱が、深く、長く溶け合っていった。

    「……んぅ、っ……」

    くぐもった吐息が、唇の隙間から零れ落ちる。
    ベレトの指が、ディミトリの服の裾をきゅっと掴む。
    そのかすかな力に応えるように、さらに唇を押しつけた。
    時間がほどけていくような口づけだった。
    ふたりの境目が、ゆっくりと、静かに溶けていく。

    言葉も、意識も、余計な感情も、すべてが流れ落ち、残ったのは、ただひとつ。目の前の彼の熱だけだった。
    ここが外だという意識すら、もう遠く霞んでいた。

    壁際へとそっと彼を押しやり、さらに深く唇を重ねる。腕の中で応えるように返される口づけは、舌に、喉元に、そして全身に熱を伝えてくる。彼がそこにいる、それだけで、すべてが満ちていく。

    ――誰かに見られてもかまわない。
     
    普段なら決してそんなことは思わないはずなのに。
    それほどまでに、いま、彼を、どうしようもなく求めていた。

    ようやく唇を離すと、ベレトはわずかに肩で息をして、ゆっくりとまばたきをする。
    そして、少しだけ首をかしげ、小さく、けれど、この上なく柔らかく微笑んだ。

    「昔じゃ、外でこんなことなんて出来なかったのにな。……ずいぶん、気楽な立場になったものだな」

    唾液で艶めいた唇を軽くなぞるように舌で拭いながら、ベレトは息を整えるようにして、ぽつりとつぶやいた。
    その言葉に、ディミトリはただ、柔らかく微笑むだけで応える。

    ――あの頃は、互いに背負うものがあり、常に誰かの視線に晒されていた。

     望んでも、決して叶わなかった“ささやかな自由”を、こうして何のためらいもなく手にできるようになった今、ようやくふたりは、ありのままで寄り添えるのだと思う。
     もう一度、ベレトの頬に手を添え、そっと指先でぬくもりを確かめるように撫でた。そしてそのまま、ゆっくりと唇を寄せると、ベレトはわずかに瞬きをした後、拒むことなど一切せず、その唇を静かに迎えた。二人の唇が触れた途端、ベレトは自ら唇を押し返し、静かなまなざしの奥に、熱が灯った。
     吐息を交えるように、ベレトはディミトリの首筋に手を添え引き寄せた。そして、唇の隙間から舌を滑り込ませ、どこか焦れたような熱を帯びて貪ってくる。
     甘えるようでいて、ひどく切実な動きだった。焦れるように舌先が絡み、啜るように奥を探ってくる。
     その熱に抗うことなどできず、ディミトリは目を伏せながら、腕の中の体をさらに強く抱き寄せた。
     唇が離れてもなお、わずかに触れる距離で息を交わしながら、互いを見つめ合う。互いのまなざしの奥にある想いを、静かに受け止めながら、名残惜しくも、熱く抱きしめていた。

     彼が、ただただ愛しかった。
     その笑みに、何度でも目を奪われた。
     ふとした柔らかさに、触れるたび、心がほどけ、熱を宿す。
     たまらず、ディミトリはその頬に両手を添え、そっと顔を包み込む。
     指先から伝わるぬくもりが、まるで心の奥まで染みわたるようで、愛おしさが胸の奥をいっぱいに満たしていく。



     午後の名残を微かに残す路地裏の薄闇のなかで、しばらく見つめ合った後、もう一度、そっと唇を重ねた。静寂のなかで、湿った舌がそっと探るように動き、呼吸が交じり合い、やわらかな吐息がふたりのあいだに流れていく。
     熱を分け合いながら、すべてを忘れていく。
     時間も、場所も、現実のざわめきも。
     ただ、いまここにあるぬくもりと愛情だけが、確かに存在していた。

     やがて、名残惜しさを滲ませながら唇を離すと、ベレトはそっと俯いた。
     伏せられた睫毛が影を落とし、ほてった頬に静かな風が触れる。

    「君がいてくれてよかった」

     ぽつりと落とされたベレトの言葉は、ごく控えめだったが、まるで自分を責めるような声音で、ディミトリは、またどうでもいいことを考えているのだろうと思った。

    「何を考えているかわからなくもないが、ここにいると決めたのは俺の意志であって、お前が考え込むことではないと――あと何回言えばいいんだ?」

     苦笑まじりに告げると、ベレトは小さく目を伏せ、わずかに視線を逸らした。その横顔がほんのり赤らんでいて、ずいぶんわかりやすくなったものだとしみじみ思う。
    ベレトは、それについて何も言わず、ゆっくりとこちらを見上げた。そのまなざしに宿る光が、言葉よりもずっと深く、静かに想いを語っていた。

    ――罪悪感なんて必要ない。

     いくらそう伝えても、きっとこの問答は、これからも何度となく繰り返されるのだろう。けれどそのたびに、何度でも言葉を尽くして伝えるつもりだ。「お前と共に在りたいから、ここにいるのだ」と。

     西陽に照らされたベレトの横顔は、どこか幻想的だった。白緑の髪が夕暮れの光を透かして、ふわりと揺れる。風にそよいだ一房が頬にかかっても、気にする様子もなく、彼は何度か瞬きをしてから、そっと首を傾け、はにかむように微笑んだ。

    (ああ、好きだ)

     彼と、これからも共に生きていける。
     そう思えることが、ただただ、ありがたかった。
     胸の奥が、じんわりとあたたかなもので満たされていく。
     込み上げる想いに突き動かされるように、そっと、ベレトの頬に自分の頬を寄せた。
     触れたぬくもりを静かに感じながら、唇を耳元へと滑らせ、耳朶にやさしく口づける。
     その柔らかな感触を、軽く吸い取るようにはむと、ベレトの体がわずかに震えた。
     くすぐったさと、くるおしさが混ざったような、ひそやかな吐息が、そっと零れ落ちた。 そのまま、ディミトリはベレトの耳元へ唇を寄せる。吐息が触れる距離で、そっと囁いた。

    「……早く、家に帰ろう。続きはあとで」

     言葉に宿る熱は、あまりにあからさまで。それでも、ベレトは逃げることなく、小さく肩を揺らし、ふっと笑みをこぼした。

    「さすがに……ここで続けるわけにはいかないからな」

     その声は穏やかで、落ち着いているようではあったが、さきほど交わした深い口づけの余韻が、まだ胸の奥に燻るような熱を帯びていた。笑みの奥に滲む抑えきれない色香が、どこか危ういほど甘やかだった。
     その仕草ひとつで、ディミトリの奥底に眠る欲が、音もなく目を覚ます。けれど、それを力で押しつけるのではなく、やさしく、そっと触れるように彼の手に指を伸ばした。触れ合った指先が、自然と絡んでいく。
     ゆっくりと、指の間を通して伝わるぬくもりに、心がゆるやかに溶けていくようだった。

     路地を抜けるころ、そっと彼の肩に顔を寄せた。
     さらりとした髪が頬に触れ、そのまま、そっと唇を押し当てる。
     ベレトは、何も言わなかった。
     けれど、繋いだ手の指先が、かすかにきゅっと力を込める。
     その静かな応えが、何よりも雄弁だった。

     ベレトが顔を上げた。ジっとディミトリを見つめたあと、何度か、まばたきをした。そして、いつもの癖のように、そっと首が傾ぐ。そして、照れ隠しのように、少しだけ曖昧に笑った。

     ディミトリは、それを見て、やわらかく微笑んだ。
     言葉よりも、ずっと深く、心に沁み入る仕草。
     どれほど見慣れた癖でも、それを愛おしく思える気持ちは、色褪せることがない。

     言葉はない。ただ、愛しさが、呼吸のように滲む。

     季節はまだ、夏の盛りにある。
     けれど、ふたりの足元を照らす影は、やさしく寄り添い、夕暮れの風のなかで、ゆっくりと長く伸びていた。


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    💖💖💖💖💖💖💖💖💖
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    Rhea_season

    DONEディミトリが眷属となった世界線のディミレトです。
    現代を生きています。
    とても長生きをしてきたので、色々雰囲気違う…ということにしてください。
    前後編予定なので、そのうち後編もあると思います。
    (後編はR-18予定なので、その際は色々また設定を変更します)
    全編はR-18ではありませんが軽く接触はしているのでそういうのがNGの方、BLが無理というかたはお気をつけください。
     □

     人混みのなかで、ふいに視界がにじんだ。
     疲労というよりは、おそらくこの暑さのせいだろう。
     じっとりとまとわりつく空気に呼吸さえ重たくなり、額に滲む汗を拭うことさえ億劫に思える。

     暑さに関しては、いつまでたっても好きにはなれなかった。ファーガスで過ごした日々から、もうずいぶんと時が経つ。あの厳しい冬を越えてきたファーガスの記憶が、肌の奥に残っているのだろうか。今は穏やかで温暖な土地に身を置き、季節の移ろいもやわらかく感じるようになったというのに、こと暑さだけは、昔と変わらず身体に馴染まない。むしろ、記憶にある冷たい風や雪の匂いが、恋しくなることさえある。けれど、そんな苦手な暑さのなかでも、こうして隣に彼がいてくれるだけで、心は静かに落ち着いていくから不思議だ。
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     かつてアドラステア帝国、ファーガス神聖王国、レスター諸侯同盟領、セイロス聖教会の四大勢力によって保たれていた均衡は、フォドラを呑み尽くさんとした大戦火の末に瓦解した。四勢力は国を廃し領と改め区分され、それらを統合して一国とし、フォドラ統一国と名を定めた。
     戦火の爪痕は凄まじく、傷を負ったのは目に見えるものばかりではなかった。二度と戻らない命を嘆く人々の慟哭は、フォドラの大地を空を震わせた。彼らは涙に暮れ、身を寄せ合い、何度眠れない夜を過ごしただろう。
     そんな彼らの肩を叩いたのは、傲慢磊落なアドラステア皇帝を打倒したまさにその人である。ファーガス神聖王国国王ディミトリは人々から解放王と呼び讃えられ、戦場で縦横無尽に槍を振るったその辣腕を今度は復興と泰平のために奮ったのである。戦争を共に越えた仲間たちも彼らの王を力の限り支え、新しい世のために骨身を惜しまず力を尽くした。
     そして、王と足並みを揃え、未来への道を共に作る人がガルグ=マクにもあった。それはフォドラ解放の立役者であり、セイロス教会大司教の座を託されたベレトである。国を引率するものたちのかつての師でも 9041

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